118 誰かと共に歩む道
光を握り込み、目にも留まらぬ速さで打ち込まれた拳に、ホワイトの巨体がグラリと揺らいだ。
しなやかな白い体を勢いのままに仰け反らせ、体勢が傾く。
「的が大きいから殴り甲斐があるね!」
善子さんは挑発するようにニィッと笑った。
そんな彼女に、体を逸らせたホワイトとが恨みがましい視線を向ける。
『この身は始祖様へ捧げるもの。その頰を打つなど、無礼千万……!』
「知ったこっちゃないね! 私はただ、馬鹿な親友をぶん殴っただけだからさ!」
『いつまでも、そのようなことを!!!』
怒りに震えるホワイトは、そう吠えると髪の蛇を善子さんへと差し向けた。
それを受けて善子さんは慌ててその場を離脱し、私と合流しながら一緒に蛇を掻い潜った。
「何だか知らないけどさ! その姿は、私はどうかと思うけどね! それで正義を語られても笑っちゃうよ。そんな化け物みたいた姿、どっからどう見たって悪者の方だ!」
次々と飛びかかってくる蛇の猛攻をかわしながら、善子さん笑い飛ばすように言った。
そのあからさまな挑発に、ホワイトは素直に声を荒げる。
『この姿の崇高さを、貴女に理解できるとは思いません! そもそも、本質は姿形ではなくこの在り方。人智を超越した全ての原初たる、ドルミーレ様に近付くことこそが何よりも意味を持つのです!』
叫びと共に、ホワイトからカマイタチのような光の刃が無数に放たれた。
薄く研ぎ澄まされた刃は、彼女自身が伸ばしている髪の蛇たちを切断しながら無差別的に周囲に撒き散らされる。
私はそれを『真理の
「ドルミーレ……『始まりの魔女』。どうしてアンタが、そんなものに固執するのさ!」
光の刃の猛攻を凌いでから、善子さんは怯まず声を上げた。
「手段は乱暴だけど、魔女を守りたいって言っているアンタの気持ちはわかる。けど、どうしてそんなもに身を捧げてまで!」
『これが、魔女にとっての最善、つまり正しきことだからです。我々魔女が安寧を得るためには、全ての始まりたる始祖様の存在が必要不可欠! わたくしはそれを知った。知ってしまった。ならば、目を背けることがどうしてできましょうか!』
ホワイト自身によって切り刻まれた髪は一瞬で再生し、再び無数の蛇の形にまとまる。
それらがその鋭い
私たちに覆いかぶさるように広がった髪の蛇が四方八方から放つ弾丸は、星の大海に投げ込まれたかのようだった。
私と善子さんは急いで身を寄せ合って、互いの魔力を合わせて身を囲い込む球体の障壁を張った。
周囲を全方位から絶え間なく放たれる攻撃には、『真理の
『わたくしは世界が誤りに満ちていることを知ってしまった。そしてそれを正す力があるのは、全ての始まりであるドルミーレ様を置いて他にないということを知ってしまった。他に選択肢などなかったのです。同胞たる魔女を救い、世界を正す為には、こうするしかないのです!』
ホワイトの叫びに呼応するように、光の弾丸が激しさを増していく。
二人で背中を合わせながら障壁を張っている私たちは、持ち堪えるのに精一杯で反撃をする暇もなかった。
けれどそれでも、善子さんからは微塵の諦めも感じられなかった。
この背中に感じられる彼女の息遣いには、強い熱が込められている。
「本当に、それしかなかったわけ!? 人間辞めて、めちゃくちゃな力を振り回して、守るはずのものの犠牲を強いて。それが本当に最善なの!?」
『わたくしが立ち上がらなければ、もっと多くの犠牲が出ていたのです。そしてこれは、わたくしにしか
「なんだよ、それ!」
善子さんの魔力が急激に膨れ上がり、それに合わせて障壁は膨張し、そして強い光の衝撃波と共に破裂した。
それを持って迫りくる光の弾丸を全て吹き飛ばし、善子さんはホワイトを強く睨みつけた。
「そんなのが正義なもんか! 業を背負って成すものなんて正義でもなんでもない! それはただの自己満足、傲慢だ!」
『なんですって────!?』
「真奈実、アンタの思想は正義のものかもしれないけれど、アンタは実行の仕方を間違えた。何かを犠牲にして成り立つ正義なんて存在しないんだよ!」
善子さんは怒りのままに叫ぶと、ホワイトに向かって飛び込んだ。私もその後に続く。
ホワイトはすぐに迎撃として髪の蛇を差し向けてきたけれど、善子さんは構うことなくただ一直線に突き進んだ。
私がすぐ後ろから斬撃を飛ばして蛇を切り払ったけれど、それも全部とはいかなくて。
しかし残った蛇の牙がその身を掠めるのも厭わず、善子さんはがむしゃらに突き進んだ。
「歯ぁ、食いしばれ!!!」
再び、善子さんが拳を強く握り込む。
その右手は光で満ちて、まとった輝きが拳を何倍も大きく見せる。
猛烈な突進と共に閃光の如く振り抜かれたそれは、一直線にホワイトの顔目掛けて放たれた。
しかしそれはホワイトの拳によって阻まれた。
光り輝く拳と白い鱗の拳が正面から衝突し、衝撃と光が撒き散らされる。
それはほぼ互角の力でぶつかり合い、反動で善子さんの体が押し戻された。
「善子さん!」
その体を、後から続いた私が受け止める。
その隙にホワイトは拳を開き、その大きな掌に光の魔力を収束させ、一息に撃ち放ってきた。
私は善子さんの体を支えながら片手で『真理の
そしてすぐさま体勢を立て直した善子さんが、ホワイトに向けて光で作った槍を投擲した。
ホワイトは私に魔法を打ち消されたばかりで次に転じることができなかったのか、防御を張ることもなくその掌を槍によって貫かれた。
『ッ────────!!!』
獣のような悲鳴を上げて、ホワイトが怯んだ。
それを見とめた善子さんが、素早く私の手を握る。
「力、貸してねアリスちゃん!」
手を取り合ったことで繋がりが強まり、お互いの魔力が巡り合う。
繋がりによって増幅した魔力を使って、善子さんは光の鎖をいくつも創り出し、ホワイトの巨体目掛けて放った。
それは長い蛇の胴体から全身に巻きつき、強く食い込んで彼女の動きを封じ込んだ。
『こ、れは────どうして、善子さんにここまでの力が…………!』
「私だけの力じゃない。アリスちゃんと一緒にいるから出せる力だ! 自分しか信じないアンタには、わからないかもしれないけどさ!」
光り輝く鎖による拘束は、魔物を封じ込む聖なる力の様だった。
雁字搦めにされたホワイトは歯軋りをしながらギリギリともがくけれど、渾身の力を込められた鎖はそう簡単には解けない。
「私一人じゃアンタには敵わない。でも、友達と一緒ならやりようがある。正義だって同じなんだよ。一人だったら選択肢が少なくても、誰かとなら違う切り口が見出せるかもしれない。アンタは、自分が正しいと信じるあまり、誰かと共に歩む道を選ばなかった。だから、そんなやり方しかできないんだ!」
『誰かと……? そんなこと……そんなこと────!!!』
私の手を強く握る善子さんの手は、力強くも震えていた。
それは彼女の心の強さでもあり、同時に心細さだ。
心は強く芯が通っていても、一人では立ち向む勇気が持てない時はある。
それを、こうして手をとって友達に頼ることで奮い立たせているんだ。
そんな善子さんに、ホワイトは歯を食いしばった。
『わたくしに、そんな選択肢など最初から存在しなかった! だって、わたくしは────!』
その叫びは悲鳴の様。けれど強い覚悟からくる、不動の絶叫でもあった。
『わたくしは絶対にして唯一の正義! 並び立つものなどないのですから! わたくしの周りにあるものは、守るべき弱いものだけ! だからわたくしは、より大きなものを求めた! 至高のお方、ドルミーレ様を! 全ての魔女の母たる始祖様ならば、我らを救ってくださる。わたくしの魔女のための正義をご理解くださる! これが唯一の道なのです!!!』
「なに…………!?」
叫びと共にホワイトの魔力が急激に膨れ上がり、彼女を拘束していた光の鎖が引きちぎられた。
ドルミーレの力をその身に投影させている彼女の、底知れぬ力がぐんぐんと増し、
自由を取り戻したホワイトは、身体中からドルミーレの黒い力を漲らせ、私たちに覆いかぶさった。
その押し潰さんばかりの存在感に、私たちは思わず身を硬くしてしまった。
『理解できぬ者に、これ以上語る言葉はありません! 誤りを正し、弱き者を救うわたくしの正義。そして至高の存在たるドルミーレ様の価値を理解できない貴女たちは、この力を持って下して差し上げましょう!!!』
蛇の体が大きく伸び上がり、私たちを頭から飲み込まんばかりに見下ろしてくる。
その瞳は完全に排除するべき敵に対する者で、一切の情の色はなかった。
善子さんの言葉は全く届かず、その想いも彼女の心には響いていない。
自分の正義を絶対のものと信じて。選んだ道筋が正しいものだと信じて。それ以外に一切目を向けないホワイト。
『始まりの魔女』ドルミーレの力、存在が自分の正義を執行するに最も相応しいと信じて。
ホワイトは、迷うことなく私たちに、善子さんに向けて牙を向いた。
その体から溢れ出す力はあまりにも強大で、濃厚な魔力は喉に詰まりそうだし、突き刺し様な醜悪な気配は身を竦ませた。
手を取り合っても身を寄せ合っても拭い切れない、圧倒的な力のさによる恐怖が駆け巡る。
回避か、防御か。対処をしなければただやれるだけ。そうわかっていても、次元が違う魔力と存在感に身が竦んでうまく動かない。
できるのは、ただ手を強く握り合わせることだけ。
ホワイトはそんな私たちを髪の蛇で取り囲み、自身の両手を向けて、それぞれに高密度の光を充填させた。
世界の全てを輝きで飲み込まんばかりの、眩すぎる光が私たちを取り囲む。
その輝きに照らされているだけで存在が消し飛んでしましそうな、凄まじい圧。
それが、一斉に私たち目掛けて放たれようとしたその時────────
『…………っぅ、いぃぃぁぁぁああぁあぁああああああああああああああ!!!!!!!!!』
唐突に、ホワイトがけたたましい悲鳴を上げた。
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