70 仲が良い
ひとまず立て込んだ話が一段落して、少し緩やかな時間が流れた。
もやもやや不安はあるけれど、前に進んでいくためにはくよくよしていても仕方がない。
休む時は休んで、気を緩める時は緩めないと参ってしまうから。
話が終わったことでカノンさんはカルマちゃんに引っ込むように言ったけれど、これがまた一苦労で。
好き勝手に喚き散らすカルマちゃんをカノンさんがガミガミと叱りつける様子は、わがままな妹を嗜める姉のようだった。
カノンさんとまくらちゃんは姉妹のように仲が良くて、お互いに大切にし合っているのが微笑ましいけれど。
カノンさんとカルマちゃんというこのチグハグの組み合わせもまた、違う意味で仲良く見えてしまう。
喧嘩するほど仲がいいというかなんというか。
まぁそれは端から見た印象でしかないんだけれど。
だっていくら今のカルマちゃんが前とは違うカルマちゃんだからといって、やっぱりカルマちゃんであることに変わりはなんだから。
新しく生まれ変わって、その性質や在り方が違うものになっていたとしても、やっぱりカルマちゃんだから。
ついこの間まで殺し合って二人に、きっと全くのわだかまりがないわけではないんだと思う。
でも、それでもきっとカノンさんはそれを飲み込んでカルマちゃんに向き合おうとしているんだ。
まくらちゃんが必要としたカルマちゃんを。まくらちゃんの一部であるカルマちゃんを。
だって今のカルマちゃんは、まくらちゃんがカノンさんを助けたいと思った気持ちから生まれたんだから。
カルマちゃんに対して容赦のないカノンさんだけれど、でもそういった感情が垣間見える。
だから二人のやりとりはどこか微笑ましく見えてしまうんだ。
カルマちゃんもきっと、自分自身の存在の問題とカノンさんの気持ちをわかっているからこそ、ああやって執拗にカノンさんに絡んでいるんだ。
まぁカルマちゃんの場合は、本当に何も考えていない可能性もあるけれど。
そうこうしていてようやく、カルマちゃんが眠ってまくらちゃんが目を覚ました頃、千鳥ちゃんが屋上から降りて来た。
さっきは泣き腫らして真っ赤だった目はもう治っていて、何食わぬ顔でやってくる。
その表情にはもう陰りはなくて、いつもと変わらないツンとした顔をしていた。
「あ! 千鳥ちゃんやっと帰って来たー!」
カルマちゃんとバトンタッチして目覚めたばかりのまくらちゃんは、千鳥ちゃんの姿を見つけると元気よく飛び起きた。
のっそりとブルーシートに上がった千鳥ちゃんめがけて勢いよく飛びついて、押し倒さんばかりに全身でしがみつく。
体格差のあまりないまくらちゃんからの突撃によろけながらも、千鳥ちゃんはなんとか踏ん張って受け止めていた。
「待たせたわね」
まくらちゃんのことを必死に抱きとめながら、千鳥ちゃんは少し気恥ずかしそうに言った。
千鳥ちゃんの方が断然お姉さんのはずなのに、その小柄な体格のせいか、中学生ほどのまくらちゃんと同世代のように見えてしまうのがなんだか微笑ましかった。
でも、ふにゃりと表情が緩んでいるまくらちゃんに対して千鳥ちゃんの顔はキリッとしていて、そこに関しては年相応のものを感じた。
「ちょっとアリス、なによその目は」
二人の微笑ましい抱擁の光景を眺めていた私に、千鳥ちゃんの鋭い視線が突き刺さった。
どうやらニヤニヤと緩んだ顔をしてしまっていたみたいで、千鳥ちゃんは不機嫌そうに私を睨んできた。
「別になんでもないよ? ただ、二人は仲が良いんだなぁって思って」
「嘘よ! 絶対今私のことバカにしてたでしょ! アンタのそういうの、私わかるんだから!」
「えー、してないよ、酷いなぁ。ただ、千鳥ちゃんとまくらちゃんが隣り合ってると、同い年くらいに見えるなぁって思ってただけで」
「ほら、やっぱ変なこと考えてたじゃない! 失礼ね! 私はアンタよりもお姉さんなんだからね!」
「わかってるよ。千鳥お姉ちゃん」
「もぅーバカにしてぇー!」
ムキーっと声を上げる千鳥ちゃん。
その様子は全くの普段通りで、さっきまでの暗さは微塵も感じさせなかった。
二人で話したことで気持ちを落ち着けてあげられたのならよかった。
千鳥ちゃんはやっぱりこうやって、元気にツンケンしてくれていた方がいい。
すぐムキになって感情的になって、思ったことを表現してくれるからこそ、こっちも気兼ねなく接することができるから。
千鳥ちゃんと話しているとついつい軽口を言いたくなってしまうのは、きっとこうやって彼女がストレートに接してくれるからだ。
「……………………」
まくらちゃんを抱きとめたままキーキーと喚く千鳥ちゃんと楽しく喋っている時だった。
隣に座っている氷室さんが不意に私の服の袖を控えめに摘んできた。
腕を引いてくるわけでもなく、ただちょこんと指先で摘むだけ。
「どうしたの?」
「……いいえ、別に」
顔を向けてみても、氷室さんは特に何を言うわけでもなかった。
なんでもないと言いつつ私の服から指を放す気配はなくて、どこかその指先には強い意志を感じた。
「何か心配事? 何か思うことがあったら言って?」
「……なんでもない。なんでも」
尋ねてみても、やっぱり氷室さんは何も言おうとはしない。
いつもとかわらないポーカーフェイスに、透き通ったスカイブルーの瞳。
けれどそこには若干、なんらかの感情が感じられる。
「氷室さん?」
しつこいかなと思いつつ、再度尋ねてみる。
普段は大人しくて無口な氷室さんだけれど、肝心なことはちゃんと言う子だ。
だからこうやって思うことをはぐらかすような仕草は珍しい。
覗き込むようにその顔を見ると、氷室さんはまるで怯えているかのように視線をキョロキョロと泳がせて、サッと私からそらした。
普段あまり見ない様子にその視線の先を辿ってみると、そこには千鳥ちゃんがいた。
そうやって向けた私の視線が千鳥ちゃんと合った瞬間、千鳥ちゃんは可笑しそうにニヤッと笑った。
「…………?」
その笑みの理由がわからず首を傾げていると、今度はぐっと腕を引かれた。
とっさのことに体勢を崩した私を、氷室さんが腕を抱きしめるようにして支えてくれた。
というか、私にしがみつく為に氷室さんが引っ張ったようだった。
「え? あれ? どうしたの?」
「…………なんでもない」
私の腕をぎゅっと抱きしめながら、氷室さんはいつも通りの静かな声で言った。
けれどその声色はどことなく低く、何かを押し殺しているようにも聞こえた。
わけがわからず間抜けな顔をしている私に、氷室さんは目を細めて腕を抱く力を強めてきた。
氷室さんは一体どうしたんだろう。
さっきはまではいたって普通だったのに、私が千鳥ちゃんと喋り始めてから急に……。
普段無口な氷室さんのことを特にどうと思ったこともなかったけれど、今だけは何か言って欲しいと思った。
どことなく不機嫌そうな気がするけれど、でも怒っているという感じでもない。
怒っていたら流石にこんな風に抱きついて来たりはしないだろうし。
こんなにくっつているのに、氷室さんの気持ちがさっぱりわからなくてもどかしい。
戸惑っている私に、カノンさんが楽しそうに笑いながら言った。
「大変仲が良いこって。ま、頑張れよアリス」
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