124 私は生かされた

 残ったのは静寂だけ。

 世界を焼き尽くすほどの光が炸裂した後には、何も残らなかった。


「うそだ、そんなの……」


 フラついていた足から力が完全に抜けて、その場に思わずへたり込む。

 そのままくず折れそうになるのだけを必死で堪え、私は虚空に目を向けた。


 その輝きの中心にいた人は、もうそこにはいない。

 彼女が抱いていた親友もまた、その姿を消していた。


 出来事はあっという間で、理解が追いつかない。頭が受け入れない。

 けれど私の目に焼き付く光景が、肌に突き刺さる感覚が、私に絶望を叩きつけた。

 そこに、誰もいないという現実を、叩きつけた。


「善子さん……善子さん、そんな……」


 善子さんは、全てを抱えていってしまった。

 最後の最後まで私を守り、そして親友を想いながら。


 自分の身を呈してでも、私を守り、真奈実さんを守ってくれた。

 本当にそれしか手段がなかったのか。他にやりようはあったんじゃないか。

 その答えを私に出すことはできないけれど。

 でも言えることがあるとすれば、何よりも大切な人を守ろうとした善子さんだからこその選択だったんだといこうとだ。


 自分だけが生き延びようと思えば、いくらでも方法はあったはず。

 けれどそれよりも、私を守り、そして苦しむ真奈実さんの心を救うことを大事に思ったからこそ。

 だからこそ、善子さんは…………。


 わかってる。頭ではわかってる。

 善子さんはそういう人で、それが彼女の意思だったってことは。

 それでも、もうあの笑顔を見られないんだと思うと、自分の無力さが憎らしくて堪らなかった。


 私はいつだって守られてばっかりで、誰も守れないじゃないかって。


「ッ────────!」


 そう、自分自身を殴りたいと思った時だった。

 この悲しみとは違う、強烈な感情が心を大きく揺らし、胸を締め付けてきた。

 これは私の感情ではなく、もっと大きな力の塊。ドルミーレだった。


 真奈実さんという器を失い、映し出される先がなくなったことで、その力と意思がこちらに帰ってきたんだ。

 先ほどまでの怒り狂った激情は少しだけ収まっている様だけれど、でもまだ冷めやらぬ感情がどす黒く蠢いている。

 好き勝手されたことがよっぽど気に食わなかったのか、その腹わたが煮えくり返る様な怒りが、グラグラと私の心に押し入ってきた。


「うるさい! あなたは黙ってて!」


 無遠慮な感情の押し付けに、私もまた感情のままに声を上げてしまった。

 そもそも一体誰のせいでこうなってしまったというのか。

 それなのに、自分の気持ちばかり膨れ上がらせて、怒り狂って。

 好き勝手、自分勝手はどっちなんだと。


 自分の肩を抱きながら、心に迫りくる凄まじい圧迫に耐えながら、思わず叫ぶ。

 彼女にとって私なんてあんまりにもちっぽけな存在で、その気になれば簡単に押し潰すことだってできるはず。

 それはわかっていたけれど、言わずにはいられなかった。


 今はドルミーレの怒りなんかよりも、大切な人を失った人の悲しみの方が私には大事だったから。

 私の心が感じるこの気持ちを、誰にも邪魔なんてされたくなかった。

 他でもないドルミーレには、尚更。


『………………』


 私の不躾な叫びに、更に怒りを増すかと思ったけれど。

 意外なことに、ドルミーレは途端に静かになって、スーッとその感情を引かせていった。

 私に言われて観念したわけではないと思うけれど、少なからず私の気持ちを尊重しれくれたのか。

 それとも、真奈実さんが消えたことでそれなりに気が晴れていたのか。


 いずれにしてもドルミーレは、先程までの激昂が嘘の様に、静かに深いところへと沈んでいった。

 私に何か言うわけでもなく、感情を置いていくわけでもなく。

 今までと変わらず、存在感だけを残して静かに眠りに戻っていってしまった。


『始まりの魔女』ドルミーレ。冷酷でおぞましい、残酷な人。

 けれど彼女の力が戻ってきたことで、心に空いた穴が塞がり、どこか満たされた様に思えてしまった自分が悔しかった。

 別に彼女を大切に思っているわけでもないのに、でもそう感じてしまうということは。

 私にとってドルミーレの存在と力は、あって当たり前のものになってしまっているということなんだ。


 悔しい。悔しい。悔しいよ。

 この国の全てを狂わせ、二つの世界に死を撒き散らしたドルミーレ。

『魔女ウィルス』で多くの人を苦しめている彼女を、私は倒したいと思っているのに。

 結局私は、彼女の存在に左右されて、その力がなければ何もできない。


 でも、そんなことでへこたれている場合じゃない。

 私にはもう、立ち止まっている暇なんてないんだ。

 だって私は、守られて、今ここで生きているんだから。


 善子さんが、私を守ってくれた。

 次に繋げろと、先に進めと、私を信じて未来を残してくれた。

 なら、残された私がすることは、自分の非力を嘆くことじゃない。


 彼女の死を悲しく思うからこそ、その想いを胸に抱いていかないといけないんだ。

 善子さんは、私がうじうじ泣くことなんて望んでいない。

 もしこの場にいたのなら、大丈夫だと優しく笑いながら、先に進もうと力強く背中を押してくれるはずだから。


 それに私は、真奈実さんの正義を踏み倒して今ここにいるんだ。

 誰よりも正しく、誰よりも正義を重んじる彼女が立てた道筋を、私は踏みにじってここにいる。

 ならば私は少なくとも、彼女が救いたかったものを救うために全力を尽くさなきゃいけい。

 だって、そこに於いて私たちは、同じ想いを持っていたはずだから。


 私は残った。守られて、生かされた。

 なら、私がすべきことは、託された想いを先へ繋げていくことだ。

 立ち止まってなんていられない。


 善子さんはもういない。

 彼女はその真っ直ぐな心が命じるまま、守りたいものを守り切って、いってしまった。

 掛け替えのない親友と共に、最後まで交わらぬ正義を戦わせながら、同じ光の先へ。


 最後まで諦めることなく、自分の心を信じて突き進んできた二人。

 その背中を見た私は、その姿と対峙した私は、その不屈の心を確かに学んだ。

 だから今は、脇目を振らず前に進もう。

 それが、彼女たちに報いる唯一の手段だ。

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