4 まず一番にやるべきこと

 顔が見られて声が聞けたから安心した、とかカッコつけたことを言って、創はそれからすぐ帰っていった。

 男の子だからわんわんぎゃーぎゃー言わないけど、でもとっても私のことを心配してくれてるんだ。

 いつも通りのその背中が、とっても頼もしく思えた。


 カップスープのゴミを片付けながら、なんだかふぅと息がこぼれた。

 起きてからいきなりドタバタで、創とお喋りして、息をつく暇がなかった。

 こうして一人になって落ち着いて、よくやく頭を働かせる余裕ができてきた。


 私は、全てを思い出した。

 レイくんの手で封印を解かれて、私は『まほうつかいの国』にいた時のことを全て取り戻したんだ。


 当時の記憶と気持ちが心の奥から噴き上がってきて、飲み込まれそうになった。

 ううん、実際ほぼ飲み込まれてた。だってあの時の私は本当に、一刻も早く『まほうつかいの国』に帰らなきゃって思ったんだから。


 突然消えて、沢山の人たちに迷惑をかけちゃった。

 私のことを心配して、待ってくれている友達がいる。

 私の中のドルミーレが端を発するあの国の問題を、私は解決させなきゃいけない。

 それに、レイくんとの約束があったから。


 当時の私は本当に幼くて、全てを抱えることができなかった。

 だから私は問題を先送りにして、来たるべき時に備える道を選んだ。

 それは友達の為、みんなの為だったけれど。でも待たされてる方は、きっとたまったものじゃなかったはずだ。

 だからこそ私は早く帰って、やらなきゃいけないことを果たさないといけないと、そう思った。


 でも、でも。

 私にとって大切なものは、それだけじゃないから。

 それを教えてくれたのは、私に繋がる沢山の心。そして、私をぶってくれた氷室さん。


 今の私は、あの時の私とは違うから。

 体も大きくなったし、きっと心も成長したはず。

 でもそれだけじゃなくて、ここで、この世界で培ってきたものが沢山ある。

 過去の感傷に浸って衝動的に動いたら、取りこぼしてしまうものが沢山あるんだ。


 だから私は、またうちに帰ってこられた。

 こうして創とたわいもないお喋りをすることができる。

 私のやらなきゃいけないことは変わらないけど、でも、今の私が望むことも含めた上で、これからの道を歩んでいきたい。


 だから今は、どっちがより大切かよりも、どっちも大切にする方法を考えたいんだ。

 昔も今も、全部ひっくるめての私だから。

 そこに境界線なんてなくて、全て地続きの私自身なんだから。

 昔大切だと感じた向こうのことも、今大切だと思ってるこっちのことも。

 私は全部等しく大切なんだ。


 それでも、今ここにいるとレオとアリアに会いたくなる。

 ここ数日での私たちの再会は、決して理想的なものではなかった。

 だから二人の胸に飛び込んで、心の底からごめんなさいって謝りたい。

 何も言わずに飛び出して、沢山心配をかけてごめんなさいって。


 二人にされた色々なことに対して、思うところはもちろんあるけど。

 私が心配をかけたせいだと思うと、あまり責められない気もして。

 でも私たちなら、きっとそういうことを全部ひっくるめても、また仲良くやり直せるって信じてる。


 そうやって全てを丸く収めるためには、まだまだやらなきゃいけないことが沢山ある。

 魔法使いやワルプルギスが私の力を狙っている今、その問題に方をつけないと先には進めない。


 魔法使いと魔女の争いをなくして、魔女を苦しめる『魔女ウィルス』をなんとかしたい。

 そうしないと『まほうつかいの国』に住む人たちや、それに私の友達もみんな救われない。

 でもそれを成すためには、私の中に眠るドルミーレをなんとかしないと。


 二千年も前の時代に存在した、『始まりの魔女』ドルミーレ。

 どうして彼女が私の中で眠っているのかは未だにわからないけれど。

『魔女ウィルス』が人々を脅かしているのも、魔女が虐げられているのも、魔法使いと魔女が争っているのも。

 元を辿れば、全て彼女が原因なんだ。


 今は静かに眠っている。

 でも封印が解かれたことで、当時と同じくらいの存在感が私の心の中にはある。

 それに加えて、最近の戦いの中でドルミーレは何度か彼女の意思で私に関わってきて、その力を無差別に振るった。

 ドルミーレが目覚める時は、もうそう遠くないのかもしれない。


 その時、今の私なら彼女に対抗することができるかな。

 かつての私が希望を託した未来に、私はなれているかな。

 まだわからないけど、覚悟はできてる。

 私に繋がる沢山の心が、私を守ってくれる、強くしてくれる。

 だからもう何があったって、挫けたりなんかしない。


 五年前、私は自らの意思で全てを封じ込めることを選んだ。

 ドルミーレに打ち勝つために、大切な友達を守るために。

 誰に強要されるでもなく、私自身がそれを望んだんだ。


 そしてその願いを叶えてくれたのが、透子とうこちゃんだったんだ。

 あの時はわからなかったけど、でも今ならハッキリとわかる。

 あれは透子ちゃんだった。神宮かんのみや 透子とうこ、その人だった。


 どうしてあの時あそこにやって来て、私に力を貸してくれたのかはわからないけれど。

 でもあの時のことがあったからこそきっと、透子ちゃんはこの間私を助けに来てくれたんだ。


 ただ、それよりも前に透子ちゃんに会った記憶は、やっぱりない。

 あの時が初対面だったはずなのに、どうして私は透子ちゃんのことを友達だと思えたんだろう。

 曖昧ではあったけど繋がりは感じられてた。だからもしかしたら、忘れているだけでどこかで会っていたのかな……。


 今、透子ちゃんに会うことができればそれを確かめられるのに。

 でも透子ちゃんはまだ目を覚さない。

 話したいことが沢山あるのに、その言葉を伝えることができないんだ。


 私たちの心は今でも繋がってる。

 目を覚さない体から抜け出した透子ちゃんの心は、その繋がりを辿って私の中にいてくれている、はず。

 でもその心を感じようとしても、なんだか朧げでハッキリしなかった。


 昔会った時みたいに、繋がり自体は感じられるのにその先が明確じゃない。

 もしかしたら私の心の中じゃない、どこか別のところに行ってしまったりしてるのかな。

 でも、それも正確にはわからない。


「くよくよしちゃ、ダメだ。今できることを考えないと……」


 深呼吸して心を落ち着ける。

 透子ちゃんのことは心配だし、聞きたいことも沢山ある。

 けれど透子ちゃんが自分の意思で現状を保っている以上、私にはどうすることもできない。

 だから私は、透子ちゃんに必要とされた時に全力で力を貸せるよう、あらゆる問題を解決させておかなきゃいけないんだ。


「とりあえず、今の私が真っ先にやらなきゃいけないことは……」


 洗面所に行って鏡を見ながら、自分の髪に魔力を集中させる。

 するとクルクルと力が踊って、あっという間に綺麗な三つ編みが完成した。

 こういった日常の動作に魔法をひょいっと使うことが、記憶を取り戻した私にはもう普通のことになっていた。

 ついこの間まで、自分はなんの変哲もない普通の女子高生だと思ってたのに。


 綺麗に仕上がった髪型を確認して、ついでに身嗜みもチェックする。

 とりあえず創の前に出られる程度の部屋着だったからちょっぴりイマイチで、私はすぐに部屋に戻って外出着に着替えた。


 記憶を取り戻して、私は当時の決意を思い出した。

 それは今の私が抱いていたものとほぼ同じで、大切な友達を守りたいということ。

 蘇った沢山の思い出のおかげで、その大切な人たちが増えたわけだけど、芯の想いは同じ。


 そしてその為には、最終的にドルミーレを倒さなきゃいけない。

 心の中で常にその大きな存在を感じさせられているからこそ、彼女の恐ろしさを心で直に感じているからこそ、その必要性を感じる。

 それが私が、一番やらなきゃいけないことだ。きっとそれが、沢山のことの解決に繋がるはずだから。


 でもまず、今の私がやらなきゃいけないことがある。

 そんな壮大なことじゃない、今すぐにできること。

 一番最初にした、とっても大切な約束を果たすこと。


「氷室さんに、会いに行かなきゃ……!」


 ────帰って来たら一番に会いに行く。

 その約束を、今更だけど、私は果たさなきゃいけない。


 ビシッと身なりを整えて、私は家を飛び出した。

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