追憶(前編)
隊長のメシアが正体不明の靄に飲まれ消えたのは確か太陽が天頂にあったころだったろうか、そんなことをメゾンは思う。
二回も作戦を中断するわけにはいかず、メゾンは一瞬の迷いの末にメシア抜きでの作戦続行を決断した。メシアを置いて二機は進む。タタは自分が損傷したときにメシアが見捨てないでくれたのに置いていくのかと良心が痛むのを感じたが、メシアを呑んだ靄が晴れたときに何もなかったのだ、置いていくいかないの問題ではなくなってしまった。
「いいか? 婦女子だろうと容赦はするな! 建物という建物を破壊し尽くしてしまえ!」
少女が足の悪い母親を庇い良心が咎めたのだろう、タタは標的となる家屋を爆撃し損ね、急旋回して家屋を避けた。そしてその勢いで飛行が不安定に。そんなタタにメゾンは発破をかける。すなわち、攻撃に躊躇するな、と。
今、二機は薄暮に飲まれつつあるメゾン区の南東の〝区都〟を無差別爆撃していた。都というだけあって人口は多く住宅も密集している。そしてここに、メゾン区の中枢がある。
赤々とした夕日が血の色をわからなくさせた。
作戦の目的地であるメゾン区本部は、この区都にある可能性がかなり高いとメゾンは言った。可能性で論じなければならないのはレジスタンス側としては不本意だったが、メゾン区第一空軍の戦闘機に発している電波を高精度で追跡できたとメゾンは断言した。タタをはじめとするレジスタンスはそれを信じた。
ハッカー部隊によりほぼ場所が同定されたはずの本部が、破壊されたという確信を、メゾンは持てずにいるようだ。タタは一抹の不安が胸によぎり、メゾンに通信を繋ぐ。メゾンは言った。
「1763Hzの指向性の高い波動はまだ出ないか」
本部機能不全の信号が、どの方位からも検出されないかららしい。不安が増幅する。作戦は失敗だろうか?
なぜこれだけ町を焼いても信号がでないのか。苛立ちが募る。メゾンにとっての、メゾン区を滅ぼさなければならない理由は、〝彼自身の贖罪〟にあった。
〝ム〟という名を、自分が開発したシステムに、
我が家が道路の向こう側に見えるT字路の、大通りに出る一歩手前の、照明がギリギリ歩行者を照らさない薄暗い闇のなかで、前後に敵意を感じ、立ち止まる。――それが、いけなかった。
背後の影が二つに割れ、気配の濃い方に気をとられた彼は危機が少ないと感じた方角から手を首に回されるのを知覚し、すぐに口元に布を当てられ、毒薬を嗅がされた。
彼とて騎士に名を列ねてはいるが、彼の戦場は科学であって、武技の修練はさして積んでいない。彼は持っていた剣に手をかけることもできなかったのである。
目を覚ましてみれば、そこは見知らぬ部屋の中。無機質に露出する壁に四方を囲まれ、その中心に設えられた椅子に後ろ手に縛られていた。
猿ぐつわは、なかった。だからといって助けなど呼べはしない。その部屋は、毒ガスが漏れないよう幾重にも密閉されたシェルターの一番内側の空間だったのである。
「うっ……――ッ?!」
息が詰まる。投薬後の実験動物の反応を見るかのように設置された定点カメラには、赤地に三匹の鷹の区章。
仕えていたメゾン区に、裏切られた瞬間。そして、彼は自分の太ももの肌が黒くなっていくのを、見開かれた目でまざまざと見届けた。
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