93 興味がない

「なら、結局あなたの意思は何なんですか? あなたは、一体何がしたいんですか」


 ロード・ケインの言っていることが理解できないわけじゃない。

 自分の思惑通りに進むことばかりじゃないのはわかるし、したくないことをしなきゃいけないこともあるんだろう。


 でも、そうだとしても。

 ロード・ケインの言動は腑に落ちない。

 私にはどうも、言っていることがめちゃくちゃだというようにしか受け取れないんだ。


 子供だと馬鹿にされるの上等で尋ねると、意外にもロード・ケインは素直に答えた。


「僕はね、つまるところどっちでもいいんだ。お姫様である君が生きようが死のうが、実はさしたる興味がない」

「え……?」


 やんわりと微笑んでさらっと言ってのけるロード・ケインに、私は怪訝な視線を向けざるを得なかった。

 だって、魔法使いにとって私はなくてはならない存在のはずなんだから。


 ドルミーレの力、『始まりの力』を持つお姫様である私の存在は、全ての魔法使いが渇望するもの。

 私の生き死には、『まほうつかいの国』の趨勢すうせいに関わると言ってもいいくらいだと、私は今まで聞いてきた。


 なのにそれをこの人は、どっちでもいい、興味がないと片付けた。


「もちろん魔法使いにとって、国にとって君の存在は必要不可欠だということは理解している。だから立場の上では僕だって君を迎え入れるべきだと思っているし、実際そう動いているよ」

「だったら……」

「でもさ、本音は興味がないのさ。だから君を殺して自身の計画を推し進めようとしているデュークスの道筋も、まぁそれはそれでありかもしれないと思うわけさ」

「…………!」


 ロード・ケインはやんわりとした笑みを決して崩さず、世間話のようなテンションで他人事のように語る。

 そこに自分の意思や考えなんてものはなくて、周りの動きを遠巻きに眺めて外野から見分しているだけの言い方だ。


「僕個人として思うところがない。だからこそ僕は全体を俯瞰的に見ている。自分の感情や意思ではなく、今の自分はどう立ち回るべきかで動いているのさ」

「じゃあ、あなたには自分の目的はないってことですか」


 私は半ば吐き捨てるように尋ねた。

 この一見人の良さそうな男性は、呑気な顔でニコニコしながらその実恐ろしい考え方の持ち主だ。

 この人には私に対して、あるいは私を通したその先に対して、全くもって想いがない。


 今まで私に迫ってきた人たちは、魔法使い魔女問わず、自分の強い想いと信念をもって向かってきた。

 その正否はともかくとして、それが私にとって良いものかどうかともかくとして、そこには信じるものがあった。


 でも今私たちの目の前でヘラヘラとしているこのロード・ケインという人には、それがない。

 私を生かすも殺すもどうでもよく、ただ周囲に合わせているだけ。少なくとも私にはそう聞こえた。


 ニコニコと優しい笑顔と声色で語りかけてくるから、一見すれば優しいオジサンのようだけれど。

 今のところ私は、とてもこの人に対して好意的な印象を持つことはできそうになかった。


 そんな私の気持ちを察したのか、ロード・ケインは眉を上げて少し困った顔をしながら答えた。


「目的ならあるよ。僕にだって魔法使いとして、魔女狩りとして目指しているものは一応ある。むしろそれ以外に興味がない」

「でもあなたはさっき、信念とかはないって……」

「まぁいわゆる大仰で偉大な目的ってわけじゃない。ちっぽけな男の細やかな願いだよ。でも、その為にはやっぱり魔女という存在は邪魔だし、だから魔女狩りとして滅ぼしたいとは思っている。だけどその方法はどっちでも良いのさ。姫様の力に頼ろうが、デュークスの計画だろうがね」


 そう語るロード・ケインの声は、今までより少し締まって聞こえた。

 柔らかな笑みもどこか寂しげで、瞳には僅かに芯が通って見えた。


 他の魔法使いのように、私の力で魔法を発展させようとしたり、大きな力を得ようと考えているわけじゃない。

 ただその目的とかいう物のことしか眼中にないから、そこまでの過程には興味がない、そういうことなのかな。

 だとしても、流石に色々と適当すぎるとは思うけれど。


「国家に属する君主ロードとして、姫様の身柄を押さえるべきだと思うし、けれど親愛なる友人の思惑を支持したい気持ちもある。どっちでも良いからこそ、どっちも良いなと思っちゃうんだよね。だから、僕はどっちも進めてるのさ」

「どっちに転んだとしても、あなたとしては魔女が滅びればそれでいいから……?」

「そういうこと。だから姫様を迎え入れる方策をとる一方で、デュークスの姫君抹殺の手伝いをしてあげているわけだ。でも、別に僕が君を好んで殺したいわけじゃない」


 だから君の敵ではないよ、と言いたげな害意のない笑顔を向けてくるロード・ケイン。

 彼の言いたい事、考え方はなんとなくわかってきたけれど、だからといって信頼できるわけがない。

 どう考えても、一方的に敵意を向けてくるよりよっぽどタチが悪いと思った。


 その笑顔にどう反応したものかわらないまま隣に顔を向けると、氷室さんは珍しく不機嫌さが顔に出ていた。

 飽くまでクールな面持ちだけれど、その表情からは彼に対する嫌悪感が滲み出ていた。

 そんな乱雑な理由で刺客を放ち、私の身を脅かしている彼に、流石の氷室さんも気を荒立ているようだった。


 その奥、氷室さんの隣で縮こまっている千鳥ちゃんも、ひどく苦々しい顔をしていた。

 氷室さんの腕にしがみついて震えているままだけれど、ロード・ケインに対して控え目に向けている視線には複雑な感情が絡まっているように見えた。


「そんなわけだから、放った刺客が君を殺せても殺せなくても、僕はどっちでも良いのさ。まぁナイトウォーカーを殺ってくれたら助かるけど、彼女はおっかないからねぇ。無理は言わないさ」

「そんな軽い気持ちであなたは、ワルプルギスにスパイを放って、私たちに差し向けてきたんですか……」


 私は握っている氷室さんの手を思わずぎゅぅっと更に強く握りながら、恐る恐る言葉を返した。

 そんな私にロード・ケインは頬杖をつきながら素っ頓狂な顔をした。


「別に軽い気持ちじゃないよ。僕はいつだって真面目さ。本気でどっちに転んでも良いと思っている。だからこそどちらの手にもできる限りの策をとっている。それだけだよ」


 誤解をされちゃたまらないとでもいうように、ロード・ケインは少し目をキリッとさせた。

 温和な笑みのままだけれど、少しだけまとう空気が締まった。


「僕がここにいるのがその裏付けだとは思わないかい? 適当に何となくで、行く末を軽んじているんだとしていたら、僕はわざわざこっちまで来やしないよ。どっちに転ぶことになるのか、それによって打つべき次の手は何なのか。それを見極める為に僕はここにいる」

「それは……」


 少し真剣味を帯びた声に私は言葉を詰まらせた。

 あぁ、何が何だかわからなくなってくる。

 このロード・ケインという人は、確かに聞いていた通り何を考えているのかわからない。


 飄々としていて気楽で軟派で掴み所がない。

 何も考えていないようで、その実いろんな筋書きを描いているようにも感じる。

 言っていることはめちゃくちゃなはずなのに、それすらも深い思慮によるもののようにも感じてしまう。


 この人の口から出る言葉を、果たして鵜呑みにしていいのかな。

 包み隠さず話しているようにも見えるし、繰り出す言葉全てが嘘のようにも聞こえる。

 支離滅裂な言動のようで、でも理路整然としているようにも思える。


 この人の何が正しいのか、私はわからなくなってしまった。

 それでも私が自信を持ってわかったと言えることがある。


 ロード・ケインは決して、私にとって良い人ではない。

 それは私に刺客を差し向けてきたからじゃない。

 私のことなんて、はなから眼中にないからだ。


 いくら私にニコニコと愛想よく接してきたとしても。

 ことを構えるつもりはないと、害意はないと言ったとしても。

 この人は絶対に、私に益をもたらしはしない。


 彼の難しい思惑全てを理解することはできないし、するつもりもないけれど。

 そうやって彼なりに思案を巡らせている中に、私はいないことくらい理解できる。

 良い意味でも悪い意味でも、彼の中に私はいない。


 それは、私が今まで体験したことのない種類の恐ろしさだった。

 ぞわぞわと全身に細かい鳥肌が立って、全身全霊で嫌悪感を抱いてるのがわかった。


「まぁ、とは言ってもね」


 そんな私を気にすることなく、ロード・ケインはまた表情を緩めた。


「ちょっとくらいは手助けしてあげようかなとは思ってるんだ。僕は飽くまで頼んだ側だし、直結手を出すつもりはないけれど。だからといって頼んだ手前、ほっぽっておくのもねぇ」

「…………!」


 ガチャリとテーブルを揺らしながら、千鳥ちゃんが引きつった顔で立ち上がった。

 続いて氷室さんが敵意を剥き出しにしながら立ち上がり、二人してロード・ケインを見下ろした。

 対するロード・ケインは顔色一つ変えず、呑気な顔で二人を見返す。


「まぁ慌てない慌てない。散々言ってるだろう? 僕はここでことを構えるつもりはないよ。そう殺気立たないでよ。せっかくの可愛い顔が台無しだ」

「……なら、あなたは一体何を……」

「別に何も? 僕はこれ以上何も動かない。やるべきことは、準備はからね。もう大したことは残っちゃいない。僕がこれからすることといえば、可愛い女の子たちと楽しくお喋りをすることくらいかな」


 氷室さんの突き刺すような問いかけに、ロード・ケインは口の端をくいっと釣り上げて返した。

 その言葉が本当なのか、それとも戯言なのか全く判断がつかない。

 氷室さんは凍てつかせるような視線を突き刺してその顔色を窺っているけれど、やっぱりその思惑を図りかねているみたいだった。


 ロード・ケインはそんな氷室さんを一瞥すると軽やかにはにかんで見せて、それから脇にいる千鳥ちゃんに目を向けた。

 未だ震えて縮こまりながらも立ち上がった彼女を面白そうに眺める。

 その視線に千鳥ちゃんはビクッと体を震わせて、氷室さんの影に少し隠れた。


「ま。堅苦しい話はこれくらいでいいんじゃない? そろそろ楽しい話をしようよ。せっかく年頃の女の子が三人もいるんだから、オジサンはもっとピチピチした話がしたいなぁ」


 私たちの気持ちなど慮る気もないらしく、ロード・ケインは呑気な声でそう言った。

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