111 ただ守る為だけに

 私と夜子さんを殺せば、千鳥ちゃんの命を保証すると約束した。

 アゲハさんの口から語られたその事実に、私はただただ呆然とするしかなかった。


 ロード・ケインが果たしてそんな約束をするのだろうか。

 だって彼は、アゲハさんの行動が成功しようがしまいが、どっちだって良いと思っている人だ。

 そんな人が、アゲハさんを動かす為にそんな提案をするのかな。


 もしそれを度外視したとしても、やっぱり魔女狩りの人がする提案とは思えない。

 魔法使いにとって魔女は、その存在を許さないもののはずだから。


 でも、現にアゲハさんはその約束の元私を殺そうとしている。

 それは揺るがない事実で、その言葉そのものは信頼に値する。

 だってアゲハさんはずっと、千鳥ちゃんの為に私を殺すと言っていたから。

 今までの言動とは、一応合致する。


「私は……!」


 限界まで切羽詰まったようなアゲハさんに、私もつっかえながら言葉を返す。


 友達なら千鳥ちゃんの為に殺されろと、アゲハさんは言った。

 でも、それはできない。千鳥ちゃんの為に死ねないわけじゃなくて、そこに絶対的な意味を見出せないから。


 千鳥ちゃんを守る方法は、絶対にそれだけではないはずだから。


「私は、それでもアゲハさんに殺されるわけにはいきません! だって、それじゃあ何の意味もないから!」

「アンタにはなくても私にはあんのよ! クイナさえ生きてくれれば、私はそれでいいんだからね!」


 今まで吐き出さなかった事実を曝け出したことで、アゲハさんは半ば自棄になっていた。

 取り繕うことをせずに、やたらめったらにその気持ちを叫び通す。


 それを受けた千鳥ちゃんは、これでもかと目を見開いたまま、ガクガクと震えが止まらないでいるようだった。

 滝のような汗をかき、呼吸は小刻みに荒い。


 散々千鳥ちゃんの為と言われつつも、アゲハさんの勝手な振る舞いに実感を持てていなかったんだ。

 けれどこうしてはっきりと口にされて、しかも自分を生かす為に私たちを殺そうとしていると知って、動揺が隠せないでいるんだ。


 わなわなと震えるその手を握ると、千鳥ちゃんは恐る恐る私の方を見た。

 まるで重大な罪を暴かれたような絶望的な表情で、血の気のない顔が私を見つめた。


「千鳥ちゃんが気にすることじゃないよ。千鳥ちゃんは悪くない。責任なんて、感じなくていいから」

「でも……でも、でも。私…………私、が……」

「大丈夫だよ。そんなことで千鳥ちゃんを恨んだりしないって。なんていうか私、ここ最近で命狙われることにちょっと慣れちゃったしね」


 今にも泣き崩れそうな顔をしている千鳥ちゃんの心をほぐそうと、朗らかに笑いかける。

 まぁ慣れてきてしまったのは事実だけれど、毎回死ぬほど怖いし、次はもう勘弁と思ってる。

 でもそんなことよりも、今は千鳥ちゃんが責任を感じないでいられる方が重要だから。

 私は何も気にしていないという風に語りかける。


 千鳥ちゃんはそうやって笑う私を少し見つめて、ぎゅっと唇を噛んで俯いた。

 そして私の存在を確かめるように手を握り返してきて、ふーっと息を吐いてから勢いよく顔を持ち上げた。


 その顔色は未だ青かったけれど、目にもう怯えはなかった。

 吹っ切れた訳ではなさそうだけれど、でもなんとか気持ちを押し潰されずに、心を据えたようだった。


「……アンタの言い分は、わかった。どこで何でそうなったのかはわかんないけど、でもしたいことはわかった。けどさ、やっぱ何度でも言うけど、私はそんなこと望んじゃいないのよ。私は、アリスや夜子さんを殺してまで、自分の安全を確保しようなんて、思ってない」

「何言ってんの? 元々クイナはそういう奴だったじゃん。臆病で弱っちくて、自分のことしか考えられない奴だったじゃん。何絆されてんのよ。アンタに、他人のことを考えてる余裕なんてあるわけ!?」


 必死で足を踏ん張って、負けじと前を見る千鳥ちゃん。

 そんな彼女にアゲハさんはイライラと眉をひくつかせながら怒鳴り散らした。


 その怒声にビクリとしながらも、千鳥ちゃんはブンブンと頭を振った。


「確かに、私はそういう奴だった。今だって、根っこはまだ変わってないと思う。でも私は、ここに来てアリスたちと出会って、自分以外にも大事なものがあるかもしれないって思えるようになってきたの! だから私はもう、自分だけが無事ならそれでいいなんて、そんなことは思えない!」

「生意気言ってんじゃないっつーの! いっつも私たちに守られてた癖に! 自分一人では生きてこられなかった癖に! アンタはね、私が守ってあげなきゃ生きていけないんだから、大人しく言うこと聞いてればいいのよ!」


 アゲハさんは癇癪をあげるように叫び立てた。

 千鳥ちゃんを想っていることはもう痛いほどわかる。

 けれど、やっぱり方法が正しいとは思えない。


 本当にアゲハさんが千鳥ちゃんを守りたいと思っているのなら、絶対に何か別の手段があったはずだ。

 そしてアゲハさんなら、それをするだけの力を持っているはずだ。


 だから私には、アゲハさんがその方法を選ばざるを得なかった理由が、何かあるんじゃないかと思わずにはいられなかった。

 敵であるロード・ケインと通じて、その果たされるかも怪しい約束の為に全てを裏切る理由が、何かあるんじゃないかって。


 でも、今それを聞き出せるような状態ではなかった。

 感情を吐き出したアゲハさんは、その想いのままに膨大な魔力を膨れ上がらせている。

 弱った体に鞭を打って、私たちを叩きのめし、私を殺そうとしている。


「ほら、やっぱり話たってどうにもならない! だからもういいのよ! わかって貰おうなんてはなから思っちゃいないし! 誰がなんと言おうが、私はアリスを殺す。そうするしかないんだってば!!!」


 蝶の羽が大きく開かれ、サファイアブルーが煌々と輝く。

 そこに禍々しい魔力が溜まっているのがわかり、私たち三人は身を寄せ合って構えた。


 ガリッと歯を食いしばりながら千鳥ちゃんが一歩前に出て、氷室さんもまた私を庇うようにそれに倣った。

 私も負けじと『真理のつるぎ』をぎゅっと握って、迫る攻撃に備えた、その時。


「────アリス!!!」


 ビルの上、上空から咆哮のような叫び声が降ってきた。

 ビクリとしながら上を見てみれば、木刀を大きく振りかぶったカノンさんが物凄い勢いで落下してきていた。


 もしかして屋上からでも飛び降りてきたのか。

 ボサボサの髪をバサバサとはためかせながら、足から降ってきたカノンさんはアゲハさん目掛けて落ちてきて、その落下の勢いに乗せた殴打をその片羽に叩き込んだ。


「っぃぁぁぁぁあああああああああ!!!!」


 アゲハさんの口から耳を劈くけたたましい悲鳴が上がった。

 二十メートル程の落下の力を乗せた木刀の殴打の威力は凄まじく、その一撃で片羽の根元を叩き潰し、断裂させていた。

 背中からドバドバと赤い血を流して仰け反りながら、アゲハさんは目の前にドスンと着地したカノンさんを血走った目で睨んだ。


「こ、のっ────────C9シーナイン!!!」


 怒りからか、それとも痛みからか。

 千切れた羽の傷を庇いもせず、アゲハさんは獣のような唸りを上げてカノンさんに手を伸ばした。

 けれどそれが届く前に、もう一つ何かが落ちてきた。


「やっほーーーー! カルマちゃんももっちろんいるんだよなぁこれが!!!」


 若干耳障りな甲高いハイテンションの声と共に、マントをはためかせたカルマちゃんが大鎌を携えて降ってきた。

 ザンと厚みのあるものをサックリと切断した音と共に、カルマちゃんが地面に転がりながら着地した。


 そして一拍遅れて、この世のものとは思えない絶望に満ちた悲鳴が響いた。


 もう片方の羽が、ほんの僅かな根元を残してすっぱりと切断されていた。

 蒼の輝きを失った羽が、真っ赤な血飛沫を上げながらぽとりと落ちる。


「カノンさん! カルマちゃん!」


 その血の気も引く惨憺さんたんたる状況の中で、けれど私は心強い友達の登場に意識がいってしまった。

 私の呼びかけにカノンさんはニィッと口の端を吊り上げて、カルマちゃんはぴょんと飛び跳ねてピースをしてきた。

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