43 世界を正す者
「レイさんの仰ることも……最も。今は一時、御身には目を瞑りましょう。しかし、これだけは譲りかねます。わたくしの、正義の名の下に」
ホワイトが大手を振り上げてそう宣言した時、パンッと一瞬彼女から光が瞬いた。
その閃光に目を眩ませながら、何が起きたのかと辺りを見回すと、下から何かが次々と浮かび上がってくるのが見えた。
それは、人だった。
私よりも年下な子供から、大人まで。全部女の人。
気を失ってだらんと力が抜けている人たちが大勢、地上から浮かび上がってくる。
街の至る所から引き寄せられるように飛んできたその人たちは、ホワイトの背後にどんどんと集結した。
まるで大量の操り人形が吊り下げられているかの状況に、言葉を失う。
力なく、ただされるがままに集結させられた意識のない人々たちを背に、ホワイトは静かな笑みを浮かべた。
「選ばれし同志たち。
「…………!?」
あそこに集められた人々からは、確かに魔女の気配を感じる。
元々魔女だったのか、はたまた今日の活性化によって新たに感染した人か。
いずれにしても、『魔女ウィルス』に一定の適性を持つ人たちだ。
そんな人たちを一様に集め、ホワイトは勝手な言葉を並べた。
この世界の魔女を、連れて行くつもりなんだ。
「そんなこと、許されるわけがない! 魔女だからといって、全員があなたに従うわけではないんですよ!?」
「許されますとも。何度も申し上げておりますが、これは救済なのですから」
あまりにも大胆で自己中心的な集団誘拐。
そんな非人道的なことがあってたまるかと、私は声の限りに叫んだけれど。
堂々とした光をまとうホワイトは、ただ頑なに首を横に振る。
「始祖様が齎した『魔女ウィルス』。それに適合する者は選ばれし者。偽りの世界から脱却し、夢の世界に至る権利を持つ者。全ての魔女を苦痛に満ちた世界から救い出し、安寧へと導くのですから、これもまた正義」
「偽りの世界……!? あなたは一体、何を……!」
ホワイトの言っていることはさっぱりわからなかった。
ワルプルギスが目指しているのは、魔法使いが存在しない魔女の世界の再編だと前に言っていた。
ならば彼女にとっての偽りの世界とは、魔女が虐げられている現状ってこと……?
キョトンとせざるを得ない私に、ホワイトは哀れとでも言うように冷ややかな目を向けてきた。
「貴女様は、本当はご存知のはずです。ドルミーレ様を抱く貴女様ならば。
「私の力が……え……? どういうこと? 一体、何が言いたいの!?」
「その御心に問うてみては如何でしょう。貴女様の知る世界の真贋は如何に、と。そうすれば、現実と夢の境がおわかりになるでしょう。あるべき真実の世界と、儚き偽りの世界の違いが」
その言葉は、まるで私を嘲るようだった。
何も知らない私を責めるような、非難するような。
理解できないことを愚かだと罵るような。
「世界には、あるべき姿がございます。
ホワイトの言葉に、私は完全についていけなくなった。
けれどその語気に、現状への怒りが満ちていることだけはわかる。
どれほどまでに、この世界を覆したいと思っているか。
でも、その言葉が意味するところがわからない。
真贋? 現実と夢?
人の夢によって創り出された世界って……?
わからないけれど、今の彼女のやり方を見過ごすことはできない。
何にも関係ないこの世界の魔女たちを連れ去って、手中に収めようとしているホワイト。
彼女はそれを救いだと言い張るけれど、あの人たちがその後どうされるのかわかったものじゃない。
「わからない……あなたの言うことは全部わからない……! どうしてもっとわかり合おうとしてくれないんですか……!?」
「お言葉を返すようですが、それはこちらの台詞でございます。どうして貴女様は、わたくしの正義をおわかりにならないのですか」
ホワイトは深い溜息をついて吐き捨てるように言いながら、肩を落として広げいてた腕を下ろした。
まるで、話してはもうこれでお終いと言うように。
「まぁ、今は良いでしょう。貴女様を一刻も早くお迎えしたい。その思いに変わりはありませんが、今は致し方ありません。新たに得た同志と共に、今は失礼いたします」
「ま、待って! そんなこと────」
「いいえ、待ちません」
思わず手を伸ばした私の制止を、ホワイトがピシャリと跳ね除けたその時。
青い空から太いスポットライトのような光の柱が差し込んで、その姿を包み込んだ。
燦々と輝く太陽に光にも負けない強い極光の柱。
ホワイトを中心にして広がるそれは、当然のように彼女の背後に侍る女の人たちも眩く照らした。
「それでは姫殿下、ご機嫌よう。貴女様が世界を、そして人々を救いたいとお思いであるのならば。どうぞ、よくお考えになられるがよろしいかと……」
「待って! ホワイト!!!」
人々を引き連れ、冷ややかな瞳で私たちを見下しながら天へと昇っていくホワイト。
あの魔女の人たちを連れて行かれるわけにはいかない。
私は慌てて、弱り切った体に鞭を打ち、全身に魔力を漲らせようとした。
けれど、ドルミーレの力に痛めつけられたせいか、思うように力が巡らない。
むしろ力が抜けていくようで、意識が歪んだ。
よろめく体で必死に空を見上げ、手を伸ばしても、それはただ空を切るだけ。
「レ、レイくん……!」
朦朧としだした意識の中、ホワイトの傍で共に天へと昇っていく黒い姿に声を飛ばす。
レイくんは私の呼びかけに応えて顔を向けると、困ったように眉を寄せた。
「すぐにまた、迎えにくるよ。すぐにね。でも今はこうするしかないんだ。ごめんね、アリスちゃん」
横目でホワイトを窺いながら、レイくんは苦い笑顔を浮かべてそう言った。
今のレイくんの立場では、私に完全に味方をしてホワイトに真正面から反抗することはできないんだ。
現状をなんとか収めるには、こうするしかないのかもしれない。
例えそうだとしても、今この手を放れていってしまうのが、どうしても悲しかった。
「姫様。私もこの場は、失礼致します」
クロアさんはそう言うと、私の横をすり抜けて光の柱の中に飛び込んだ。
けれどその顔は、私と一緒にいたいと言う気持ちを隠しきれていなかった。
そんな泣きそうな表情を向けられたら、引き止めることなんてできない。
彼女もまた、ままならない立場にいるんだ。
「真奈実……! 待ちなさいよ、真奈実!!!」
天高く昇っていくホワイトに、善子さんが叫ぶ。
立っているのもやっとなボロボロの体で、それでも強くその姿を見据えながら。
「真奈実! 私が、絶対にアンタを止めてやる! アンタから教わったこの力と、正義で。必ず!!!」
「善子さん…………」
噛み付くように力強く叫ぶ善子さんに、ホワイトは重い溜息をついた。
そこに含まれていたのは、呆れと嘆き。
「本当に、愚かな人。貴女はどうして、そこまで道を踏み外してしまうのでしょう。もし、これ以上貴女がわたくしを妨げると言うのであれば。再び、わたくしと相見えるというのなら。わたくしは、貴女を────」
あまりにも冷め切った言葉。
それは容赦なく、躊躇うことなく放たれた。
「貴女を、殺してしまわなければなりません」
「ッッッ────────!!!」
その明確な拒絶の言葉に、善子さんの膝がガクッと折れた。
魂が抜けたような顔で見上げるその瞳は、絶望の色を映している。
しかし善子さんのそんな様子を気にするそぶりも見せず、ホワイトはこちらに背を向けた。
もう、かけるべき言葉などないという風に。
そして引き連れた大勢の魔女と共に、天高い光の彼方へと消えていってしまったのだった。
それを見送った瞬間、朦朧としていた私の意識は急激に遠のき出した。
ブラックアウトしそうになる中で、すぐ横でへたり込む善子さんに手を伸ばす。
けれどそれが届く前に、私の意識はプツンと切れてしまった。
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