30 損なわれない余裕

 ロード・デュークスがこんな手段を選んだことには、何か明確な理由がある。

 それは魔女を忌み嫌うという魔法使いとしての感情とは別物の、もっと違う何か。

 嫌悪感や憎しみだけではない、彼なりの世界への憂いから来るものだということが、ひしひしと感じられた。


 スタート地点は、もちろんそういった魔法使いならではの考え方からなのだろうけれど。

 でも、彼が世界を滅ぼすしかないと判断した材料は、そこではないんだろう。

 ロード・デュークスは見るからに堅物で、魔法使いとしての在り方や志をとても重じている人だということは、こうして向かい合うとはっきりとわかる。

 それ故に、冷徹で非情な部分を多く感じるけれど、彼もちゃんと血の通った人のようだ。


 ただ、何が彼を突き動かしているのかは、私にはわからなかった。


「……わかりました。あなたはどうしたって、この世界を壊すつもりなんですね。ジャバウォックの力を使って、全てを失くしてしまいたいんですね」


 納得はできないし、その結論を理解することは私にはできない。

 けれどこの答えは、彼の強い意志によって導き出されたものだということはわかった。

 なら、その意思そのものは受け入れるしかない。彼には彼の信念があって、それはそう簡単に譲れるものではないんだ。


「けれど、あなたがそうやって強く崩壊を望むように、私もまたそれが成されないことを強く望んでいます。私は、あなたの思想と計画を受け入れることはできない」

「私たちは、決裂してしまったということですな」


 明確に自らの意志を示す。もう散々わかりきったことだけれど、それでもハッキリと言葉にする。

 魔法使いも魔女も、誰しも分け隔てなく『魔女ウィルス』の苦しみから救いたい私。

 ドルミーレから始まった因子を駆逐するため、何もかも無きものにしたいと考えるロード・デュークス。

 根幹は同じようで目指すものが正反対な私たちは、どうしたって並び立つことはできない。


 いくら言葉を交わしても、やっぱりこの結論は変わらなかった。

 それを残念に思いつつも、それでも戸惑うことなく伝えると、ロード・デュークスは素直に頷いた。

 彼もまた、最初からわかった上でこの場を設けたのだから、もちろん落胆の様子なんて全く見せない。


「誠に残念極まりない。我らが麗しの姫君と、こうも意見が逸れてしまうとは。しかしそれだけでは私は止まりません。反発などとっくに慣れている。私は、必ず計画を成就させましょう。そんな私を、姫殿下はどうされるおつもりでしょうか。今この場で私を切り捨てますかな? あなたの象徴、『真理のつるぎ』をもって」


 相変わらず言葉面を取り付うだけで、ロード・デュークスは全く残念がってなんていない。

 寧ろどこか楽しむように、静かな笑みを浮かべて私の様子を窺っている。

 試すようなその眼差しに、私は首を横にふった。


「そんなことはしませんし、したくありません。今まで避けられない戦いもありましたが、私は極力争いなんてしたくありませんから」

「ほう。前女王を下したあなた様ならば、私など踏み倒すかと思いましたが……では、どうされるおつもりで?」

「…………。長らく外してはいましたけど、でも私はこの国の姫。だから私は、この国を預かる者としての権限を行使することであなたを止めます。ロード・デュークス、『ジャバウォック計画』を取りやめないのなら、私はあなたを罰することになる」

「なるほど。それは困りますな」


 五年も国を離れた今、私の発言にどれだけ力があるかはわからないけれど。

 それでも姫と呼ばれる以上、私はその立場をもってこの国を守る義務と責任があるから。

 それを踏まえて言葉を向けると、ロード・デュークスは眉を寄せた。

 けれど、それはどこかポーズめいているように感じた。


 そんな彼の胡散臭さを感じながら、私は背後の親友たちに顔を向けた。

 ロード・デュークスの意向に放心していた二人は、少し落ち着きを取り戻したようだった。

 寄り添いお互いを支えつつも、しっかりと床を踏み締めて立つことができている。


「二人とも、ごめん。私のことを想って色々頑張ってくれたのに。私、やっぱり折り合いがつけられなかったよ」

「アリス……」


 私の謝罪に、二人は小さく首を横に振った。

 ロード・デュークスと私を交互に見遣るその様子からは、やっぱりまだ戸惑いと不安が感じられる。

 けれど、私を救うために活用しようとしていた彼の計画が、自分たちが思っていたものとかけ離れていた事は、どうやら理解できたようだ。


 確かにジャバウォックを活用すれば、私の中のドルミーレを倒す事はできるかもしれないけれど。

 でも、それをすることによる代償はあまりにも大きくて、とても釣り合いが取れるとは思えない。

 ロード・デュークスが世界に悪影響を及ぼさずに扱えるのなら、もしかしたらその方策も悪くはないんじゃないかと、二人を立てる意味も含めてこうしてやってきたけれど。

 実際は真逆も真逆。彼が進んで世界に牙を剥こうとしているのだから、残念ながら歩み寄る余地がない。


 二人には申し訳ないけれど、でもわかってくれているはずだ。

 小さくだけれど頷いてくれる二人に、私はもう一度「ごめんね」と謝ってから、正面のロード・デュークスに向き直った。


「────ロード・デュークス。本当なら、こういうこともしたくないんです。話し合いで、かたを付けたかった。でも、どうにもわかり合えないというのなら、私は自分の権力を使うしかありません」

「気を引く必要はありませんよ、姫殿下。立場ある者として、その行動は間違ってはいない。むしろ、もっと躊躇わずに振るっても良いくらいでしょう」


 私の言葉に、ロード・デュークスはやけに物分かりよく頷いた。

 けれどその態度が逆に不可解で、私は内心で身構えた。

 案の定、彼の口元がゆっくりと釣り上がっていく。


「しかし、それが効力を発するのは然るべき環境だけだ。今この場には私たちしかいない。あなたの帰還を知る者もいるが、しかし玉座は以前空白のまま。公のものではない。姫殿下がこの場にいることを知る者が、どれほどいることか……」


 ロード・デュークスは淡々と、しかしこちらの様子を楽しむように、ねっとりとそう言った。

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