116 不吉な提案
蝶の羽の生えた背中から、羽を飛び越すように大量の糸が飛び出した。
細さはピアノ線のような糸だけれど、その蠢きと動きはまるで触手のよう。
視界を埋め尽くす量のそれが、放物線を描いて一斉に飛びかかってくる。
私は咄嗟に放電して可能な限り糸を弾く。
それでも突き進んでくるものには、凍てつかせて動きを阻止する。
更にまだ捌き切れない糸を今度は焼き払うと、その炎を掻き分けて四本の腕が伸びてきた。
私はすぐさまそれらに向かって剣を振るう。
しかし力の入らない姿勢での剣撃は容易に弾かれて、無防備を晒してしまった。
「させない……!」
大きな隙を見せてしまった私の穴を埋めるように、氷室さんが声を上げた。
私に飛びかからんとするアゲハさんの両脇に、その巨体すらも覆い尽くしそうな氷の塊を作り出す。
そしてまるでプレス機のように勢いよく挟み込でしまった。
その一瞬の間に私は体勢を立て直し、魔法でカノンさんとカルマちゃんの補助をしながら何とか着地する。
二人は辛うじて意識を保っていたけれど、複数箇所に渡って骨が折れているようで、とてもすぐには動けそうになかった。
『ちょこざいな!』
そしてすぐにアゲハさんが氷の塊を粉砕して姿を現す。
砕け散った氷たちをそのまま攻撃に転じさせようとした氷室さん。
けれどアゲハさんが巻き起こした羽ばたきの風圧で、逆にそれは押し返されて雹のように降り注いできた。
『弱い弱い! ただうざいだけだからさっさと死んじゃいなよ! 全員まとめてさ!!!』
「そんなことさせるもんですか!」
アゲハさんが高らかに叫んだのと同時に、千鳥ちゃんが電撃を放った。
地上から上空へ、まるで逆雷のように伸びた電撃を、しかしアゲハさんはいとも簡単に弾く。
『でも弱けりゃ死ぬの! そういう世界なの! アンタもよく知ってるでしょ!』
叫ぶアゲハさんの羽の周りに、まるで魔法陣のような蒼い円形の光がいくつも展開した。
するとそれは一つひとつが蒼い輝きを放って、さっきカノンさんたちに撃ったようなレーザーを大量に撃ち放った。
まるで滝が幾本も降り注ぐように、蒼い光の束が次々と降り落ちてくる。
私は急いで氷室さんと千鳥ちゃんの元に駆け寄って、大きく『真理の
しかし魔力を乗せた斬撃を放っても、そのレーザーの雨はとても捌き切れる量ではなかった。
「危ない……!」
後ろから氷室さんが私の襟首を掴んで、強引に後ろに引き摺って放った。
次の瞬間、私がいたところに取りこぼしたレーザーが突き刺さった。
間一髪のことに血の気が引いて体がこわばる。
そのせいで、次のことに対処ができなかった。
気がつけば、アゲハさんは地上まで降りてきていて、氷室さんの目の前にいた。
まだ降り注ぐレーザーの雨が残る中、氷室さんに覆いかぶさるように迫ったアゲハさんが、その脚を振り抜いた。
氷室さんは咄嗟に氷の壁を張ったけれど、アゲハさんの蹴りはそれごと氷室さんを押し飛ばした。
直撃はせずとも氷ごと蹴り飛ばされた氷室さんは、鈍いうめき声と共に私の横をすり抜けて吹き飛ぶ。
そして追い討ちをかけるように竜巻のような風の奔流が叩き込まれて、氷室さんはビルの壁に叩きつけられた。
「氷室さん────!」
『人の心配してる暇あんの!?』
思わず振り返りそうになった私の目の前には、もうアゲハさんの姿があった。
大きい口をガバッと開いて、まるでそのまま私を飲み込もうとでもしているかのように迫ってくる。
「まだ私がいんのよ!」
しかしその間に千鳥ちゃんが飛び込んできた。
バチバチと電気をまとって光速で滑り込んできた千鳥ちゃんは、そのままアゲハさんに飛びつく。
アゲハさんの体に千鳥ちゃんが触れた瞬間、空から沢山の雷が落ちた。
咄嗟に空を見上げてみれば、遥か上空に電気の塊のようなスパークが滞空していて、そこから千鳥ちゃんがまとう電気めがけて、電撃が落雷のように降ってきていた。
自らを避雷針のようにしてしがみつくことで、確実にアゲハさんへと電撃を届ける、捨て身に近い行動だった。
『────────!!!』
それそのものが与えるダメージはそこまで大きいようには見えない。
けれど続けざまに落ちる雷の応酬は、アゲハさんを確実に怯ませていた。
やがて千鳥ちゃんは自分からも電撃を放って、その反動で飛び退いてきた。
そして私の手を握って少し距離をとり、荒い息を整える。
度重なる電撃のショックにさすがのアゲハさんもやや怯んだのか、その動きは緩慢だった。
その隙に私たちは打ち付けられた氷室さんに駆け寄り、そして倒れているカノンさんとカルマちゃんを引き寄せた。
氷室さんはそこまで大きなダメージを負ってはいないようで、少し私に寄りかかりながらも自分の足で立つことができた。
カノンさんとカルマちゃんはこの間に魔法で傷を少し癒せたようで、体は起こせていたけれど、まだ立ち上がることは無理そうだ。
「このままじゃ、まずいわね」
現状を見て、千鳥ちゃんが呻く。
それに誰も言い返すことなんてできなかった。
このほんのわずかな間に、私たちは軽くあしらわれてしまったんだから。
「こうなったら…………覚悟を決めるしかないかもしれない」
ぎゅっと唇を噛んで、千鳥ちゃんは張り詰めた声で言った。
その言葉にとても不吉なものを感じて、私は咄嗟にその腕を掴んで顔を覗き込んだ。
「一体、何をするつもりなの……?」
「それは…………」
千鳥ちゃんは私の顔を見てから言いにくそうに顔を背けた。
迷いで瞳を揺らしてから、それでもそうするしかないという風に、ゆっくりと向き直って私の目を見る。
その唇は震えていたけれど、千鳥ちゃんはゆっくりと、確実に言葉を紡いだ。
「私が────転臨する」
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