8 変化した日常

 それからというもの、ホーリーとイヴニングは幾度となく私の元に訪れた。

 二回目は一週間後。その次は数日後。それが三日置き、二日置きとなって。

 彼女たちと出会ってから一ヶ月が経った頃には、ほぼ毎日二人を迎えるのが私の日常になっていた。


 私は一度たりとも来て頼んだことはないけれど、でも来ないでとも頼まなかった。

 二人は勝手に、自分たちの思うままに毎回私を訪ねてきて。私はそんな彼女たち勢いに流されつつけた。

 それが、私の新しい日々だった。


 ホーリーもイヴニングも、私を訪ねることに何の目的も抱いては来なかった。

 ただ会いにくるだけ。意味も理由もない。けれど、会いにくる。

 ただ三人で話すだけの日もある。森を歩いて回ってみることもある。けれどそれのどれにも意味はなくて。

 強いていうのならば、きっと彼女たちはその時間に意味を見出しているんだと思う。

 それは、私にはない考え方だった。


 そんな彼女たちの相手を毎回している私。自分の行動が、とても不思議だった。

 私という人間の生存に、彼女たちは何の利益ももたらさない。

 今まで一人で生きてこられた私に、他人の存在は必要不可欠ではない。

 むしろ彼女たちと関わる時間が生まれたことで、私は時間の使い方を変えざるを得なくなった。

 それなのにどうして、私は彼女たちを拒まないのか。それがとても不思議だった。


 最初に出会った時は、驚きと戸惑いと、そして興味があった。

 生まれて初めての他人との邂逅は、私にとってとても新鮮なものだったから。

 けれどそれを繰り返している今の私には、彼女たちと関わりそのものにはもう新鮮味を覚えない。

 だというのに。私は毎日昼過ぎになると、二人の少女の来訪を気にするようになっていた。


 これは一体、どういう感情なんだろう。


「あなた、最近ご機嫌よね」


 とある日のこと。

 今日はたまにある、二人が来ない日だった。

 ホーリーとイヴニング。彼女たちが来るのが日常になってから、私は一人の日の時間を持て余すようになっていた。

 今までずっと一人だった私にとって、それこそが本来の日常だったはずなのに。


 そんな私が花摘みに訪れた森の中のとある空き地で、ミス・フラワーがそう声をかけてきた。

 昔から一切様相が変わることのない白いユリの花は、花弁の中の瞳を輝かせて私に笑いかけてくる。


「なんだか変わった気がするわ。お友達ができたおかげかしらね」

「……さぁ。別に私は何も変わってはいないと思うけれど」


 常に歌うように陽気な声を上げるミス・フラワーに、私は淡々と返答をする。

 二人と森の散策をする中で、彼女がいるこの辺りにも何度か訪れたことがある。

 その時にこの自我のある花を見た二人は、とても驚いていた。

 確かに、花が自らの意思で動いて話すのは普通ではない。


「絶対変わったわよ。だってあなたは私が話しかけてもいつも素っ気無いのに、あの子たちとはちゃんとお話してるじゃない」

「………………」


 特に態度を変えているつもりはないけれど、ミス・フラワーがそう言うのならそうかもしれない。

 でもそれはきっと私自身の意識の問題ではなく、彼女たちがそうさせているからだと思う。

 年頃の少女は口を閉じているという概念がないかと思うほど、常にお喋りを仕掛けてくるから。


 そういう意味ではこのユリの花も、騒がしいほどにお喋りだとは思う。

 けれど彼女たちといる時と異なる気分になってるのは確か。

 それはミス・フラワーが人間じゃないから? いやそもそも、この花は何なのか。


 明らかに人間ではなく、それに他国の住人というわけでもない。

 私は今まで何の疑問も抱かず、こういうものだと思ってこの花と接してきたけれど。

 二人とこの花への私の対応が異なる理由は、ミス・フラワーという謎の存在への無意識な不信感だったのかもしれない。


 そんなこと、今まで考えてもみなかった。

 これも、彼女たちと関わるようになったからかもしれない。


「ミス・フラワー。あなたは一体、何なの?」

「あら、アイリスが私に興味を持ってくれるの? 嬉しいわね」


 浮かんだ疑問をそのまま口にすると、ミス・フラワーは楽しそうに体をくねらせた。

 そしてその瞳を私にそっと向け、緩やかに微笑む。


「私はね、アイリス。あなたのお目付役なのよ。こう見えてもね」

「お目付役……?」


 その言葉の意味することが理解できず、私は眉を寄せた。

 この花に見守られる必要が何故あるのか。そもそも見守られてなどいたのか。

 そしてそれがどうしてこの花なのか。全く意味がわからない。


「あなたはとても特別な子。その行く末を見守るのが私なの」

「言っている意味が、全くわからない」

「私はあなたの保護者ガーディアン。実は、あなたの為にここにいるのよ」


 そう笑うミス・フラワーの言葉は、やっぱり理解できなかった。

 けれど少しわかったのは、彼女はきっと私の力に何か関係しているのではないかということ。

 私の持つ神秘の力が、彼女という存在に何か紐付いているのかもしれない。


「詳しいことはまたいつか。あなたがもっと成長してからにしましょう。あなた自身が自分の存在を理解できた時ならば、私のことも理解できるでしょうから」

「………………そう」


 引っかかりはあったけれど、それ以上追求する気も起きなかった。

 だから私はミス・フラワーの言葉に素直に頷いて、その話題をそこで終わらせた。


 ミス・フラワーという不思議な存在への疑問は未だ残っているけれど。

 でも疑問は疑問というだけで、特別な興味というわけでもなかったから。

 私は飽くまで、毎日がつつがなく過ごせればそれ以上に欲するものはない。

 だから、私にあるこの力がどういったものなのかということも、現状興味はなかった。


 でもミス・フラワーの口振りは、いつかは気にしなければいけないということなのかもしれない。

 けれどそれは、まだ今ではない。

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