136 信じろ!

「じゃあ……じゃあ! どうしろっていうのよ! 私に他に、どうしろって言うのよ!!!」


 長い金髪の毛が電気によって大きく膨らみ、そしてその毛先が一斉にこちらを向いた。

 まるでメドューサのように髪を広げると、その金色の毛一本一本から細い電撃が放たれた。


 髪の毛程の細さの電撃が、数えられるわけがないほど沢山、一斉に駆け抜けてくる。

 まるで網目が広がっていくように、細く細かい雷の線が視界を覆い尽くして向かってくる。


 けれどどんなに物量が多くても、その存在が認識できれば掌握できる。

 私は即座に目に見える全ての雷の制御を奪って一つにまとめ、明後日の方向へと逸らした。


「わかんない! 私だってわかんないよ! でも、千鳥ちゃんがやろうとしていることがベストじゃないってことは、わかる!」

「ふざけんな!!!」


 私にあっさりと魔法を捌かれることへあからさまな苛立ちを見せながら、千鳥ちゃんは怒鳴り声を上げた。

 私の言葉なんて聞きたくないというように、ピシャリと拒絶してくる。


「なら口出ししてくんじゃないわよ! アンタが言うのは綺麗事なのよ! 仲良しこよしの友情ごっこじゃ、大切なものは守れないんだから!」


 吠えながら、千鳥ちゃんは更に電撃を放ってくる。

 大きく開いた翼がバチバチと激しくスパークし、眩い閃光を炸裂させる。

 そこに溜め込んだ電撃を、大きな羽ばたきによって衝撃と共に放ってきた。


 風圧と共に放たれた電撃は、雷鳴の轟く嵐の塊のように唸りを上げて迫ってくる。

 私はそれに、正面から『真理のつるぎ』による斬撃を叩き込んだ。

 魔力を込めた斬撃の衝撃は電撃の塊とぶつかり合い、その魔法を打ち消し衝撃を相殺した。


 瞬いていた電気の閃光と、『真理のつるぎ』の白い魔力の輝きが混ざり合って視界がチカチカする。

 その先で、千鳥ちゃんはガリッと歯噛みしていた。


 千鳥ちゃんは私にその攻撃を防がれることをわかっている筈なのに。

 それでも真正面から小細工なしで力任せに攻撃してくる。

 もしかしたらそれは、彼女の意地なのかもしれない。


 打ち払われ、奪い去られるとわかっていても、私に正面から向き合うことをやめない。

 それが私を、友達を殺すと決めた千鳥ちゃんの意地の通し方なんだ。

 せめて堂々と、正攻法で真正面から叩き潰すと。そういうことなのかもしれない。


 その真っ直ぐさは好きだけれど、でもやっぱり向こう見ずすぎる。

 ひたむき過ぎて他が見えていないと思う。

 今の千鳥ちゃんはお姉さんたちのことで頭がいっぱいになってしまっていて、思考が偏ってしまっている。


 だから、友情ごっこなんて言葉が出るんだ。

 まるでアゲハさんのように。


「ごっこなんかじゃない! 私たちがしてるのは、友情ごっこなんかじゃない! 私は本気だよ。千鳥ちゃんだってそうでしょ!? だからこそ私たちは、喧嘩するのがこんなにも苦しいんだ!」


『真理のつるぎ』を渾身の力で振るい、魔力を乗せた斬撃の波動を叩き込む。

 白い煌きと共に可視化した斬撃が、空間を切り裂きながら千鳥ちゃんへと伸びていく。


 私の力任せの攻撃を身をよじってかわした千鳥ちゃんは、私を見て顔を歪めた。

 それは怒りや苛立ちではなく、戸惑いによるものだった。


「私は、千鳥ちゃんのことが本当に大切なの! 千鳥ちゃんが悲しんでることを一緒に悲しみたいし、怒ってることには一緒に怒りたい! なにより、一緒に喜んで笑いたい! 私は、千鳥ちゃんと寄り添って生きていきたんだ!」

「う、うるさい! アンタはそうでも、私はお姉ちゃんたちの方が大事なの! アンタがいくら私のことを想ってくれようが、私はアンタをお姉ちゃんたちよりも優先できない! だってお姉ちゃんたちは、私のお姉ちゃんなんだから!」


 その戸惑いを隠すように千鳥ちゃんは喚き散らした。

 叫びと共にがむしゃらに電撃を放ってくるけれど、それは『真理のつるぎ』でいとも容易く打ち払える。


「別に私、お姉さんたちより友達を優先しろなんて言ってないよ。千鳥ちゃんはお姉さんたちが大好きなんだから、一番にすればいい。でも、その為にそれ以外の全てを切り捨てるやり方は、間違ってる!」

「仕方ないじゃない! それしかないのよ! 全部をなんて欲張れない! 選ぶしかないなら、一番大切なものを選ぶに決まってんでしょ! そんなの、当たり前のことじゃない!!!」


 千鳥ちゃんが大きく羽ばたいて突撃してきた。

 超低空飛行で電気をまといながら飛び込んでくる。


 ゴロゴロと雷鳴を掻き鳴らしながら、閃光そのものとなって飛翔してくる千鳥ちゃん。

 その拳は固く握りこまれ、突撃の勢いと共に振るわれた。


 私はそれを『真理のつるぎ』を盾にして正面から受けた。

 瞬間電撃は消え去ったけれど、スピードによる衝撃が剣から全身に伝わって一瞬身動きが取れなくなる。


 そんな私に千鳥ちゃんがもう片方の腕を伸ばしてきた。

 剣の脇を通り越し、私の顔の前で手を広げる。

 その即座の行動に、私は意識を向けるのが一瞬遅れた。


 しかし、その隙間に私の胸に咲く氷の華が炸裂した。


 氷の花弁がバリンと弾けて舞い、千鳥ちゃんを氷結が襲った。

 それに怯んだ千鳥ちゃんはバサリと大きく羽ばたいて身を翻す。


 凍った腕にバチバチ電撃を這わせて凍結を振り払い、千鳥ちゃんは私の目の前で着地した。

 そして即座に、苦し紛れのような放電をしてきた。

 私がそれを剣で振り払っている隙に、また数歩後ろに退がる。


 私はそんな千鳥ちゃんを見て、首を横に振った。


「わかんない。私にはわからないよ。どうして欲張っちゃいけないの? 全部欲しいで、それでいいじゃん! お姉さんたちか友達か、どっちかなんて選ばなきゃいいんだよ! 大切なものは、欲しいものは、全部全部そう言いなよ! 私はいつだって、そう生きてきたよ!」

「そんなこと、そんな器用な生き方、私にはできないわ。だって私は、自分のことしか考えられない奴なのよ。一つのことを考えるので精一杯。どれもこれもと欲張ったら、全部取りこぼしそうで怖いの! なら、一番大切なもの一つに絞るしかないじゃない! そしたら、その為に手段なんか選んでられないじゃない!」


 それは怯えだった。

 叫び喚く千鳥ちゃんの内に込められていたのは、自分への不信だ。

 自分に自信がなくて、失敗するのが怖くて失うのが怖い。


 大きく手を広げることで取りこぼすことを恐れている。

 自分の弱さをわかっていているからこそ、そうなってしまうんだ。


 強がるのも意地を張るのも、全部千鳥ちゃんが臆病だから。

 自分の弱さを理解しているからこそ、怖くて理想を掲げられない。


 目の前で大切なものを自分のせいで失った千鳥ちゃん。

 だからこそ、もうこれ以上失いたくないと保守的になってしまっている。

 でもそれは、決してベストとは言えなくて。


 そんな千鳥ちゃん、とてもじゃないけど見ていられない。


「そんなことないよ! 千鳥ちゃんは、大事なことを見落としてる!」

「なによ!」

「私がいる! 私たちがいる! 友達だちがいる! 千鳥ちゃんにできないことは、私が肩代わりするよ。だって、足りないものを補い合って、支え合うのが友達だもん! 自分にはできないって結論を出す前に、もっと頼ってよ!!!」

「ッ………………」


 千鳥ちゃんはスッと足を一歩退げた。

 歯を食いしばりながら少したじろぐように引き腰になる。

 それでもその目だけはまだ力強く私を睨み続ける。


「欲張れるほど器用じゃないって言うけどさ、でも、一番以外を簡単に切り捨てられる器用さだってないくせに! 口では何を言ったって、強がったって、自分に嘘をついたって、ちっとも切り捨てられてないじゃん! ずっと泣きながら戦ってるくせに、一丁前なこと言わないでよ!!!」


 殴り付けたい程の想いを剣の柄を握る力に込める。

 感情的になり過ぎているとわかっているけれど、込み上がってくる気持ちを抑えられなかった。


「好きなものは好きって言えばいい! 大切なものは大切だって言えばいい! 自分にはできないとか、責任だとか資格がないとか、そうやって言い訳ばっかりして勝手に見限らないでよ! もし千鳥ちゃん一人の力でどうにもならなかったら、私がいるから! 一人でできないことも、手を取り合えば選択肢は無限大だよ! 千鳥ちゃん、私を信じて!」


 声の限り、力の限り叫ぶ。

 千鳥ちゃんは一人じゃない。気持ちも責任も、一人で背負い込む必要なんてないんだ。

 千鳥ちゃんが弱いなら、足りない部分を補ってあげる。

 不安があるなら、それを埋めつく想いを与えてあげる。


 利口なふりをしたり、割り切ったふりをしたり、そんなことしなくていいんだ。

 人間なんて誰しも弱くて、一人でできることなんて高が知れているんだから。

 足りない部分や至らない部分を助け合って、望む未来を作っていくのが人間なんだから。


 千鳥ちゃんは、自分が弱いという自覚がありすぎるから。

 お姉さんたちを失ってしまったことを、前科としてしまっているから。

 だから、自分一人でなんとかしようとして、その為にはなりふりかまっていられないと思い込んでしまっている。


 そんなの、なんの理由にもならないのに。

 責任はあるかもしれないし、償わなきゃいけない罪もあるかもしれない。

 お姉さんたちの想いに応えてあげるべきこともあるかもしれない。

 でもそれは、千鳥ちゃんが自由を手放す理由にはならないから。


 その全てを受け止めても尚、千鳥ちゃんは生きたいように生きるべきなんだ。


「でも、でも……でも!」


 千鳥ちゃんは項垂れるように頭を下げて言葉をこぼした。

 垂れ下がる金髪はパチパチと弾けている。

 両の手の拳は固く握り込まれていて、肩がわなわなと震えていた。


「私は、お姉ちゃんたちの想いに応えたいの。生きなきゃいけないの! 魔女の私が、弱っちい私が確実に生き残る為にはこれしか……これしか私には思いつかない! 他にどうすればいいのよ!」

「本当にこれが一番確実だと思うの!? ロード・ケインの言うこと、本当に信じてるの!? 友達の私よりも、あの人のことの方が信じられるっていうの!?」

「そ、それは……でも、アイツは君主ロードで……」

「確かにロードに守ってもらえるのなら安心かもね。でも、本当に守ってくれるなら、だよ。魔女を忌み嫌う魔法使いが、あのロード・ケインが、本当守ってくれるのかな?」

「ッ………………!」


 垂れ下がる髪の隙間から私を見て、千鳥ちゃんは身動いだ。

 その瞳が揺れ動いて震えているのがわかる。


「私だったら、絶対に千鳥ちゃんを守るって約束できる。この心に、愛する友達に誓って、千鳥ちゃんを守り続ける! 友達としてずっと寄り添って、一緒に生き続ける! 千鳥ちゃんなら私が本気だってこと、わかるよね!?」

「────────!」


 千鳥ちゃんはまた一歩足を退げた。

 身体を強張らせている千鳥ちゃんだけれど、その戦意がどんどん崩れていっているのが見て取れる。

 私の言葉から逃れたい気持ちと、向き合いたい気持ちが鬩ぎ合って引き腰になっている。

 その瞳が、震えながら私を見つめて放さない。


「千鳥ちゃん!」


 地を蹴る。

 千鳥ちゃんに向けて、私は駆け出した。

 心の底からの想い胸に、その名を呼びながら。


 本当の名前クイナじゃなく、私の友達である千鳥ちゃんの名前を。


「私を信じろ! 友達でしょ! バカ!!!」


 左手だけで剣を持ち、自由になった右手を固く握る。

 小細工なんて何もしていないただの握り拳。

 私はそれを想いのままに、力任せに振るった。


 私から目を離さなかった千鳥ちゃんだったけれど、私の動きに全く反応できていなかった。

 迫る私を避けることもせず、拳を防ぐこともせず。

 ただ呆然と迫り来る私を見つめていた。


 そして、私の拳が千鳥ちゃんの頬を打った。


 取っ組み合いの喧嘩なんてしたことのない私のパンチなんて、大したことないと思う。

 でも、真正面から無防備に拳を受けた千鳥ちゃんはぐらりと身体を傾け、されるがままに仰向けに倒れ込んだ。

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