5 魔女狩りの行末
「失礼。話を戻しましょうか」
一人クツクツと笑ってから、ホーリーは少し緊張の緩んだ顔をして言った。
魔法使いという自身の在り方に価値を見出し、大家の権威をその肩に担い、
しかしそんな彼らもまた、ただの人間に過ぎないのだと、ホーリーは改めて思ったのだ。
どんなに力があろうとも、どんなに恐れられ敬われていようとも。
いくら神秘に手を伸ばしていたとしても。
彼らはやはり、人間であることには変わりない。
個人的な感情を抱え、それぞれの価値観を抱き、自らの考えを是として動く。
しかしそうやって魔法使いの、延いては
魔法使いが魔女を疎み、魔女は魔法使いに恨みを抱く。
どちらも元は同じ人間で、何も変わるとことなどあるはずないというのに。
「とにかくね、デュークスくん。あなたのその『ジャバウォック計画』は見過ごせないわ。申し訳ないけれど、その計画をこれ以上進めさせるわけにはいかない」
「……ならば聞くが────」
スクルドから再びホーリーへと視線を向け、忌々しげに眉を寄せたデュークスは吐き捨てるように言った。
「貴様はこれからどうするべきだと思うのだ。この国の安寧のため、貴様は何を考えているのだ。忌々しき魔女共を掃討し、『魔女ウィルス』を根絶する最善の策を、貴様は持っているのか?」
「そんな方法は……ないわ。私たちが魔法使いである限り、そんな方法は存在しないのよ」
「ほう…………」
僅かに視線を落とし、噛み締めるように言うホーリー。
そんな彼女をデュークスは目を細めて興味深そうに見た。
「ホーリー、貴様……『魔女ウィルス』がなんであるか知っているな?」
「…………」
低いトーンで探るようにそう口にしたデュークスに、ホーリーは無言の返答した。
舐め回すような冷たい視線と、強い意志のこもった柔らかな視線が静かに交差する。
「『魔女ウィルス』が何か? デュークスさん、一体どういうことです?」
「まだ研究段階だ。他人に得意げに話せることではない。しかし、私の見解はこの女のものと類似しているようだ。また、研究が一つ先に進む」
首を傾げるスクルドを一蹴し、デュークスは一人ゆるく微笑む。
ホーリーは小さく溜息をつき、少し言葉を選んでから口を開いた。
「デュークスくん、あなたがその見解に達しているのなら、わかっているはずよ。私たち魔女狩りがいかに無意味な行いをしているのか。ジャバウォックを引き合いに出そうとしているあなたなら……」
「私はそうは思わん。そこは私たちの価値観の相違だろう。私は魔女狩りの責任を果たすべく、その為に必要な準備を進めている。私はこれが最善だと信じているのだ。貴様のように魔女狩りの責務を放棄した者にとやかく言われる筋合いはない。貴様がまだその席にふんぞり返っていられるのは一重に、貴様が
「っ…………」
ホーリーは今にも掴みかかりたくなるのをグッと堪え、平静を装い笑みを崩しはしなかった。
しかしその胸の内は、普段奔放で気楽な彼女には似つかわしくなく怒りに満ちていた。
それは自身を侮辱されたからではなく、己の無力さに対しての怒りだった。
事実、ホーリーは魔女狩りを統べる一人となってから、魔女狩りらしいことをしてはこなかった。
彼女は自身の意志と考えのもと、常に独自の行動に走ってきた。
それを他の
魔法使いにとって家柄とその歴史は大きな意味を持つ。
積み重ねて来た年月が多いほど、その家が培って来た魔道の重みが増すからだ。
大家の名は、それだけで大きな権威となる。
故に彼女の自由な振る舞いを止めることができる者は誰もいなかった。
しかし、それでも基本的に
魔女狩りを四人で統べる彼らの中であれば尚のことだ。
そこを突かれれば流石のホーリーも痛い。
自らの行いに後悔はないが、しかし発言の不利を生むのは事実だった。
「まぁまぁデュークス、あんまりレディを虐めるもんじゃないぜ? それに、魔女狩りの責務云々って言い出したらさ、僕らみんな結構勝手にやってるだろう。もはや誰も人のことなんて言えないよ」
どう言い返したものかと一瞬迷っていた隙に、ケインが口を挟んだ。
大したことではなさそうに、軽口のようなテンションで言ってはいるが、その目はややデュークスを牽制していた。
デュークスはそれを受け、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「なんだか段々と僕とスクルドくんが置いてけぼりになちゃってるんだけどさ。詰まるところ、デュークスの『ジャバウォック計画』は危険だからやめろってことだろう? そういう意見が上がってしまっているのなら、流石に完全無視するのはよくないだろう」
ケインはホーリーにニコッと小さく微笑みを向けてからデュークスへと言った。
そんな彼の言葉を受けてデュークスは顔をしかめる。
ケインという男は常に一転二転して、何をどうしたいのか旧知のデュークスにも図りかねるからだ。
「ただまぁ、だからといって計画を封鎖するというのも僕は得策とは思えないけどね。作戦というのは幾重にも張っておくものだし、何かあった時の備えが必要だ。その為にも、僕は計画そのものを潰すのはどうかと思うね」
デュークスを諫めたかと思えば、今度は擁護に回るケイン。
全員の視線が訝しげに彼へと集中した。
「さっきスクルドくんとデュークスには報告したけれど、姫様の封印が解放された。となれば、これから起きるのは苛烈な争奪戦だ。僕らとしては姫様自身の意思で国へ帰還をしてほしいところだけれど、そううまく転ぶかは今となってはわからない。それに、レジスタンスもその身柄を狙っている。下手すれば戦争が起きるぜ?」
ケインは飽くまで和かに陽気な口調で言う。
しかしその声色には重みが込められていた。
それによって場の空気は一気に沈んだが、しかしスクルドがやや不満げに口を開いた。
「しかし相手は魔女です。戦争といっても、我々が不利になるとは思えません」
「どうだろう。魔女はどうやら僕らには知り得ない何かを持っているからねぇ。所詮魔女だと侮っていると、痛い目を見るかもしれないよ」
「そ、それは……」
無残な左腕をさすりながら薄ら笑いを浮かべるケイン。
そんな彼の含みを持った言葉にスクルドは視線を落とした。
彼もまた、魔女が転臨の力を解放した姿を目の当たりにしている。そしてその力の強大さも。
本来敵うべくもない魔法使い、しかもその
その力を持つものが複数存在し、一気に攻め込まれれれば、場合によっては危険な状況に陥る可能性がある。
「そんなわけで、これから何が起きるのかはさっぱりわからないと僕は考える。むしろ、何が起きても不思議じゃない。我らが救国の姫君が、明日には僕らの敵になっている可能性だって、絶対にゼロだとは言えないよ」
ケインは飽くまで微笑みながら言う。
しかしその口振りは、一人の
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