乖離と受難
暴走
「あれはなんだ、メゾン?! こっちに向かってくるぞ」
タタの悲鳴のような入電に、メゾンは振り向いた。ファスト亜区との区境に背を向けて戦っていた二機に、
「あれは――」
その正体を確かめるや、音が消える。しかし逃げ惑う人々の狂騒に、すぐに周りの音が戻ってくる。正体不明の戦闘機に逃げ惑う市民は、それ以上に正体不明の生物兵器にも怯え戸惑っていた。
轟音をたて、人を踏みつぶしていくその怪物は、アルファ、古代の遺物。
そしてメゾンはその怪物の異常に気付く。
「吐き出さない、だと……?」
敵を咀嚼するだけだったはずのそれは、確実にメストス階級の市民を乱暴に掴み、咥え、
「まさか――」
あの怪物は、人を飲み込むことはせず、咀嚼して吐き出すだけなのではなかったのか?
アルファを支配する行動原理が、何らかの原因で変わったとしか思えなかった。そして、嫌な予感がメゾンを貫いた。
「まさか、ファストのやつら、手に負えなくなって逃げ出したか?」
「それだけならまだいい。タタ、ここを離脱するぞ」
メゾンが恐れたのは、怪物が手に負えなくなった末に、飼い主さえ食らってしまった悪夢のような結末である。そして、その暴走した怪物が自分たちを食らわない保証はなかった。むしろ、食われる確率の方が高い。危険な状態の兵器からは、逃げるに限る。立ち向かうは愚の骨頂である。
「メシアはどうするんだ? まさか、置いていくのか?」
メゾンはタタの声で再びメシアの方を向いた。メシアが〝救世主の生まれ変わり〟であることを知っているメゾンは、メシアの戦力は増強されており心配ないというつもりだった。しかし――
「あれは……化け物か」
ため息をつくほどの声量しかでない。呆れるほどに、メシアの持つ杖は巨大化していた。
「そんな、金属そのものが熱膨張でもしているのか?」
金属は確かに、常温の範囲内でも熱で膨らむ。しかし、急激に炉で温められているわけでもないメシアの機体が、こうも巨大化するのは説明がつかない。構造の展開により体積を増しているのなら機体の全容に空間的空白が多くなるはずだが、メシアの杖は構造はそのままに、密度もそのままに、大きくなり続ける。
「これは、脅威だ……」
脅威でしかなかった。杖の先に、エネルギー体と思しき球が生じ、それが杖とともに巨大化する。
「総員、退避……――」
総員のうちに、メシアは数えられなかった。
「止め、なければ」
自由の利かない意識のなかでメシアは何者かに乗っ取られた肉体に懸命に抗う。それを、自分ではない声があざ笑った。
『何のために。お前とて世界の破壊を望んだはずだ』
「俺が! いつ!」
『憎くはないのか? この世界が』
メシアは答えられなかった。
無気力に生きていたメゾン区第一空軍時代、流れるままに戦ったレジスタンスの時間。彼に戦う理由はなかった。持つ理由がなかったからだ。しかし、自分の肉体を乗っ取った者は言う。
事態を止めたければ、戦う理由を見つけてみせろ、と。
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