30 同じ少女を求める者

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 転臨による力を解放したレイは、その強化された脚力で宙を跳び回っていた。

 魔法で空気を押し固め足場にし、それを強靭な脚力で蹴り跳ぶことで、縦横無尽に宙を闊歩する。


 兎の長耳を生やしたレイは、驚異的な跳躍力持ち、それを魔法で強化することで音速に近いスピードで動き回っていた。

 その黒尽くめの出立ちから生まれる黒い残像の中で、変化した白髪と長耳の色が一際目立っている。


「君は、一体何のつもりなんだ! 何がしたいんだ!」


 雪のような白髪をはためかせながら、レイは炎が人の形を成したものと何度も衝突を繰り返す。

 空を駆ける炎の龍の如く、燃え盛る炎の軌跡を描きながら飛び回るそれに、衝撃波を伴いながらぶつかる。


 幾度となく繰り返される突撃の中で、レイは苛立ちを浮かべながら声を上げた。

 花園 アリスを守らんと現れた人型の炎。アリスはそれを、神宮 透子と呼んだ。

 その姿は炎に包まれて窺えない。しかしそこから感じる魔力の気配をみれば、それが何者であるかは明らかだった。


 彼女は元々ワルプルギスに属する魔女ではなかったが、しかしその志は類似しており、悪い仲ではなかった。

 しかし今彼女は、ワルプルギスに対し明確な敵意を持って攻撃を仕掛けてきている。

 今まで僅かに意見が逸れることはあっても、具体的な敵対行動を起こしたことはなかったというのに。


『────────────』


 彼女は答えない。いや、答えられないのか。

 ただ、燃え盛る炎が空気を熱する音だけを撒き散らしながら、レイに向けて飛びかかるだけだ。


 そんな彼女を迎え撃ちながら、レイは思う。

 確かに今まで、彼女と敵対したことはなかった。

 しかしだからといって、常に良好な関係だったというわけでもない。

 飽くまでお互いに都合の良い時だけ、手を貸し合っていただけ。


 今この時に関しては、彼女は自分たちに牙を向く立場にあるということだ。

 けれど、そう納得したとしてもまだ僅かに解せない。

 何がそこまで彼女を突き動かすのか。無理を押しててでもこの場に出てくる理由とは。

 本来彼女は、このように大立ち回りができる状態ではないはずなのに。


「君は、何を考えてるんだ? そんな状態に甘んじてまで、僕らの邪魔をする。君の目的は一体……?」


 もう何度も繰り返される激突。

 くうを跳ねた勢いに合わせて、回転を伴った蹴りを放つレイ。

 それは燃える横腹にヒットして、炎の塊が空中を横飛びに転がる。


 そんな彼女を見送りながら呟くように言った問い。

 当人からの返答を求めたものではなかった。

 しかし、炎の逆噴射で勢いを殺した彼女は、反撃に動かずに静かにその顔をレイへと向けた。


『────』


 僅かに、口部と思しき場所が開くように動いた。

 思わぬリアクションに、レイもまたその場に留まりその姿を見守った。


『────アリス、ちゃんは……』


 そして言葉が紡がれた。

 その声はフィルターを通したようにボヤけていて、声色は窺えない。

 しかし確実に、彼女が発している声が聞こえた。


『アリスちゃんは、あなたたちに渡さない。傷付けなんて、させない。アリスちゃんは、私が守る────』

「ッ…………!」


 その存在も、声すらもあやふや。

 しかし紡がれた言葉には確かな意志があり、決して譲らない強い意地が込められていた。

 自身を顧みずに現れ、その全てを燃え上がらせている彼女の言葉に、レイはややたじろいだ。


 アリスに対する想いは誰にも負けないという自負がある。

 誰よりも彼女を愛し、その心を求めているのは自分だと。

 しかしそんなレイでも、彼女の言葉から感じた強い執着には僅かに怯んだ。

 彼女は何より、アリスが他人の手に触れることを嫌っている。


「……そうか。君は何よりアリスちゃん第一主義か。それならまぁ、僕らなんて邪魔者でしかないね」

『アリスちゃんは、私の友達よ。あなたには渡さない。あなたたちなんかに、彼女の自由は奪わせない』

「そう言われてもなぁ。僕だってアリスちゃんを取られたくはない。それは僕の感情であり、そしてワルプルギスの為、全ての魔女の為でもある。結果としては、君の為でもあるんだよ?」

『私には関係ないわ。私は、アリスちゃんを守れればそれでいい。あなたたちがアリスちゃんを害するのなら、私はあなたたちを蹴散らすだけよ』


 炎の温度が上昇する。

 赤く踊っていた炎が、その勢い増して白んでゆく。

 それは彼女の強い意志を体現しているかのように、熱く強烈だった。


 そんな姿にレイは苦い顔を浮かべる。

 彼女がアリスに強い執着を持っていることは知っていたが、それ故にここまで周りを見なくなるとは思っていなかった。

 彼女にとってアリスが世界の全てであり、それ以外のことに向ける意識などないに等しい。

 それは随分やりにくいと、溜息をつかざるを得ない。


 彼女は完全にレイに、ひいてはワルプルギスに対して敵対意識を持っている。

 アリスを連れて行こうとしているレイに、アリスを傷付けようとしたワルプルギスに。

 今まで肩を並べることがあったとはいえ、それはもう変えようのないことだった。


 共にアリスを求める以上、交わることはできない。

 だからといって、レイは譲る気などサラサラなかった。

 一体どれだけの時を待ち続けてきたか。

 ようやく手の届くところまで来たというのに、他人に明け渡すなどできるわけがない。


 灼熱を上げるその炎に対抗し、レイもまた自身の魔力を高めた。

 転臨の力の解放によって、おぞましい人ならざる力が渦巻く。

 清らかな白すらも、その無垢さが寧ろ気持ち悪く感じるほどに、その雰囲気は醜悪だ。


 美しいほどに醜く、神々しいまでに穢らわしい。

 人の身では理解できない醜悪美をその身に宿し、レイは燃える姿を鋭く睨んだ。


「生憎だけど、僕にしてみれば君の方が邪魔者だ。君が何を思ってアリスちゃんにそこまで拘るのかは知らないけれど、そんなことどうでもいい。アリスちゃんは、僕のものだ。誰にだって渡さない!」

『アリスちゃんを利用しようとしているくせに、よく言うわ。私は、あの子を救う為に戦う。あの子を脅かすもの全てから、守る!』


 炎の力が炸裂し、その身から空を埋め尽くそうな業火の波が放たれた。

 触れたものを一瞬で焼き尽くす灼熱の炎。

 それは正面に佇むレイに向かって、逃げ場なく覆い被さった。


 しかし、その場にもうレイの姿はなかった。

 灼熱が降りかかる直前、レイはその爆発的な脚力を持って瞬間的にその場を脱し、一気に距離を詰めていた。

 透子がその存在に気付いた時には、既にレイの蹴りは放たれ終わっていた。


 炎の顔に表情は浮かばない。

 しかし驚愕の身動ぎを僅かにしたその時には、彼女の頭はレイの蹴りに撃ち抜かれていた。

 頭部が吹き飛んでいてもおかしくない爆発的な蹴り。

 しかし驚愕と同時に微かに張っていた防御の魔法が、辛うじて首を繋ぎとめた。


 しかしその身体ごと吹き飛ぶことは防げず、激しい炎を撒き散らしながら空中をぐるぐると転がった。

 ダメージそのものは大事には至らずとも、しかし身体への衝撃は多大なもの。

 それはその炎をまとった身体でも同じこと。


 身をよじりながら、しかし炎の噴射で推進力を保ち、何とか体勢を整える。

 そしてそのまま勢いを殺さず自らの意志で大空を飛び、隕石の如くレイへの攻撃へと転じた。


 そのタフさと高いスペックに関心と呆れを感じるレイ。

 ワルプルギスに所属せず、『魔女ウィルス』の全容とそのルーツを知らないはずの彼女。

 だというのに、どうして転臨した魔女に対抗しうる力を持っているのか。

 そしてその力を、アリスを独占する為に使うという自分本位さ。

 つくつぐ、彼女という女は理解不能だった。


 そうと同時に、若干の違和感を覚える。

 彼女から感じるその存在感は明らかだが、どこか妙だ。

 それは不調による乱れなどではなく、レイが知っている彼女とは何かが違っている。


 僅かな思案の後、一つの可能性に思い当たった。

 はたと思い至った仮説に、思わず苦笑するレイ。

 そこまで、するのかと。


 そんな嘲笑を浮かべながら、レイは迎撃の態勢を取った。

 幻惑の魔法を持って、蜃気楼に揺らぐように多数の分身を作り出す。

 魔力によって形成された分身はそれぞれ実体に近い存在感を持ち、軍勢となってレイの周囲に侍る。


「……なるほど。どういうつもりかは知らないけど、のか。アリスちゃんに、そう思われたいんだね?」


 空を埋め尽くすほどの複数のレイが同時に口を開く。

 一様に嘲るような笑みを浮かべ、幾重にも重なった声が言葉を紡ぐ。


「けれど、僕は薄々わかってしまったよ。君が、何者なのか」

『────────!』


 炎の突撃がレイの群勢に流星の如く突き刺さり、一人の分身への着弾を起点にして大爆発が起きる。

 しかしそれを大量の分身の物量で押し込めて、レイは高らかに叫んだ。


「君はなんかじゃないんだろう。君の名前は────」


 分身を形成する魔力を弾けさせることで、その爆発の威力を相殺したレイ。

 爆炎の中心に残った炎の姿が、その名を口にしたレイを射殺すよう睨んだ。




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