54 真宵田 夜子とは
今目の前にいる夜子さんからは、紛れもなく魔女の気配を感じる。
けれど私が『まほうつかいの国』にいた当時は、確かに魔法使いだった。
呆然とする私を可笑しそうに眺める夜子さんは、広げた腕を引っ込めると緩やかに目を細めた。
「確かに魔女と魔法使いの魔力の気配は異なる。それを感知できる者にとっては、その違いは明らかだ。けれど、その二つの根本の在り方を理解していれば、その気配の色を変えるのはそう難しくはないのさ」
「じゃあ夜子さんは『まほうつかいの国』にいる時、ずっと魔法使いのフリをしていたってことですか? 気配を、偽装して……」
「まぁ端的にいうとそうだね」
まるで些事であるかのように、夜子さんは気軽に頷いた。
その逆の可能性もあるかとは思ったけど、転臨をしているのだからやっぱり魔女が本当なんだ。
それを思えば、昔夜子さんが魔法使いと名乗りながらも『魔女の森』に入れたのも納得ができる。
「ただ私の場合は魔法使いの流儀も心得ているから、本当の意味でどっちでもあると言える。けれどそうでなくとも、気配の色を変えることはできるってわけさ」
「どっちでもあるって、そんなめちゃくちゃな……」
それで『まほうつかいの国』最強の魔法使いなんて言われて一目置かれていたんだから、本当にこの人は規格外だ。
しかも王族特務という国の中枢にいて、
夜子さんのことがわかったようで、わからないことが増えたような気もする。
「まぁとにかくそういうわけだ。魔法使いと魔女の違いなんて、本来差したるものじゃない。けれど、今それを唱えたところで何か変わるものでもないのさ」
「でも私はそれを知って尚更、魔法使いと魔女の争いをやめさせたいって思いました。今の関係性では仕方ないにしても、それでも、本来対立し合う存在じゃないんだから」
「うん、君らしい感じ方だ。私もそれを否定はしないよ」
淡白に頷いてから、夜子さんは少し寂しそうに目を伏せた。
その意味は計り知れなくて、また追求することも憚られた。
その憂いは、きっと私に及びもつかないことだと思ったから。
私は私で、どうしても魔法使いの気持ちを考えてしまった。
夜子さんはこともなげに言うけれど、魔法使いがその事実を知れば、その衝撃は決して軽くはないだろうから。
レオやアリアがそれを知った時のことを思うと、どうしようもなく胸が痛む。
けれど、『魔女ウィルス』に向き合う以上避けられぬ事実でもある。
その折り合いをつけるためにも、私はやっぱりキチンと国に帰って魔法使いと向き合わないといけない。
もう五年も空けているけれど、私は『まほうつかいの国』のお姫様なんだから。
向こうの世界に住う親友と、沢山の友達に思いを馳せる。
そうすれば自然と思い出の中に、目の前に鎮座する女性が浮かんでくる。
今まさに話題に上がった、魔法使いとしての夜子さんだ。
「……今夜子さんは、魔法使いのフリをして王族特務にいたって言ってましたけど。結局夜子さんは、何者なんですか? こういう聞き方、失礼かもしれないですけど……」
「何者とは困った質問をしてくるねぇ。私は私、アリスちゃんが大好きな夜子さんだよ?」
私の無遠慮な質問に、夜子さんは普段通りのニヤニヤ顔を浮かべた。
夜子さんのことは信頼できる人だと思うし、何かを疑うつもりもないけれど。
でも、あまりにもめちゃくちゃで謎が多すぎて、どうにもこうにも気になって仕方ないんだ。
記憶を取り戻して、そして最近の彼女のことと照らし合わせてみても。
それでも夜子さんが一体何者で、何を考えているのかはさっぱり見えてこない。
「今も昔も、確かに夜子さんは夜子さんでした。でも、引っかかることがあまりにも多くて。魔女の身でありながら『まほうつかいの国』最強の魔法使いと言われるほどの実力を持っていたり、ドルミーレや『魔女ウィルス』のことに詳しかったり。それに何より……」
「何より、何だい?」
言い淀んだ私に、夜子さんが透かさず突っ込んでくる。
緩んだ笑みの中の瞳が、言えと訴えかけてきていて、私は観念した。
「────どうして、ここまで私の味方をしてくれるのか。昔も、今も」
「ふーむ、なるほど。アリスちゃんは私に興味津々なんだねぇ。嬉しいなぁ」
わざとらしく思えるほどに戯ける夜子さん。
特別ふざけているわけではないんだろうけれど、あまりにも呑気な受け答えは、少し場違い感があった。
ふむふむとニヤニヤする夜子さんは、頭の後ろで手を組むと、だらしなくお尻の位置を下げて姿勢を崩した。
「興味を持ってくれるのは嬉しいけれど、好奇心は猫を殺すとか何とか言うよ? 君に覚悟はあるのかな?」
「あの、えっと……すみません。失礼な質問だったのなら謝ります。答えにくいをことを無理に話せとは……」
「いいや別に謝るようなことじゃない。気になるのは当然だし、その疑問は真っ当だ。ただあまりペラペラ話せることでもないのは確かなんだなこれが」
慌てて謝ると、夜子さんは特に気にしていなさそうに笑った。
けれど話し難いことは確かなようで、軽やかな口調に反して口は重そうだった。
他人のプライベートにズカズカと踏み込むのは無礼千万だとわかってる。
でも、夜子さんが明かしていないその背景には、私が知らなくてはいけない何かがあるような気がしてならない。
それがあるからこそ、夜子さんは私と一緒にいてくれるんじゃないかって。
ただ、今無理に口を割らせるべきかと言えば、そうとは思えない。
夜子さんが話したくないのなら、大人しく引き下がるのが得策かも知れない。
「まぁでも、何にも言わないのも君に対して失礼だね。君はちゃんとここまで成長し、自らの心で運命に立ち向かおうとしているんだから。私もアリスちゃんの友達として、誠意を見せないと」
諦めかけていたところに、夜子さんはサラッとそう言った。
踏ん反り返るようにソファーに座る夜子さんは、そんな姿勢のままニヤッとした瞳を私に向けた。
「今はまだ、私の昔話を聞かせる気分じゃない。それにそれが必要な時でもないしね。でも、これだけは教えてあげよう」
緩やかだけど改まった口調。
真面目な話とは程遠い格好の夜子さんから、私は目を外せなかった。
「私はね、『魔女ウィルス』に初めて感染した人間のうちの一人なのさ」
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