96 自分たちにできること
「このままじゃ、ダメだと思うの……!」
ある日の夜、ホーリーは久しぶりにイヴニングの元を訪れ、おっかなびっくりにそう声を上げた。
ホーリーが夜中にイヴニングの家を訪れ、部屋の窓を叩いたのを合図に、イヴニングはこっそりと抜け出す。
それは昔からの彼女たちの習慣だったが、さすがにここ数年はそういった悪戯じみたことはしていなかった。
そんな久しぶりのやり取りで、久しぶりに顔を合わせた二人。
彼女たちは王都から帰ってきたその日から、今まで約一ヶ月ほど、まともに顔を合わせていなかったのだ。
仲違いをしたわけではもちろんないし、何か明確な理由があったわけでもない。
しかしお互い、自然と足を向けることができなかった。
きっとそれは、相手の顔を見てしまえば、あの悲しい別れを思い出してしまうと思ったからだろう。
そんなわだかまりは、ついに破られた。
敢えて避けていたわけではないから、ホーリーの呼び出しにイヴニングが応じない理由はなく。
二人は幼い頃のように家を抜け出して、夜の町に繰り出した。
静まり返った暗い町。特に理由もなく南下して、二人は町外れの木の陰の一つに揃って腰を下ろした。
「ねぇ、イヴ。私、やっぱりこんなの嫌だよ。何とかしないと」
「何とかって……」
肩を揃えて座り込みながら、しかし二人は目を合わせない。
俯きながらも必死に言葉を並べるホーリーに、イヴニングは渋い顔をした。
「私たちには、何もできないよホーリー。昔から何度も私たちは頑張ってきたけれど、全部裏目に出てしまったじゃないか。私たちには、ドルミーレを守ることはできないんだ」
「それは、そうだけど……」
自分たちがドルミーレを人前に連れ出せば、必ず彼女が傷付く結果になってしまう。
三度目にして、二人はそれを理解しないわけにはいかなかった。
どんなに自分たちが訴えたところで、誰もドルミーレを受け入れることはなく、寧ろ彼女を拒絶する意思を強めてしまうと。
それは彼女たちが辿ってきた、確かな事実だった。
「これはもう、私たちがドルミーレを傷付けているのと同じだ。いや、実際私たちが傷付けたんだ……」
「じゃあ、このまま放っておくっていうの? そんなこと、私できないよ……」
「………………」
イヴニングはボサボサの髪をくしゃくしゃと掻き毟って、そのままその髪ごと顔を覆った。
そんな彼女のことを横目で窺い見ながら、ホーリーは膝を抱えた。
「あの時、本当にドルミーレが怖いと思っちゃった。私たちの知ってるあの子じゃないって思って、物凄く嫌な気持ちになった。でも私、ドルミーレのこと今でも大好きだよ。大切な友達……親友だって思ってる。そんなあの子を私たちが傷付けちゃったのに、放っておくなんて……」
「そんなの、私だって、同じだよ」
髪と手で顔を覆ったまま、イヴニングは細い声で唸った。
あの時感じた恐怖、受けた衝撃、避けられなかった驚愕。
その全てを思い出したとしても、大切な友を嫌う理由なんて一つも見当たらなかった。
どんなに凄まじく、どんなにヒトビトと隔絶していようとも、そんな彼女こそを大切に思っていたのだから。
しかし、あの時のドルミーレにショックを受けなかったといえば、それは嘘になる。
「でも、今更何をどうするっていうんだい? ドルミーレは今や、完全にこの国の敵だ。人間の敵、ヒトの敵、場合によっては世界の敵だ。そんな彼女を、私たちなんかがどう助けるっていうんだい? 町の人たちすら説得できなかった私たちが」
「わかんない。私もそれはわからないよ。わからないから、どうしようもないから、できることは一つしかないと思う」
ホーリーは自信なさそうに、弱々しく言う。
正解を探るようにゆっくりと、しかしそれでもその瞳に迷いはない。
「一緒にいてあげること。私たちにできることは、友達としてどんな時も一緒にいて、味方をしてあげることだと思うんだ」
「……でも、そんなこと彼女が許してくれるかな。きっと彼女は、私たちを恨んでる。あんなに信じてくれていたからこそ、私たちが彼女を恐れてしまったあの瞬間のことを何よりも……」
「うん、かもね。すごく怒ってて、もう絶対許してくれないかもしれない。だから、沢山謝って、何が何でもあなたといたいんだって、言い続けるしかないんだよ」
ホーリーはそう言って、顔を覆うイヴニングの手を取った。
そっと、しかし力強く、迷わぬ意思を示すように。
ホーリーはイヴニングのか細い手を握る。
「私はドルミーレのことが大好き。嫌われても憎まれても恨まれても、それでもあの子のことが心配だから。沢山の人たちに、この世界に嫌われているドルミーレに、私たちだけは絶対に味方だよって伝えたい。それを、受け入れてもらえなくても……」
「…………まったく、真っ直ぐすぎるよ君は。子供の頃から、そういうところは全く変わってない」
ホーリーの挫けることのない意思に、イヴニングは苦笑した。
それは、思うことなら簡単でも、実際に行動するのはとても難しいことだ。
相手に拒絶されても、それでも想い続けるという鋼の意志がいる。
他の誰かが口にすれば笑い飛ばすようなことだが、しかしホーリーは実際にそれをなせる純粋さを持っていると、イヴニングは知っていた。
そしてそんな彼女とずっといた自分にも、きっと……。
「ファウストだって、ドルミーレへの気持ちは無くなってないと思う。でも、彼は王子様だから。どんなに強い意思を持っていても、ドルミーレが国の敵となってしまったら、最後までは……」
「ああ。彼の気持ちと意思は本物だけれど、それと同じくらい、王子として国を思う気持ちも本物だ。彼女がただの嫌われ者だけだったならまだしも、現状では流石の彼もね」
誤解や差別だけならば、乗り越えればすむこと。
しかし今やドルミーレは国の一部を乗っ取り、そして向かってくる人たちを躊躇いなく返り討ちにしている。
その姿勢は、人々に望まれた悪しき魔女を体現せんとしたものだ。
その状態では、どんなにファウストが彼女を愛していたとしても、味方でい続けることは難しいだろう。
「でも、私たちはずっとドルミーレの友達でい続けてあげられる。だって、私たちにはそれだけだから。だから、これは私たちにしかできないことなんだよ。ずっとずっと一緒にいた、親友の私たちにしか」
「ドルミーレのことを本当に想っているのなら、どんなに嫌われて罵られようとも、側にい続ける、か。それが、彼女の唯一の友である、私たちのやるべきことであり、できること」
イヴニングはホーリーの手を握り返しながら、噛み締めるように呟いた。
ちっぽけな自分たちでは、ドルミーレを守ることも救うこともできないかもしれない。
それでも、寄り添い続けることはできる。そしてそれは、当の本人に拒まれたとしても、意志さえあればできることだ。
すぐに殻に閉じこもり、自ら孤独をまとってしまうドルミーレ。
そんな彼女の心に触れ、温もりを与えられる可能性があるのは、ホーリーとイヴニングしかいない。
だとすれば、掛け替えない友人の心を癒すためなら、自分たちが傷付くことなんて厭わない。
そもそも、原因の一端を担ってしまっているのだから。
「そうだね、ホーリー。君の言う通りだ。このままなんて、絶対に認められない。また彼女を一人にして、世界の全てから攻撃されるなんて、そんなこと見過ごせない。私たちにできることを、しよう」
そう顔を上げたイヴニングに、ホーリーは微笑んだ。
その笑顔に当てられて、イヴニングもまた口元を緩める。
二人はそっと静かに、久しぶりに笑顔を向け合った。
「ただ、一応聞いておくけれど。私たちがしようとしていることはこの国に、延いては世界に対する敵対行為だ。君は、世界の敵になる覚悟はできてるかい?」
「できてる!って言いたいところだけど、正直そういう難しいことは私にはよくわかんない。でもね、ドルミーレの味方になる覚悟なら、ずっと昔からできてるよ」
「ホーリーらしい答えだよ」
ふわっと笑って答えるホーリーに、イヴニングは眉を寄せた。
しかしすぐに、「私もだよ」と苦笑する。
「行こう。ドルミーレのところに」
ただ、愛する友を想う。
二人は声を揃えて決意を口にした。
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