第75話

「はい、圭君これ。」


 言って、玲奈は俺に500ペットボトルの水を差しだしてくれた。

――水は、日常的に俺が飲むものだ。変な意味じゃなくて、お茶とかジュースは苦手だった。


「いやー、気持ちよかったー。」


 俺の隣に腰かけながら、伸びをする玲奈を横目で見る。ジェットコースターに乗っていいる時に乱れてしまったのであろう髪を束ねるようにして、また手放してを繰り返していた。


 俺は勿論、言葉も出ないほどに疲弊しているのである。


――ジェットコースター、俺の禁忌に追加しておこう・・・


 思い返したくもないが、こうして遊園地内にある幻想的なエリア(日本では生えていないであろう果実をぶら下げた木々が辺りを囲み、そこら中にクマみたいな謎のマスコットキャラクターの着ぐるみが歩いている。他の客も頭にクマや猫の被り物を付けている。)のベンチに腰かけているのに、車酔いよりも酷い気持ち悪さに襲われていた。体はまだあの瞬間を駆け抜けている。


 最高潮まで引き上げられた高度と緊張感が解き放たれる瞬間。

 絶望と歓喜と共に死の淵を垣間見るような極限体験。

 重力によって地面に引き寄せられる感覚と、ジェットコースターの尋常ならざる速度でその引力に逆らう感覚が俺の一人体にぶちこまれる地獄。

 笑っている人間への恐怖。声が出ない自分への心配。息ができない恐怖。


 ちょっと思い出しただけで、えづいてしまいそうだった。


 あれ?遊園地ってこんな感じだったけ?


「ええと・・・圭君・・・ホントに大丈夫?」


「あ、ああ、大丈夫・・・ちょっと休めば・・・」


 ジェットコースターを降りてすぐ、俺の顔色の悪さにいち早く気づいてくれた玲奈が休憩を提案してくれたのだが、なんだか俺ってデートで休んでばっかだな。心を奮い立たせて立とうとするが、足がまだ震えてるのに気づいて、やめた。


 もう少し休ませてくれすまん!!!!


「ふふっ、こういう圭君見れるの新鮮でちょっと嬉しいかも。」


 両手で持った缶ジュースを飲みながら言う玲奈。まあ、玲奈が楽しそうなら俺としてはそれでいい。


 俺も、玲奈が楽しいなら楽しいし。


 少しほほ笑んだ。


「あ、でも圭君が苦しんでるところを見るのが楽しいってわけじゃないからね!」


 慌てながら訂正していた。なんだか以前とんでもないドS発言をしていた気もするが・・・


「ふっ、もしそうなら俺も俺で苦しむ玲奈を見て堪能させてもらうとしようか・・・」


 低い声で返す。あまりの気分が悪くて、ふざけてるのにふざけきれてない感じになってしまった。


「ええっ!?圭君そういう属性あったの!?」


「こう見えて、ドSの王子様って言われてたんだぜ俺」


「自信もって恥ずかしいこと言ってる彼氏!!!辛い!!!!悲しい!!!!泣けてくる!!!」


「いやまて玲奈もそんなキャラだったか!?」


「かくなる上は、彼氏を殺して私だけ生き残る!!」


「せめて心中してくれよ!!!!!!」


 ここに既にジェットコースターでヤラレチャッタ彼氏がいるんだから!!!!


 と、

 缶ジュースを置いて、両手で顔を覆い嘆く玲奈を見た。玲奈とかわす冗談も発展しつつあったが、俺がその進化に追いついていないようだった。


「ふふ、やっぱ楽しい。」


 子供みたいな無邪気な笑みを浮かべて、玲奈は指の隙間から顔をのぞかせる。ぱっちろ開いた目と、長く整った睫毛を水と光で反射させていた。


 俺も、と返す。


 頭上では風車の犠牲者が断末魔をまき散らしていた。


「じゃあもうちょっと休んだら、今度はゆっくりめのアトラクション乗ろうか。」


「なんなら、もう一周風車でもいけるぜ・・・」


「いや圭君、その顔で行くのは自殺行為だよ・・・」


「まて、その言い方だとまるで俺の顔が入場制限みたいじゃないか。いいか、俺はあんなジェットコースターに負けるような人間ではこれっぽっちも――」


「はいはい、そこまでいうなら――」


 調子に乗ったら引き下がれないのは俺の悪い癖のようで。


 玲奈は俺の腕を引っ張って立ち上がった。腕を持たれた瞬間玲奈の顔に悪魔のようなワルーーーーーい笑みが浮かんだ気がしておびえるようなまなざしを返したのだが、


「さーて、次は後ろ向きで乗っちゃいますかー」


 いつもよりワントーン高めの声で、横を向いて顔を見せないようにして、俺を引きずっていく。何これいつもより怖い!!いつもより彼女が怖い!!!!!!というかいつもは彼女が怖くない!!!!


 条件付きドS的な彼女なんですか!!!???


「ま、ごめんちょっとまって玲奈――」


「あー楽しみ楽しみー。強がる彼氏の泣き顔見るのが楽しみだなー。」


 俺の声をわざと無視するように言う玲奈。テンションが上がっているのはお互い様だが、遊園地は人を悪魔に変換してしまう装置なのかもしれない、と俺は絶望へと近づきながら、そう思った。


 超回転ジェットコースター「風車」の後ろ向き乗車。

 自分がどこを飛んでいるのか全く分からない浮遊感こそ楽しいけれど、逆に言えば自分がどのタイミングで死にそうなのかも分からない。


 精神は遥か彼方へ置き去りにして、俺と玲奈はジェットコースター二週目もたの「し」んだのだった。


 

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