21 魔女への苦悩
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「さてと、それじゃあ僕は退散しようかな」
「いや、流石にそれはない。待ちなよ」
『魔女の森』の一角、ロード・ケインとレイは静かに睨み合っていた。
ロード・ケインの魔法によってアリスがどこかへと転移させられた、その直後のこと。
まるで何事もなかったかのように、にこやかに微笑むケインに、レイは歯を剥いた。
「むざむざ君を帰すと思ってるのかい? アリスちゃんをどこにやった?」
「なんだよ、そうカッカするなってぇ。別に危害を加えちゃいないよ。ただ、ここじゃない場所に行ってもらっただけだ」
「それが問題だって言っているんだよ。ロード・ケイン、一体何が目的なんだい?」
のらりくらりとへらへらしているケインに、レイは苛立ちを隠せない。
彼の手によってこの場から退場させられたアリスのことが、心配でならなかった。
幸い転移が完了する前に氷室が同行できたが、しかしそれは、レイにとってはあまり安心材料にはならない。
故に焦燥が全身を焦がし、ジリジリと苛立ちが募っていってしまう。
「どうやったかは知らないけれど、わざわざこんな所まで乗り込んできて。そしておまけにアリスちゃんをどこかにやって。君は一体……」
「いや、そんなに勘繰られてもねぇ。僕がここにやって来たのは、さっき言ったようにフラワーちゃんの回収をするためだ。姫様へのちょっかいは飽くまでついでさ。それも終わって、僕は用がなくなったから帰ろうとしている所なんだけどねぇ」
「勘繰るなと言う方が無理な話だよ、ロード・ケイン。君の行動は意味不明だ。姫君の身柄を奪っておきながら、それをついでのちょっかいだって言うのかい?」
「だって本当だもんなぁ」
困ったと、ケインは眉を寄せて肩を竦める。
その辟易としてみせる態度に、レイは更なる苛立ちを覚えた。
しかしここで感情的になれば彼の思う壺だと、努めて冷静を保つ。
「それに、僕は別に姫様の身柄を奪っちゃいないよ。ただ、ここじゃない場所に移しただけだ。まぁ、そこで誰かが彼女を回収しようとするかもしれないけど、でもそれは僕には関係ない」
「つまり誰か────ロード・デュークスの手の者がその先にいるということじゃないか。それじゃあ一緒だ」
「全然違うよ。僕はその先に関与していないからね。僕はただ、多くの魔女が姫様を囲んでいる状況、つまりこの森から彼女を離そうと思っただけ。そうやって他所に飛ばした先で、誰が何をするかまでは知らないさ」
「どうだろうね」
飽くまでしらを切るケインに、レイは全く警戒を解くことができなかった。
彼の態度を見れば、確かに彼自身がアリスに危害を加えるつもりはないように見える。
しかしだからといって、害を与えないとは限らないからだ。
とはいっても、力をほぼ使いこなしている今のアリスに、誰かが簡単に手を出せるとも思えなかった。
それに氷室も彼女のそばにいることを考えれば、そうそう万が一の事態には陥らないだろう。
心配であることに変わりはないが、しかし今はこうして対面している
レイはそう思うようにして、彼方への不安に一旦蓋をした。
「ロード・ケイン、何度も聞くけれど、結局君は何をしたいんだい? ミス・フラワーと通じているというのも意味がわからないし、魔法使いだというのに、君自身は然程アリスちゃんの身柄を望んでいない、というのも解せない。正直、気味が悪いね」
「ひどい言いようだなぁ、傷付くぜ。僕は一人の魔女狩りとして、世界を犯す魔女がいなくなることを望んでいるだけさ。だから姫様の力や、その存在どうこうには興味がない。ただ、誰かが何らかの形で、魔女掃討を成してくれればなぁと思ってる。僕はそんなみんなのお手伝いをしているだけさ」
「…………そんな君が、どうしてミス・フラワーの身柄を押さえているんだい? 彼女は魔女に通ずる存在だ。それも、最も根源に近い存在なんだよ?」
「うん、知ってる」
短く答えたケインの声は、とても静かで、そして重かった。
いつもの飄々とした軽薄な態度とは正反対のもの。
そのらしくない態度に、レイは訝しみながらも質問を続けた。
「なら、どうして? 魔女を憎み疎む魔法使いが、どうして彼女を囲うんだい? 君にとって、彼女は一体……いやそもそも、どうやって彼女と……?」
「こんなくたびれたオジサンのプライベートに、ズケズケと踏み込んでくるなぁ。まぁそうだなぁ……どうしてと言われたらそれは、彼女は僕らの敵じゃあないからさ」
「…………? 確かに、彼女は誰かに敵対はしないだろうけれど……」
「彼女は苦しんでいた。それは僕ら魔法使いが抱える、魔女に対する苦悩と似ていた。だから僕は魔女狩りとして、彼女の苦しみを取り払ってあげたいと思ったのさ」
「……?」
薄く笑みを浮かべて語るケインに、レイは疑問を募らせるばかりだった。
レイ自身、ミス・フラワーと特別親交が深いわけではない。
彼女に抱える苦悩があったとして、それを把握しているほど関係を深めてはいなかった。
しかしだからといって、魔法使いと志を同じくするような思想が彼女にあったかといえば、それくらいのことは否定できる。
何故ならば彼女は、ドルミーレと深く繋がっている存在なのだから。
だが、結論を出すことはできない。
「苦しんでいる女の子に、笑顔を取り戻してほしい。そんな、オジサンがちょっぴり格好つけてるってだけの話さ。別に誰に関係ある話でもない。いやー、こういう話するのは恥ずかしいから、ここまでで勘弁してほしいなぁ」
そう言って元のヘラヘラ笑いに戻るケイン。
そんな彼を見ると、どこからどこまでが本心なのかわからなくなる。
けれどレイは、彼の言葉には偽りはないだろうと思った。ただ、はっきりとした物言いをしていないだけだと。
「まぁ、君の個人的な感傷にはあまり興味はないよ。取り敢えず僕は、彼女をこの森に返してほしいだけさ。ミス・フラワーは、僕らにとって必要な存在だからね」
「それはできない。彼女を魔女の元に返すことなんてしないよ。それじゃあ連れ出した意味がないだろう。彼女は僕が守る」
「随分勝手な言い分だ。彼女がそれを望んでいるとでも?」
「僕はそう、信じてるよ」
ケインはそう言って目を細めると、バサリとわざとらしくローブを翻した。
話はこれで終わりだと、そう言うかのように。
「僕は君と戦ったりとかしないよ。そもそも戦うとかって嫌いなんだ。だからとっとと退散させてもらう。君たちは君たちで、姫様を探すなら何なり、好きにするといいよ」
「待て! まだ何も話はついてない────」
「そもそも、
レイが地を力強く蹴って距離を詰めようとした一瞬手前、ケインはそう薄く笑って、空間を歪めて転移した。
レイが詰め寄る暇もなく、彼の姿は一瞬で森の中から消えてしまったのだ。
「クソ……引っ掻き回すだけ引っ掻き回して……」
巨大で静かな森の中で一人取り残されたレイは、小さく地団駄を踏んで、そう独言ちた。
魔法使いとの事態の解決に対して完全に後手に回ってしまったことに、苛立ちと焦燥が駆け巡る。
しかしここでぐずぐすしていても仕方がないと、レイはすぐに気持ちを切り替えた。
「アリスちゃん、無事でいてくれ……」
モヤモヤを頭を振ることで掻き消して、レイは一番大切なものに目を向けた。
そして、この状況下で自分が何かをするべきかに、思考を移すことにした。
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