29 炎の人
「何事……!?」
真っ先に声を上げたのは、正面に位置したホワイトだった。
自身が放った光を弾かれたことに戸惑いつつ、しかし迫りくる炎に向けて即座に障壁を張る。
人の形をした炎はホワイト目掛けて一直線に突撃し、その障壁に衝突する。
そして燃えさかる自身の炎の勢いを推進力に、ゴリゴリと障壁ごとホワイトを押し、私から遠ざけた。
「……煩わしい!」
炎をキッと睨みホワイトがそう言った瞬間、障壁がパンッと輝いて爆ぜた。
魔力を押し固めてできた非物理的な壁が、光の魔法に転換されて弾ける。
人型の炎はそれが弾けきる前に跳び退き、私のすぐ目の前に着地した。
「………………」
メラメラと、炎が燃えている。
それは明確に人の姿を象っていて、揺らめく炎がたまたまその形に見える、というわけではなさそうだ。
恐らく人が、まるで火達磨のように、全身余すことなく燃え盛っている。
ゴウゴウと火が躍っているせいで、その内側は見て取れない。
けれど線の細いシルエットは流線系で、頭部から長髪がたなびくような炎の波が揺らめいる。それに背丈は私より少し高いくらい。
だから、それが何者かはわからないけれど、きっと女の人だと思った。
「あな、た、は…………?」
唐突なことに驚きつつ、目の前の燃え盛る背中に問いかける。
私を助けてくれて、ホワイトに敵対したのだから味方だと思う。
けれどやっぱり、聞かずにいられなかった。
『────────』
私の問いかけに応えるように、それはこちらに振り返った。
炎の髪を揺らし、その顔を私へと向ける。
そこにはやっぱり揺らめく炎しかなくて、誰かなんて判別はできない。
流動的に炎が踊るだけの顔は、人らしい凹凸のないのっぺらぼうのよう。
人の判別はおろか、その表情すら窺えない。
けれど、何故か私は確信した。
私に顔を向けた炎は、確かに私にニコリと微笑んだ。
私には、そう感じたんだ。
その瞬間、胸にストンと落ちるものがあった。
同時に、炎が飛び出してきた時に感じた胸の熱さを思い出す。
あの熱さ、そして向けられた微笑み。そこから来るこの感覚は。
この、繋がりの感覚は────。
「透子、ちゃん……?」
自然にこみ上げてきた名を呼ぶと、炎はもう一度微笑んだ────ように見えた。
けれど言葉を発することはなく、そのまま前を向いて再び私にその熱い背中を晒す。
その姿は見て取れないし、顔だってわからない。
声を出さないから名前だって聞けないけれど。
でもこの炎の人は、透子ちゃんだ。私の心がそう感じてる。
彼女との繋がりが、そう教えてくれている。
私がそう認識できたからか、それとも馴染んできたのか、炎で形作られた体が更に鮮明になっていった。
髪の毛一本いっぽんが細い炎の糸で編まれ、全身が透子ちゃんのスタイリッシュな輪郭に引き締まっていく。
以前彼女が着ていたセーラー服を身にまとっているかのように、ミニスカートのような炎が揺らめく。
細部までわからないけれど、更に人らしくその形を明確に現した。
「貴女は、まさか……!」
その姿を見て、ホワイトが信じられないと声を上げた。
するとその声に反応したように、透子ちゃんは正面のホワイトに視線を止め、再び飛び掛かった。
ジェット噴射のように炎が吹き出し、燃え盛る赤い軌跡を描いてミサイルの如く飛び込んでいく。
「させるか!」
そんな透子ちゃんの突撃に、レイくんが飛び出した。
黒いニット帽を頭から剥ぎ取ったその髪は、瞬時に艶やかな黒から雪のような白に変わる。
刹那、身の毛もよだつような醜悪な気配がその身体から吹き出し、頭の天辺から二つの白い兎の耳が飛び出した。
瞬く間に転臨の力を解放したレイくんは、邪悪な魔力を収束させた驚異的な脚力で、目にも止まらぬ速さで透子ちゃんとホワイトの間に割って入った。
火炎放射のように飛び掛かった透子ちゃんを足蹴にして弾くと、ホワイトを庇うようにその前に立ち塞がる。
邪魔をされた透子ちゃんは、その場で少し宙に浮いてレイくんとホワイトを見下ろした。
「まさか君がやってくるなんてね。アリスちゃんを守ってくれたのはありがたいけれど、リーダーに手出しをされるのは困るよ」
『────────』
いつもの黒い瞳から紅い瞳に変わったレイくんが、背後を守るように腕を伸ばしながらそう言った。
対する透子ちゃんは何も言葉を発さず、ただゴウゴウと燃えているだけ。
無言で、静かに二人を見下ろした透子ちゃんは、またすぐにその炎を増して飛び掛かった。
今度は直線ではなく大きく弧を描いて婉曲的に。
まるで水中を自由に泳ぎ回るかのように、滑らかな動作で突撃する。
それもまたレイくんが弾くけれど、今度はそれだけでは収まらず、透子ちゃんは何度も曲線を描いて突撃を続けた。
あらゆる角度から幾度となく行われる炎の突撃。
そのことごとくをレイくんは弾くけれど、絶え間ない突撃の連続に表情が強張っている。
「ダ、ダメ! やめて透子ちゃん! レイくんは敵じゃないの! それに……それに、魔法で戦っちゃダメ!」
猛攻を繰り返す透子ちゃんに慌てて叫ぶ。
私はレイくんと戦いたいわけじゃない。
それに何より、今ここで魔法を使って戦えば、今までと同じことの繰り返しになってしまうから。
それでも、私の声が聞こえていないのか透子ちゃんは攻撃に手を止めない。
「────わかった、いいさ! そんなにお望みなら、僕が相手になろう!」
何度かの猛攻の果て、レイくんはそう叫ぶと上から降ってきた透子ちゃんを上空に蹴り弾いた。
そしてそれを追いかけるように跳躍し、今度は二人だけで空中でぶつかり合いを始めてしまった。
灼熱の炎をまとう赤と、雪のような白髪が煌めく白が、空中を縦横無尽に泳ぎ回って何度もぶつかり合う。
「透子ちゃん! レイくん!」
私の友達が戦っている。
レイくんの話では、二人は元々志が似ていて、仲間ではないけど協力することもある仲のはずなのに。
私を守ろうとする透子ちゃんと、ホワイトを庇うレイくんが戦ってる。
「そんな……ダメだよ、こんなの……」
「アリスちゃん、大丈夫?」
上空で繰り広げられている苛烈な戦いを見上げていると、善子さんが私の肩を抱いた。
ホワイトに対する怒りと悲しみに満ち溢れた表情で。けれどまだ辛うじて残る冷静さで私を労ってくれている。
私のことを心配そうに見て、その無事を確認してから、善子さんはすぐにホワイトへと目を向けた。
「私は、真奈実とケリをつける。あんな話を聞いたら、魔法を使うのには抵抗……あるけど。でも、そんなことも言ってられない」
「でも善子さん、それは……!」
「うん。でも、今ここであの子を止めないと、もっと大変なことになる。私はもう、あの子の正義を見てられないんだ」
額から汗を流し、唇を噛む善子さん。
もう散々我慢してきた善子さんは、もう限界なんだ。
変わり果てた親友の、あまりにも偏った正義を許せない。
私には、そんな善子さんを止めることはできなかった。
「安心して、アリスちゃん。真奈実は私が必ず止めるから。アリスちゃんは、私が必ず守るッ!」
善子さんはそう言うと同時に光をまとって飛び出した。
閃光の如き突撃は、一瞬でその距離を詰める。
もう阻むもののないホワイトへ、眩い軌跡が伸びる。
善子さんは、もう覚悟を決めて迷っていない。
私だって、その覚悟に支えられて抗うと決めたんだ。
その為には、善子さんの言う通り魔法を使うことを躊躇っている場合じゃない。
怖いけど、それでも意を決して私も戦いに飛び込もうとした、その時。
「お待ちください、姫様。あなた様はどうぞこちらに」
しっとりと
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