第51話

「それが凄いんです。会長ったら敵の攻撃なんて一つも寄せ付けずに瞬く間にひれ伏させてたんです。ワタシびっくりしちゃいました。」


「あの老人、そんなヤバい人なのか・・・」


「ヤバいなんてもんじゃないです。鬼、いや悪魔みたいな形相でしたよ!」


「そんな人が味方なら、心強いは心強いが・・・」


「ワタシにとっては家族同様の人ですが、圭先輩にとっては味方じゃないかもしれませんよ?」


「おいやめてくれ、洒落になってない。」


「ふふ、冗談です。」


「いやだから洒落になってないんだって。」


あの老人の顔を思い浮かべる。別に敵意もなかったが、慈愛に満ちた表情でもなかった気がする。いわゆるビジネスライク的な。


俺とシオンはまだまだ宵闇に包まれる病室の中。俺はベッドで、シオンは椅子に腰かけて話していた。


俺が気を失った後の話を聞いていたのである。


シオンによると、俺が刺されて気を失ったあと、シオンが襲われる寸でのところであの老人――シオンは会長と呼んでいた、そういえば俺に名乗っていた気もしないではない――が颯爽と現れて黒服を蹴散らしたのだという。あの老人に一体どれほどの能力とやらが備わっていて、どんな戦闘を繰り広げたのか気になるところではあったが、シオンの語彙では


「ビュンって剣が飛んで、避けられて、」


「黒服の攻撃を会長がバシッと受け止めて、グニャってしたんです!」


「そしたら飛んでた剣が軌道を変えて帰ってきたんです!まるでブーメラン!」


「あとはもうしっちゃかめっちゃかでしたね、はい。」


なにがしっちゃかめっちゃかなんだ。小学生の喧嘩じゃあるまいしと俺は思った。


どうやら言葉では表せないほどの激戦だったようだ。というかそういうことにしておこう。


「ワタシもいつかあんな風に能力を使えるようになりたいなあ。」


シオンは少し遠くを眺めて祈るようなポーズをとった。


「そういや、シオンの能力ってなんなんだ?」


機関の人間は何らかの能力があるらしい。シオンの能力が気になった。なんでもかわいく見えてしまう後輩マジックだろうか。


「あ、ワタシは目ですね。」

「め?」

「はい、目です。」

「メルセデス?」

「はい?」

「なんでもないです。」


言ってることが即座に理解できないので冗談で返そうとしたら冷ややかな目線に射抜かれたので俺はあきらめた。


メルセデスベンツ・・・言いたかっただけなのに。


「目で色々出来ちゃうんです、ワタシ。」


ふふんと自慢げに鼻を鳴らすシオン。まあ自慢げなのだがなんともそれが可愛らしいというか、逆に幼く見えちゃう。


「色々ねえ。」


透視とか、そんなんだろうか。果たしてそれが意味のある能力かは分からないが、少なくともロマンはある。


「なんなら目玉焼きとか作れちゃいますよ?」

「はい?」


目で目玉焼き。冗談か本気かわからないなこの子は。でもそんなとこも可愛いから許す。


「試してみます?」

「いや試すっつうか目玉焼きもどういうことかよくわかってないというか・・・」

「よいしょっと。」


そういうとシオンは立ち上がって辺りを見回した後、近くのテーブルに置かれている紙を持ってきた。メモ用紙を一枚ちぎったような薄手の紙だった。


「よく見ててくださいね。」


シオンの手に持たれた紙に視線を集中させる。さながら催眠術師か手品師を見ているような気分だ。


バツン、と勢いよく何かが弾ける音がした。手品でいう指パッチンみたいな『起点』の音が響く。


まあ結果として手品にしてはぶっ飛んだ事象が起きたわけだが。


「ほら、どうです?」

「どうって・・・」


目の前で薄手の紙がメラメラと燃えていた。下の方から徐々にその形を炭に変化させていた。


マッチもなければバーナーもない。何もないところから、燃焼した。


まるで手品である。


「あ、これどうしたらいいですかね?」

「え?」

「持ち手が熱く・・・・ってあつっ!!!」

「おいおいおい!」


後先考えずに動く典型というか、弊害が出ていた。なにしてるのこのこはまったく。でも相変わらずかわ(ry


俺はテーブルに置かれていた水が入ったコップを渡してなんとか沈下させたのだった。紙はジュウっと音を立てながら炎から解放された。シオンが持っていた一部分以外綺麗に燃え切っていた。幻覚でもないらしい。確かに、燃えていた。


「いやー、危なかったです、ありがとうございます。先輩。」


この子は俺にお礼しか言ってないんじゃないかと思うくらい、何回目か分からない感謝を受けた。完璧にシオンがおっちょこちょいなだけだとは思うけど。


「どうです?理解してもらえました?」


又も自慢げに言うシオンに俺は苦笑いを浮かべる。


「シオンが意外にドジっ子なんだってことは分かったよ。」


「ドジっ子ってなんですか?」


「ああ・・・そこからね。」


メルセデスベンツしかりドジっ子しかり、一般常識がないのかこの子は。いやまあベンツは俺の悪ふざけだけど。


冗談はさておき、


「目で見たものを燃やせるっていうのがシオンの能力なのか?」


「うーん、厳密には違うんですけど、そんなものだと思ってもらえれば大丈夫です。」


何が厳密には違うのだろう。やはりあれは手品の一環だったのか?


「あ、そうだ。この際先輩に聞いちゃお。」


俺の疑問なんてそっちのけで、シオンは思いついたような口調で俺に問う。


「グレモリー先輩って、凄い恋愛経験豊富なんですけど、男子の評判とかどんな感じなんですか――?」


そんな言葉。


シオンが言い切る前に、というか言い切ったかどうかすら定かではないのだが、ともかく俺はそんなことに耳を傾けていられないような状態に陥った。


シオンの後ろにあるドアが開くのが見えたのだ。そしてそこに立つ馴染みのある顔に、俺は戦慄したのだ。というか状況的に戦慄せざるを得なかったのだ。デッドオアアライブだ。デッド寄りの。


「ねえ先輩、教えてくださいよ。」


そんな戦慄と葛藤にも気づかず俺に問い詰めるシオン。頼む気付いてくれ。


後ろに居るのよ。張本人が。


ドアを開ける瞬間は普段通りの顔で、シオンの言葉を聞いて驚くような顔をして、そのあと威圧とも脅迫ともとれる笑みを俺に浮かべ続けているグレモリーもとい長濱先生が、そこにいた。頬がぴくついてるんだけど~~~~~~~~~~


「教えてあげたら?閑谷君。」


長濱先生が口を開く。恐ろしい笑みと共に。


「あ、先輩・・・ってどっちも先輩になっちゃうか。」


呼称を急に悩みだすシオン。違う、そうじゃない、俺の目の前に死期が迫っている。危機だ。


「先輩もいいって言ってますし、是非!」


この瞬間、ようやく俺は理解した。シオンはアホの子である。おばかちゃんである。


言えるわけがないだろう。


ウブで結婚どころか出会いの出の字もない長濱先生が、後輩に見栄を張るために恋愛経験豊富なフリをしているだけなんて。


言ったら俺が床に転がる死体になってしまうに違いない。フリじゃない。ガチだ。


というかそんなことを本人がいる前で答えさせちゃう辺り、シオンがアホの子の証明になっているというか、長濱先生にすっかり騙されちゃっているというか。


まあともかく、俺はこんなところで死ぬわけにはいかないのだ。あの老人に拾ってもらった命だし。


そう思えば俺の命は案外機関によって左右されている気もする。認めたくないが。


色々考えて、たじろいだ挙句、俺は生きるための言葉を吐いた。


「長濱先生は、モーモテモテもモテモテで、男子生徒をつまみ食いしながらとっかえひっかえしているらしいよ。」


あ、いけない、ちょっとふざけてしまった。


「ええ~先輩凄いです~。」


シオンがまたも言い切る前に俺の視界はグワンと歪んだ。


同時にバシンと俺の頭がはじかれる音。


「なーに言ってるのかしら?閑谷君~?」


速攻で俺の近くまで走り寄り、頭をひっぱたいた長濱先生がそこに居るのだと分かった。けが人に容赦ないなおい。


「ま、まあ、モテモテ、と言う部分はありがたく受け取っておくわ。」


そこに関しては嘘偽りがないわけで、本来は長濱先生の嘘を暴かなかった部分を称賛されても良いくらいなのだが、と俺は布団に顔をうずめながら思った。


「のわっ。」


またも視界が大幅に揺れる、俺の肩を持ち、垂れた頭を起き上がらせる誰かがいた。


長濱先生だった。後ろにシオンが見える。先生の顔は今度は本当に暖かい笑みだった。柔らかで、安堵が見える笑み。


「改めて、おかえりなさい。閑谷君。」


そういって長濱先生は俺を抱きしめた。俺もようやく現実に整理がついてきたのかもしれない。


ああ、俺は帰ってきたんだな、と思った。






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