39 白と黒の力
「残念でございます。始祖様が顕現なされるのではと、思っていたのですが……」
「……すみませんね、私で」
やれやれと溜息をついたホワイトに、私は遠慮なく噛み付いた。
意識も心も、ドルミーレに飲み込まれることなく、今ここに立っているのは確固たる私だ。
それでも半身に満たされた彼女の黒い力のせいで、息が詰まるような苦しさがある。
それでも、今ここでこうして剣を構えているのは、紛れもない私自身だから。
私を彼女から守ってくれた晴香たちの為にも、弱音なんて吐いていられない。
私は左半身の渦巻く黒い力を抑え込みながら、ホワイトを睨んだ。
「ホワイト。あなたが口にする正義を、私は決して認めません。もしあなたが本当に正しかったとしても、それによって傷付く人があまりにも多いから。そんな正しさを、私は……私たちは認めない」
私たちを見下ろすその姿目掛けて剣を向けながら、足元で倒れ臥す善子さんに治癒の魔法を施す。
苦痛に歪んだ表情が和らぎ、掠れた呻き声は穏やかな吐息になった。
まだ体を動かすのは難しそうだけれど、善子さんの様子が落ち着いていく。
「アリスちゃん……」
動かない体で首をもたげ、善子さんは口を開いた。
高くその体を持ち上げるホワイトに一瞬目を向けてから、震える瞳が私に向く。
「あのバカを、止めて……。私もすぐに、戦う、から……」
「はい、何が何でも。彼女を絶対に止めて、善子さんの前に引きずり出します。だから、無理はしないでください」
「ありがとう……アリスちゃんも、ね」
震える腕で体を持ち上げ、善子さんは心配そうな目をこちらに向けてきた。
半身に闇のような力をまとっている私は、端から見たら酷い姿かもしれない。
不安になるのも仕方ないかなと思ったけれど、私の目を見上げてくる善子さんの瞳には信頼が宿っていた。
こんな私でも信じて託してくれている。
なら私は、善子さんが彼女とキチンとぶつかれるよう、それまでにできることをしないと。
「覚悟してください、ホワイト。あなたたちが求めるこの力で、私はあなたを止める。あなたが何と言おうとも、それが私の正しさだから!」
「貴女様が正しさを語りますか。他でもないこのわたくしに。おこがましい。貴女様は、何もご存知ではないというのに」
「確かに私にはまだ、知らないことが沢山あるかもしれない。でもそんな私にだって、わかってることはあります」
全身に魔力を通わす。
それに伴って黒い力もまた循環するけれど、細かいことは気にしていられない。
「友達を大切にしない人に、正義を語る資格なんてないってことです……!」
「………………」
屋上の床を強く蹴って跳び上がる。
それに合わせて魔法で飛翔して、ホワイトの胴体があるとこまで急上昇する。
私を高みから見下ろすその姿に向け、私は一直線に飛び込んだ。
忌々しげにその表情を歪めたホワイトは、私に向けて躊躇いなく光の弾丸を無数に放ってきた。
しかしそれは『真理の
白い一閃で全ての弾丸を掻き消して、私はそのままその懐に飛び込んだ。
しかしホワイトは全く焦りを見せることなく、そうなることが当然であるかのように私を静かに見据えた。
その態度を不思議に思いつつ、私は一気にその距離を詰める。
私の剣がその身まで届かんばかりに接近した時、ホワイトが急激に光り輝いた。
まるで後光が差すように光を抱き、そしてその眩い輝きに衝撃を共って放ってきた。
しかしそれが魔法であるのなら、私に通用なんてしない。
迫る光の衝撃を剣で両断して、怯まずそのまま突き進む。
しかし、その攻撃そのものは無効化できても、とっさに浴びせられた輝きに視界がチカチカと白んだ。
それによって私は突撃の勢いを弱めるしかなくて、その一瞬の隙を突かれた。
「幾ら貴女様といえど、わたくしに牙を立てるなど、早うございます」
目が眩んだほんの隙間に、ホワイトの長い蛇の尾が私に向かって振られた。
大気を強引に押し除ける轟音と共に、人間の何倍もの質量を持った巨体が鞭のようにしなって迫ってくる。
私がそれを正確に認識できた時には、もうその白い尾は私の眼前にあった。
「ッ…………!」
咄嗟にその殴打に向かって剣を振るって対抗する。
けれど質量差によるパワーが全く違って、体への直撃を防げただけ。
激突による衝撃が全身を襲って、私はそのまま横薙ぎに吹き飛ばされた。
しかし、私の体が空中で抵抗なく吹き飛ぼうとした時、左腕が勝手に動いた。
硬い鱗と剣の激突による鈍い衝撃が走る中、左手がその尾を握り掴んだ。
吹き飛ぼうとする体を背中の黒剣からの魔力の噴出で相殺して止め、逆に尾を押し返す。
しかしそのまま弾き返すわけではなく、その軟体にしっかりと指を食い込ませ掴んで放さない。
そして力任せに、まるでそこからホワイトを振り回さんとしてるかのように尾を引っ張り上げた。
「なんと野蛮な……!」
ホワイトは驚愕に声を上げながら、全長十メートルを超える巨体を揺らした。
しかしそのままやられるつもりもないようで、蛇の胴体にびっしりと並べれている白い鱗一つひとつが輝き出した。
そこから発せられるであろう攻撃を察知した私は、それでも放そうとしない左手を強引に引き剥がして、そのまま更に上に飛び上がった。
私がホワイトから離れた瞬間、細かい鱗それぞれから眩い白いレーザーが放たれた。
周囲に無差別的に放たれたその攻撃を、私は飛び回りながらかわす。
いくら私に魔法に対抗する手段があるといっても、あのまましがみついていたら直撃は免れなかった。
私の左側は完全に乗っ取られているわけではないけれど、やっぱり感覚が鈍い。
ドルミーレの意志を含んだ力が巡るこっち側は、少しでも気を削ぐと攻撃的に食らいつくようだ。
完全に彼女に乗っ取られなかっただけマシだけれど、でもやっぱりやりにくい。
滅茶苦茶な力と行動に振り回されないうちに、早く方を付けないと……。
「力をコントロールし切れていない……いえ、始祖様を抑え切れていないご様子。そのまま、あのお方に身を任せてしまってはいかがですか?」
そんな私の様子を見て、ホワイトが微笑みながらそう言った。
蛇になった下半身をうねらせながら、まるで龍のように空を泳いで私の正面まで上がってくる。
私の不安定な様子を嘲笑うように、その声はどこか楽しげだ。
「お断りです。それに彼女はあなたに大層ご立腹みたいですよ? 私が彼女に飲み込まれたら、困るのはあなただと思いますけど」
「さぁ、それはどうでございましょう。わたしくしは始祖様の勅使、『純白の巫女』。始祖様がお姿を現されるのであれば、必ずや……」
「『純白の巫女』……?」
不敵な笑みと共に紡がれた言葉に、私は首を傾げざるを得なかった。
その言葉の意味するところはわからないけれど、ドルミーレのこの煮えたぎる怒りを知らないから、そんな余裕なことを言えるんだ。
自分が正しいと信じて疑わないから、ドルミーレに受け入れてもらえるだなんて思えるんだ。
それともホワイトはまだ、私にはわからない何かを隠し持っているのかな。
訝しげに睨むと、ホワイトは笑みを強めた。
「いずれにしても、わたくしの行いに変わりはございません。姫殿下、お覚悟を」
澄んだその顔に獰猛な瞳と歪んだ笑みを浮かべ、ホワイトは静かにそう言う。
その身がまとう輝きが、どうしようもなく妖しく映った。
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