16 拒絶の声

「………………」


 投げ掛けられた問いに対し、私は言葉を発することができなかった。

 大人たちが私に注ぐ視線は、ホーリーたちのような子供へ向けるものとは違い、濃い不信を孕んでいたから。

 大勢の人間に囲まれて、疑心を向けられた状態で、一体なんて答えるべきなのか。その判断が私にはつかなくて。


「お前が色々とやったんだろう? そうなんだろう?」


 言葉に迷う私に、また声が飛んでくる。

 人間が神秘の力を使うという事実が信じがたいものであっても、実際それを目にした人たちがいて、不自然な現象は実際に起こった。

 その現実が、人々の中でとんどんと私に結びついていく。


「そ、そう。私には、不思議な力が……」


 隠し立てしても仕方がないと、私はゆっくりとそれを肯定した。

 力を持っていることそのものは決して悪いことではないはず。

 私がその存在を主張することでそれを受け入れてもらえれば、私は自らの失態を挽回する機会を得られるかもしれない。


 そう思って、勇気を出して言葉にした。

 けれど、大人たちの反応は私の予想に反して芳しくなかった。

 皆一様に恐怖に近い引きつった顔を浮かべ、僅かに後退り身を固める。


「この子が、神秘を……じゃあ、さっきまでの不自然なことは、全部この子が……」

「で、でも、人間は神秘を持たない種族だ。やっぱり嘘なんじゃ……?」

「いや、この子は確かに不思議な力を使っていた。この子自身が認めるなら、尚更間違いない!」

「じゃあこの子は何なんだ。人間は神秘を持たない。それなのに神秘を持つこの子は……」


 ザワザワ、ザワザワと。囁き合いは更に勢いを増して、雰囲気はどんどん重くなっていく。

 さっきまではまだ、見知らぬ者への不信感だったけれど、今は不気味なものに対する恐怖になっている。

 もはや嫌悪に近い視線がいくつも、私を舐め回すように向けられる。


「きっと、人間じゃないんだ」


 誰かが唐突に声を上げた。


「人間のふりをして、怪しい神秘を使う。人間じゃない、化け物かもしれない」

「そうだとしたら、今の火事も、この状況も、全部この子のせい!? 怪しい神秘の力で、この町に災いを起こしたんじゃ……!」

「あり得るぞ。我々ではわからない、何か妙なことをしたに違いない! 悪魔のような子供だ!」


 誰か一人が口火を切った途端、大人たちは次々と非難の声を上げ始めた。

 予想外の反応に、私は反論の言葉を口にすることができなかった。

 確かに事態を悪化させてしまったのは私の責任だから、それを責められても仕方がないとは思っていた。

 けれど、力を持っていることそのものを疎まれ、それそのものが罪であるかのように言われるなんて。


「悪魔……悪魔の子供め! 町を、私たちの家をめちゃくちゃにしたのはお前だな……!」


 不安から恐怖へ、そして怒りへ。

 町の人たちの感情はゴロゴロと移り変わり、罵声が飛び交った。

 憤怒に満ちた顔がいくつも私を取り囲み、覆い被さるように詰め寄ってくる。


「ちょ、ちょっと待ってよ! アイリスは悪魔なんかじゃない。何にも悪くなんてないんだから! アイリスは、この町を守ろうと頑張ってくれたんだよ!」

「これのどこが守れているっていうんだ! そう見せかけて、この町を壊したんだ!」


 ホーリーが堪らず声を上げるも、大人の怒声がそれをひっくり返す。

 その叫び声にホーリーは縮み上がり、けれど懸命に私を守ろうと抱きついてきた。


「みんな、落ち着いてよ。確かにアイリスは神秘の力を持っているけれど、悪いことになんて使わない。この子は、わたしたちの友達なんだ!」

「イヴニング、お前まで何を言っているんだ。こんなまともではない子供が人間であるはずないじゃないか。さては、お前たちはこの悪魔に誑かされているな!?」


 イヴニングの反論も、やはり大人たちには伝わらない。

 彼女たちが声を上げても、それは子供の虚言だと、取り留めのない言葉だと聞く耳をもたれない。

 普段毅然としているイヴニングも、感情的な大人たちにそれ以上強く出れずにいた。


「はじめの火事も、きっとこの悪魔の仕業に違いない。子供たちを誑かし、町を壊し、俺たちに災いをもたらそうとしているんだ! 恐ろしい悪魔め……!」

「わ、私は…………」


 どうして。どうして、どうして……?

 恐怖と疑問が頭の中で飛び回って萎縮してしまう。

 私を悪しきものだと決めつけた大人たちに、どうやったらわかってもらえるのか、それがわからない。


 確かに私は失敗してしまった。でも、私はこの町を守ろうとしたのに。

 友であるホーリーとイヴニングのために、同じ人間のヒトたちのために。

 それなのに、どうして今私はこんなにも拒絶されているの?


 私はこの人たちと同じ人間で、だからこそ私も手を取り合おうと思った。

 私が持つこの力で、誰かの助けになればと思った。

 至らなかったけれどそれでも、精一杯頑張ったのに。


 なのにどうして、みんな私に怒っているの?

 雨で火を消したのも、建物に潰されそうな人を助けたのも、私なのに。

 どうして……どうして?


「私はただ、力になりたくて……」

「嘘を言うな! 家を返せ!」


 何とか言葉を絞り出した時、群集の中からこちらに石が投げ込まれた。

 それは明らかに私目掛けて投げられて、けれど私には二人が覆い被さるように抱きついている。

 だからそれは当然、私ではなくホーリーの頬にぶつかった。


「いたっ!」

「────────!」


 ホーリーが悲鳴を上げた瞬間、頭が真っ白になった。

 心に黒い感情がぐるぐると渦巻いて、どんどん重くなっていく。

 この感情は一体何なんだろう。恐怖か、怒りか、悲しみか、憎しみか。

 今の気持ちを示す言葉がわからない。しかしそれでもその感情が私を瞬時に埋め尽くした。


 そして、無意識に力が体から吹き出した。

 それは衝撃波となって周囲に圧力を飛ばし、ぐるりと取り囲んでいる大人たちを跳ね除けた。

 人々は大きくのけ反って後退り、そしてどよめいた。


「や、やっぱり変な力を使ったぞ! ソイツは悪魔に違いない!」

「違う、違うんだ。アイリスは悪魔なんかじゃ────」


 私を庇うように一歩前に出たイヴニングの言葉を、もはや誰も聞いてはいなかった。

 身をもって味わった不可思議な力の存在に、大人たちは私への嫌悪を確定的にした。

 もう誰も、私の潔白を信じる人なんていない。


 何でだろう。どうしてだろう。

 力を持っているというだけで、どうして悪者になるんだろう。

 私が町を燃やしたわけじゃない。二人を誑かしてもいない。町の破損が広がったのは、人を守ろうとしたからだ。

 失敗もしたけれど、私は悪いことはしていないのに。


 力を持っている。みんなと違う。ただけそれだけで。

 それだけなのにどうして、何もかも私が悪いことにされるんだろう。


「アイリス、大丈夫だよ。わたしたちがちゃんと守るから」


 頬に赤い傷を作りながら、ホーリーは私を励ますように笑顔を作った。

 けれど私の心に渦巻いた黒い感情はどんどん膨らんで、それが全身を支配していく。

 ホーリーのこともイヴニングのこともよくわからなくなってきて、向けられる敵意の視線と言葉だけが私の感覚を満たす。


「あ、あぁ…………」


 どうして、どうして、どうして、どうして。

 疑問だけが頭の中で乱立し、その数だけ負の感情が膨らんでいく。

 私はただ他の人たちと同じように、手を取り合おうと思っただけ。

 友を、人々を助けたいと思っただけなのに。


 私はただ、他の人間と同じようにしようと思っただけなのに。


「その悪魔を捕まえろ! 野放しにしたら、また何が起きるかわからないぞ!」


 誰かが声を上げ、賛同の声が乱立する。

 その場にいる全ての人が、私に恐怖と怒りの視線を向けていた。

 決して、私を同種の仲間とは見ていない。敵意の眼差しだ。


「ダメだよ! ちがうの、やめて!」


 ホーリーの声は大人たちの怒声に掻き消される。

 そしてすぐに大勢の大人たちが飛びかかってきて、立ち塞がる二人を引き剥がした。

 多くの目が、多くの手が、私をくびり殺す勢いで迫った。


「…………!」


 私はもうわけがわからなくて。ただただ、怖くて。

 だからか、その気持ちに呼応するようにまた力が自然と吹き出し、飛びかかってきた大人たち押し除けた。


 それによってできた隙間に、私は無我夢中で駆け込んだ。

 混乱した頭で、恐怖と悲しみに満たされた心で、とにかくこの場から逃げ出したくて。

 私はただただひたすらに、人々を押し除けて駆け出した。


 ホーリーとイヴニングの声が聞こえたような気がしたけれど。

 今の私には、この現実から逃げ出すことしか考えられなかった。

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