第35話
「うわっっ!!」
黒のサングラスとスーツがアイスの白でまだら模様になった。同時にシオンさんの両隣にいた黒スーツもその光景に気を取られた。
――今だ!!
俺は意を決して、黒の集団に囲まれる姫君を救うべく飛び込んだ。飛び込んだ、とはいってもただ運動不足のもつれそうな足で踏み込んだだけだが。
「えっ」
驚き顔のままでいるシオンさんの右手を掴む。この場を切り抜けるにはこれしかない。そう思った。
「走ろう、シオンさん。」
黒スーツの男たちは確かに彼女を囲っていた。しかし彼女を縛っていたわけでもなければ、拘束していたわけでもない。単にその威圧感で彼女を留めていたに過ぎなかった。
つまり、奴らの気を引いて、彼女を引っ張りだすことさえできれば、この状況は打開できるはず。
それが俺の答えで、反撃だった。
すぐさま彼女の手を引いて、俺は公園の出口まで駆ける。彼女も戸惑ってはいるが、俺の誘導に付いてきてくれていた。
いや、俺の足が遅いだけかもしれないけど。
「おいっ、待て!!」
後ろの方から遅れてドスの効いた声がする。ゾクリと背に走るものを感じるが、もうここまできたら突き抜けるしかなかった。
公園の出口にでて、俺は左右を見渡した。
――このまま逃げるとしたら、どこに行くべきか。
正直あんなことをして、捕まったらどうなることか分からない。考えるだけで怖くなるが、なに、あいつらが悪いんだ。気にするもんか、と自分を正当化した。
俺はほんの一瞬だけ考えを巡らせた後、行く先を決定した。
「シオンさん、ちょっと距離あるけど走れそう?」
「あ・・・はい、大丈夫です。」
未だに状況が呑み込めていないのか、少しばかり青ざめたような顔をしているシオンさん。ローファーだから走るのに適しているとは言えないだろう。奴らを完璧に撒くことは不可能だ。
だからこその河川敷だった。
俺が住んでいる地域はもれなく田舎なのだが、河川敷だけは人通りが多い。犬の散歩、草野球、通学路、ここまで人目の付く場所を俺は他に知らなかった。一般人の目が多いところなら奴らもそう易々と酷いことは出来ないはずだ。
俺は彼女の手をしっかりと握って、またももつれそうになっている足を必死に回し始める。
俺と彼女はひたすら道なりに走った。
なんだか少し懐かしい気分だった。
―――――――――――――――――――――――――—-
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「先輩・・・大丈夫ですか?」
膝に手をついて体を屈めた状態の俺に、シオンさんは言う。
俺たちは公園から数百メートル走って、河川敷まできていた。
数百メートルの距離を全力疾走しただけで息切れが止まらない。
心臓がバクバクと脈打っている、帰宅部の鑑だなおい。
「だ・・・はぁ、大丈夫・・・そっちは?」
なんとか平静を装って彼女の様子を窺う。突然手をとって走り出した俺に彼女はどう映っているのか少し心配ではあった。
「私も、大丈夫です・・・おかげさまで。」
「それは・・・はぁ、よかった・・・」
どうやら、彼女は息の一つも切らしてはいないらしい。なんだか少し情けなくなる。
俺は肩を激しく上下させながら辺りを見渡した。いつもの人々が河川敷に溢れている。黒スーツの男たちの姿は近くには見えないようだった。
俺は深呼吸するように大きく息をついた。緊張と恐怖で張り裂けそうだった心臓が、今は疲労感でくたくたである。
「あの・・・先輩・・・」
「ん?」
なんだろう、少し身じろぎしているようだが。
「私、先輩に言わなきゃいけないことが・・・」
「・・・・」
俺は少し固まる。この状況下でこの子は一体何を言い出すのだ。
知っている、知っているぞ俺は、この感覚を。
あれー?なんかおかしいなーこの流れ、からの!!!
告h
「あの人たち、私の知り合いなんです!!」
・・・・・・・・・・・?
「???」
言葉も脳内も?である。
「その、試すようなことをしてしまい、ホントにすみませんでした!」
・・・・・・・
夕暮れのカラスが、先ほどまでの不吉な様相とは打って変わって、アホみたいにカーカ―泣いているが聞こえる。
試練と言ったが、ある意味でその言葉は間違いではないのかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます