92 好き勝手
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「やぁ、こんな時にどこにお出掛けだい?」
ロード・ホーリーが『ハートの館』を出立しようと玄関口の門を開くと、そこには砕けた笑みを浮かべたロード・ケインが立っていた。
白いローブを崩してまとい、長めの癖毛を悪戯っぽく踊らせている彼は、普段通りの気の抜けた出で立ち。
そんなケインの食えない出迎えに、ホーリーは思わず舌打ちをしそうになった。
「あなたこそ私に何か用?」
「うーんまぁ何というか、君がどうしているのか気になってね」
敢えて不機嫌を全面に押し出して尋ねても、ケインはニコニコ人の良さそうな笑みを絶やさない。
まるで気のある女性を訪ねに来たような、そんな気軽さでホーリーを眺める。
「生憎あなたの相手をしている暇はないのよ。もう一度聞くけれど、あなたこそこんな時に何をしているの?」
「ちゃんとやるべきことはやっているよ、僕はね。こちらの世界に戻って来たという姫君に迎えを出した。まぁ、こっぴどくやられたみたいだけど。君の部下に」
「…………」
アハハと笑いながらそう言うケインに、ホーリーは眉を寄せた。
彼のその言葉に他意は感じられなかった。本心から妨害を気にしていないように見える。
姫君アリスの確保という本来の目的を阻害されたというのに。
しかし、ケインとはそういう男だ。
彼はこの期に及んでも、いずれにも転べるよう動いている。
アリスに迎えを出したことに関しても、その可否を重視してはいなかった。
そして万が一確保に成功したとしても、その後の処遇はまた成り行きに任せるつもりだったのだろう。
彼の笑みから汲み取れるどうしようもなさに、ホーリーは溜息をついた。
「ワルプルギスの魔女の同時多発的な大暴動。そして姫君自身の帰還。これは緊急事態と言ってもいい。それに際してデュークスのやつは、『ジャバウォック計画』を押し進める準備をしてるぜ」
「えぇ。先日の決議なんて、やっぱり意味はなかったわね。まったく、勝手にも程があるわ」
「勝手云々はもう誰にも言えないと思うけどねぇ。なんだかんだ、みんな好き勝手だ────それで、止めにいくのかい?」
ケインはヘラヘラと笑み浮かべながら、しかし鋭い視線をホーリーに突き刺した。
しかしホーリーはそれにまったく動じることなく首を横に振った。
「そうしたいのは山々だけれど、今はちょっと後回し。それに、急ぎ押し進めているとはいえ、まだ計画を発動することはできないでしょうし」
「というと?」
「彼がジャバウォックを万全な状態で顕現させようとするのならば、姫君が縦横無尽に国を飛び回っている今はその時じゃないからよ。今顕現させても、妨害を許す可能性があるもの」
「なるほどねぇ。確かにアイツはそんなこと言ってたなぁ」
ケインは以前を聞かされた話を反芻し、呑気に頷いた。
ジャバウォックを持って姫君を打ち破ると言っていたデュークスだが、しかし不確定要素が多い状況でジャバウォックを顕現させることはできないだろう。
より安全に、より確実に計画を成功させる為には、最低限姫君の動向が確認できている状況でなければならない。
さもなくば、予期せぬ妨害を受け計画そのものが瓦解する危険性があるからだ。
そこまでを見通したホーリーは、デュークスの独断にまだ焦りを抱いていなかった。
それよりも今は、ワルプルギスの動向の方が問題だったからだ。
「今はそれ以前の事態。あなたが彼女の邪魔をしたから、状況は拗れたのよ」
「ん? なんのことかな?」
「姫君が王都の戦いを止めようと呼びかけた時、横槍が入ったのはあなたの指示でしょう。バレてないとでも思った?」
「さぁ、なんのことだろうねぇ」
突き刺すような視線を返したホーリーに、ケインはあからさまに視線を逸らした。
害のなさそうな笑みはそのまま、聞こえなかったフリでもするように遠くへと顔を向ける。
しかしそれはほぼ肯定と同義だった。
「あなたのことだから、デュークスくんが『ジャバウォック計画』を進められる切り口を残す為だったんでしょう。本当にあなたは、何がしたいんだか。あなたが余計なことをしなければ姫君はもう少し余裕を持ってワルプルギスに挑めたというのに……」
相変わらず聞こえないフリをするケインに向かって、ホーリーは大きな溜息を聞かせた。
戦いが停止ないし収束を見せれば、姫君に連なる戦力を共に動かすことができた。
そうすれば、現状のような単身の突撃をする必要はなかったのだ。
今のままでは、ワルプルギスの思惑通りに事が進む可能性が高い。
『始まりの魔女』が目覚めうる現状で、ホーリーにじっとしていることなどできなかった。
本人が同意の元に目を覚ますのならばそれそのものは構わないが、その力が魔法使いと魔女の戦いに利用されることは避けなければならないからだ。
ドルミーレとアリスの関係、そしてその力の行末は当人たちだけが決めるべきもの。
ワルプルギスが歪んだ思想で好き勝手に扱っていいものではない。
それはアリスの母親として、ドルミーレの友として許せることではなかった。
「場合によってはジャバウォックがどうのと言ってられなくなる。私はその対処に向かうのよ。私の出る幕がなければそれに越したことはないけれど、全くないというわけにはいかないでしょうし」
「ふーん、そうか。じゃあ僕は僕で、自分にできることをしておくしかないかー」
視線をホーリーへと戻したケインは、変わらぬ呑気な笑みを浮かべながら、しかし探るような目を隠しもしなかった。
そんな不躾な視線をかわし、ホーリーは目の前の男を押し除けて館の外に繰り出した。
ケインはされるがままに後退りながら、ホーリーから視線を外さない。
ふんわりと下された茶髪に隠れた横顔を、執拗に眺める。
「君のその行いが、この国の安寧に繋がると信じているよ。ホーリー・ライト・フラワーガーデン」
見透かしているのか、はたまたただのハッタリか。
笑みを落ち着け、静かな表情で女の背中に言葉を投げるケイン。
ホーリーはそんな彼に小さく鼻を鳴らし、足早にその場を立ち去った。
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