31卑劣な選択肢

 きた。これは十分に想像できた展開だ。

 私が公の帰還を果たすことなく、ロード・デュークスの手の者に連れられてここに訪れれば、完全に彼の手の内に入ってしまう。

 それは即ち、彼の暴挙はいくらでも隠しようがあるということ。

 やろうと思えば、ロード・デュークスは私を人知れず亡き者にすることができる。


 けれどだからといって、むざむざとやられるわけにはいかない。

 私は怪しく微笑むロード・デュークスに対し、強気で返した。


「……確かにそうですが、しかしそれは一度城に帰れば済むことです。玉座にて、衆目の元に発言すればいいのですから」

「左様でしょうな。しかし私には、この場でそれを防ぐことができますが」

「それはどうでしょう。今の私は、『始まりの力』を使えますよ?」


 クツクツと笑うロード・デュークスは、全く物怖じしていない。

 私の力がいかに強大であろうと、阻むことに支障はないというように。

 そんな彼に、思わず脅すような口調になってしまう。


「私は、この場を失礼しますよ。城に入って、私は姫としての役割を果たします。それを阻むのであれば、多少の荒事は────」

「そうか、それは残念だ。ならば私は、部下を罰さなければならない」


 不穏な態度に、言い捨てるようにして立ち上がろうとした時。

 ロード・デュークスはわざとらしく肩を落として見せた。

 その言葉に反応せざるを得なかった私に向けて、狡猾な笑みを向けてくる。


「D4とD8には、あなた様をお連れし、私の意向にご納得いただくように手筈を整えるよう命じていた。しかしあなた様がここを去ってしまうということは、二人の任務の失敗を意味する。私とて不本意ではあるが、失敗にはそれ相応の処罰をせねざなりませんなぁ」

「まさか……!」


 慌ててレオとアリアを見ると、二人とも青い顔をしていた。

 その体の気配を窺ってみると、二人のものとは異なる濃密な魔力を感じることができた。

 これは以前にも二人から感じた、呪詛の感覚だ。


「あなたはまた、こんなこと……!」


 以前二人に課せられていた呪いは、私が既に『真理のつるぎ』で破壊していた。

 けれど、二人は一度捕らえられたことで、再びその身に呪いを受けていたんだ。

 私にそれを事前に伝えてくれなかったのは、呪いが解呪された状態で帰還すれば、ロード・デュークスに不信を抱かれるからか。


「私は部下統制のために、ちょっとした魔法を施しているまでですが。まぁ、こういう時に役に立つ。さて姫殿下、念のためもう一度お伺いしますが、これからどうなさるのですかな?」

「ふざけないでください! こんなこと……!」


 カッと頭に血が上って、私は感情のままに立ちがった。

 どれだけ人を弄べば、二人を踏みにじれば気が済むんだ。

 怒りが沸々と湧き上がってきて、感情のままに暴れたい気分だった。


 でもダメだ。冷静さを失えば負けてしまう。

 私は拳を強く握ることで、なんとか爆発しそうな気持ちを抑え込んだ。


 それに、今の私ならばどうにかできるはずだ。

 以前は『真理のつるぎ』で貫くことで呪いを破壊したけれど。

 力を自在に扱える今ならば、『掌握』したり、強引に解呪することだってできる。

 そうだ、それさえしてしてしまえば、彼の脅しなんて怖くない。


「因みに、既に付与している私の魔法は、発動しようとすれば一瞬すら必要ない。あなたがいくら超越した力をお持ちでも、その未熟な御身で、それを上回ることができるかどうか……試したければお止めはしないが」

「────────!」


 私の思考を読んだかのように、ロード・デュークスはポンと言い放った。

 対策を取られているというよりは、全くの抜かりがない。

 いくら強大な力を自由に使えるようになったとはいえ、魔法使いとして最上級の彼には、一個人として私が劣る。


 私個人に攻撃を仕掛けるならまだしも、人質を取られると身動きが取れない。

 喉元に刃を突きつけられているような現状では、どんなに強い力も意味をなさない。


 冷や汗をかく私に、ロード・デュークスは冷たく笑う。


「さて、姫殿下におかれましてはどのように? 私としては我が屋敷に逗留して頂き、是非ともご協力を仰ぎたいところなのですが」

「ロード・デュークス……!!!」


 平然と、穏やかな対話の中のように尋ねてくるロード・デュークス。

 その狡猾な振る舞いに、彼の容赦のない意志の強さが窺える。

 彼は何がなんでも、世界を滅ぼしてしまいたいんだ。


 私の命が狙われるのであれば、振り払って逃れることができるだろうけれど。

 でも、二人の命を握られてしまっては、無謀な動きに出ることはできない。

 不本意だけれど、今は大人しくしているしか……。


 でもこれ以上この人の元にいたら、私の身だってどうなるかわからない。

 そうなれば、私はまた氷室さんとの約束を破ってしまうことになる。

 いやでも、二人のことを見捨てるなんて選択肢はない。

 何が何でも全員で生き延びる道を、諦めず模索して────。


「さぁ、どうなさるのですか、姫殿下」


 勝利を確信したように、黒い笑みを浮かべるロード・デュークス。

 飽くまで私の意思を尊重しているような体にしつつ、その実私に選択の余地なんてない。

 二人を守るためには、彼に従うしかない。少なくとも、今この場は。


 そう観念して、腰を下ろそうとした、その時。


「────お待ちください! 今はなりません! お待ちを、ロード!」


 わっと上がった室外の騒然さを振り抜いて、勢いよく応接室の扉が開かれた。

 両開きの扉を力強く押し開いて現れたのは、お母さん────ロード・ホーリーだった。

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