105 呪いによる影響
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ドルミーレが討ち取られた後、ホーリーとイヴニングはそのまま花畑の城に留まった。
彼女が残した魔法により、再び領域の制定がなされたその空間は不可侵の土地に戻り、何よりも安全な場所だったからだ。
しかし一番の理由は、親友が残したもの、いや残さなかったものを受け継いでいきたいと考えたからだった。
結局、ドルミーレとの和解はうやむやになってしまった。
あの時、彼女が二人に対して何を言おうとしていたのかは、もはや知るよしもない。
しかし、幾度の困難に対しても二人が無力だったという事実だけは明白で、それが女たちを更に苦しめた。
ドルミーレを救うことはおろか、守ることもできなかった。
その結果は、ホーリーとイヴニングの心に際限のない涙を流させた。
二人はしばらくの間、彼女がいなくなった城の中で空虚な日々を、無為に過ごしたのだった。
そんな彼女たちが、自らの肉体の異変に気が付いたのは、ドルミーレの死亡から数日が経過した頃だった。
肉体内部の構造が変わり、存在としての在り方が変質し、あるはずのない『力』が身の内で流れることに、気付いたのだ。
それがドルミーレによるものだということを、彼女の親友だった二人はその心で察知した。
自分たちの肉体が、人間ではない何かに変容しようとしている。
そしてそこから感じるものは、自分たちが何よりも大切にした友の気配に似ていると。
そして何より、自身に流れる未知の力は、彼女が扱っていた魔法に酷似しているのだと。
それこそが
自らの肉体を微粒子レベルで細分化させて散布することで、それに接触したものをドルミーレに近しい存在へと変質させる、異形の呪い。
ドルミーレという存在を忌み嫌ったヒトビトに、自らと同じ解離を味わわせんとする、彼女の憎悪の証だった。
目に見えぬその呪いは、対象に気付かれることなく寄生し、少しでもドルミーレへの適性があれば侵食し、変質させる。
ドルミーレは元々人間を模した形を持って生まれたため、身体構造が近しい人間の女性が主にその対象となった。
稀に他種族のヒトも対象になることがあったが、その場合も女性性を持つ者ばかりだった。
その呪いは、ヒトを異形へと変質させるだけに飽き足らず、最終的に死に至らしめるものだった。
肉体の変質、存在の変異は多大な負荷を与えるため、それに耐えられるヒトがごく僅かだった、というのが主な理由となる。
多くの者は呪いの発症から程なくして、その肉体を崩壊させて死に至る。
稀に死への道のりが長く、その傾向が見えない適性者もいたが、それはただ耐性が強いというだけに過ぎなかった。
そういった現象が世界中で、そのほとんどが『にんげんの国』で次々と起き、人々に魔女ドルミーレの呪いを周知させた。
そして呪いを発症した者は、魔女が扱っていた魔法に酷似した怪奇的な力を得ることから、いつしか呪いを受けた者を『魔女』と蔑称するようになる。
そしてその『魔女』が発生した付近では、『魔女』が連鎖的に発生することが多いことから、その呪いは感染症のようにヒトからヒトへと伝播するものだと考えられた。
病のように発症して、ヒトからヒトへと拡散的に広がっていく、まるで細菌のような死の病魔。
その呪いはいつしか、『魔女ウィルス』という言葉でひどく恐れられるようになった。
魔女ドルミーレの因子、その呪いを受けて『魔女』となった者たちを、ヒトビトは彼女と同じように忌み嫌った。
恐ろしき国の暗部、世界を脅かした悪女を想起させる災いとして『魔女』たち恐れ、そして迫害するようになった。
しかしそうした行動の大きな要因はやはり、『魔女ウィルス』が容易に死をもたらす伝染病だったからだろう。
そうして迫害され、行き場を失った『魔女』たちの逃げ場を作ったのは、妖精のレイだった。
レイは妖精であるため、『魔女ウィルス』の対象になりにくい存在だが、その呪いを間近に受けたことが起因し、『魔女』へと変質していた。
そのせいで仲間から精神的な繋がりを絶たれ、妖精としては中途半端な存在となったレイは、魔女として生きることを決めていた。
レイはかつてドルミーレが暮らしていた南の森の、彼女の小屋があった場所に仰々しい神殿を建て、そこに『魔女』たちを匿うようにした。
そこで魔女ドルミーレの無実と、その存在の偉大さ、高尚さを語ったことで、『魔女』の中でドルミーレ崇拝の意識を持つ者が少なからず生まれた。
これが後のレジスタンス・ワルプルギスの起因の一つとなる。
『魔女ウィルス』が魔女ドルミーレから由来するものであり、彼女のような変質を起こすものだということは、多くのヒトビトはすぐに理解し、恐れた。
しかしそれが、ドルミーレ自身の肉体の残滓、欠片であり、彼女の細胞がヒトの肉体を蝕み侵食している、という事実を知るのは三人だけ。
ドルミーレと最も近しかったホーリーとイヴニング、そして彼女の力を長年よく見知っていたレイだけだった。
彼女たちだけが『魔女ウィルス』の本質を本能的に理解し、そしてその上で受け入れる選択をした。
ホーリーとイヴニングは、親友の強い意志と想いを受け取り、それを受け止めることを。
レイは憧れの女に、その存在的に近づいていることに歓喜し、より陶酔し、彼女の意志を救済することを。
それぞれの想いを胸に抱き、彼女たちはドルミーレのために『魔女』として生きていくことを決めたのだった。
『魔女』となって魔法を手にしたホーリーとイヴニングは、その力と元来の繋がりから、ドルミーレの心が消滅していないことを感じ取った。
どこか奥深く、手を伸ばすこともできない彼方で、誰とも関わることなく眠っていることを知ったのだ。
その事実は彼女たちに一縷の希望を与え、以降二人は『魔女』となったその生涯を、ドルミーレとの再会に費やすことを決めた。
それは一重に、彼女と最後に交わした約束を守る為。
ドルミーレはそれを約束と思っていないかもしれないが、彼女たちは『ずっと一緒にいる。味方でい続ける』という約束を貫く選択をした。
それは、非力故に彼女の為に何もできなかった二人が、彼女に近づきその力の一端を手にしたからこそ、より一層強く抱いた意志だった。
今なら、ドルミーレを救うことができると。
同じく、感情の妖精であるレイも、その元来の力も合わせて、ドルミーレの心の生存を感じ取っていた。
レイもまた、ドルミーレを復活させることに尽力することを決めたが、その意思は彼女の友人たちとは反りが合わなかった。
親友としての再会を望む二人と、大いなる存在として崇拝するレイとでは、求める形が違ったからだ。
結果、元々関わりの乏しかった彼女たちは、その方向性の違いから、お互いを疎むようになる。
そうして、魔女ドルミーレから起因する『魔女ウィルス』、それによる『魔女』の発生、そして彼女たちが持つ魔法が『にんげんの国』に現れたことで、国は大きく変動していくこととなった。
神秘を持たない人間に、奇しくももたらされた魔法という神秘が、彼らの道行を大きく変えたのだった。
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