51 帰ろう

 少しの間抱きしめてもらってから、私たちは千鳥ちゃんたちの元に向かうことにした。

 レイくんいわく戦いは落ち着いたようだし、一刻も早く駆けつけたかった。


 クロアさんがみんなを守ってくれると約束してくれたけれど、レイくんの表情は芳しくなかった。

 クロアさんが負けてしまって全滅、といったことはないだろうけれど、レイくんたちにとってはあまり良い結果にはならなかったのかもしれない。


 それに対する不安もあって、私はさっきの場所に戻る足を早めた。


 道中で氷室さんに今日あったことを粗方説明する。

 ワルプルギスのアジトに一人で乗り込んだ私の行動には難色を示したけれど、言葉には出さずに黙々と聞いてくれた。

 そしてその後に襲いかかった戦いをよく生き延びたと、心底ホッとした顔をした。


 普段は表情を崩すことの少ない氷室さんにしては、とても珍しい顔。

 そこまで心配をかけてしまったんだと、私は反省した。

 逸る気持ちのままに向かうんじゃなくて、ちゃんと氷室さんに相談してから行動するべきだった。


 話をしながら駆け足で向かってしばらくした頃、千鳥ちゃんの目立つ金色の頭が目に入った。

 アゲハさんやクロアさんの姿はもうそこにはなくて、千鳥ちゃんとカノンさん、そしてカルマちゃんの三人だけが地面に座り込んでいる。


「千鳥ちゃん!」


 ぺたりと地面にへたり込んでいた千鳥ちゃんに、私は足を早めて駆け寄った。

 力なく呆然としていた千鳥ちゃんは、私のことを見るとその目に光を戻した。


「……アリス。よかった、アンタも無事だったのね」

「うん。千鳥ちゃん、大丈夫? カノンさんも、カルマちゃんも、みんな平気?」


 視線に合わせて膝をつくと、千鳥ちゃんは安心したようにふぅと息を吐く。

 表情は固いままだったけれど、体の力は息と一緒に抜けていった。

 大分疲れているようだけれど、目に見えたダメージは残っていないようで安心する。


「アタシたちはみんな無事だ。傷もほとんど癒せたしな」

「ちょー元気だよー! でも疲れたからもう一歩も動きたないけどね〜ん」


 私に向けてニカッと爽やかな笑みを浮かべるカノンさんと、変わらぬマイペースで塀にぐでんともたれ掛かっているカルマちゃん。

 二人とも地面に座り込んでいるものの、顔色はいいし声色にも力がある。


「アタシも身体は平気よ。てか、人の心配より自分の心配してなさいよ、アンタは」

「そういうわけにもいかないよ。みんな、私のために戦ってくれたんだから」


 みんな、私を守るために命をかけて戦ってくれたんだから。

 みんなにもしものことがあったら、それは全部私の責任だ。

 みんなの心配をしないなんて、そんなことはできない。

 本当だったらこの場を離れたくなかったんだから。


「千鳥ちゃん、それにカノンさん、カルマちゃんも。本当にありがとう。みんなが助けてくれたから、私なんとか生きてるよ」


 しっかりと頭を下げてお礼を言う。

 こういうことはちゃんと言うべきだ。

 だってこれは遊びじゃない。命をかけた戦いだったんだから。


 友達だって、助けてもらうのが当たり前だと思っちゃいけない。

 千鳥ちゃんは本当は逃げたかったのを、歯を食いしばって助けてくれたんだし。

 カノンさんやカルマちゃんに関しては、無関係といってもよかったんだから。


「まぁ、貸しにしておく」


 千鳥ちゃんは照れ臭そうに顔を反らしながらポツリと言った。

 そうやってぶっきらぼうに言うけれど、千鳥ちゃんが心から私のことを心配してくれていたのはわかってる。

 だから私は素直にありがとうと笑顔を向けた。


「気にすんな。アタシたちはダチだからな。助けんのは当たり前さ」

「カルマちゃんはねぇ、貸しいちの方がいいなぁ! お姫様に借り作らせといたら、なんかいいことありそうだし!」

「お前はちょっと黙ってろ!」

「いったぁ〜い! カノンちゃんひっどーい!」


 無邪気に笑うカルマちゃんの頭を、カノンさんが遠慮なく殴った。

 ゴツンと鈍い音がして、カルマちゃんは喚きながら頭を押さえている。

 全く容赦のない一撃だったけれど、カルマちゃんは喚いているほど気にしている節はなかった。

 なんだか、不思議な雰囲気が出来上がっているなぁ。


「……てか霰、アンタ来んの遅すぎよ。アンタがいれば、私が出張らなくてもよかったのに」

「…………」


 私の後ろに控えている氷室さんに、千鳥ちゃんがブスッとした視線を投げた。

 その恨みがましい視線に、氷室さんは変わらぬポーカーフェイスで黙々と返した。


「そ、それは無茶だよ千鳥ちゃん。それに、氷室さんはレイくんに迫られた私を助けてくれたし」

「……わかってるわよ。ちょっと、八つ当たりしただけ……」


 私が間に入ると、千鳥ちゃんはしょんぼりと俯いた。

 身体のダメージは特に問題なさそうだけれど、精神的に色々こたえているのは一目瞭然だった。

 気丈に振る舞おうとしつつも、気落ちを隠せずにいる。


「えっと、こっちはどうなったの? アゲハさんと、クロアさんは……?」


 眉をぎゅっと寄せて俯いてしまった千鳥ちゃんの手を握りながら、私はみんなを見渡して尋ねた。

 千鳥ちゃんは俯いたまま口を開こうとしなくて、カノンさんが答えてくれた。


「アゲハには逃げられちまったんだ。そんであのクロアってやつが一応後を追ってどっか行っちまって、その後はどうなったかわかんねぇ」

「そう、なんだ。捕まえたりはできてないんだ……」


 だからこそ、レイくんの表情は険しかったんだ。

 アゲハさんを取り逃がしたこと知ったから。

 でも、だとしたらアゲハさんはまた私を殺そうと探しているのかもしれない。


 その焦りが顔に出たのか、カノンさんが付け加えた。


「アイツは相当ダメージを負ってた。あそこからすぐお前を殺しに向かえるような状態じゃなかった。逃げ出すのがやっとって感じだったし、きっとどこかに身を潜めてるんだろ」

「そ、そっか……」


 アゲハさんが未だ自由でいることは不安だけれど、でも目の前の危険はひとまず回避できた。

 少なからずそのことに安堵して胸を撫で下ろす。

 誰も欠けることなく、私たちは生き延びることができた。

 問題を解決できたわけではないけれど、生きているのだから私たちの勝ちだ。


 千鳥ちゃんは思い詰めた顔で未だ俯いている。

 私がこの場を離れた後、またアゲハさんに何か言われたのかもしれない。

 そもそも千鳥ちゃんはアゲハさんと顔も合わせたくなかったんだから、あれだけ向かい合ってぶつかり合うだけでとても酷なことだったんだ。


 でも私のために勇気を出して立ち向かってくれた。

 今は、そんな千鳥ちゃんを労ろう。


「千鳥ちゃん、帰ろっか。みんなで、夜子さんのいるビルに帰ろうよ」


 にっこりと笑顔を向けて言ってみれば、千鳥ちゃんは私の顔を上目遣いで伺うように見た。

 そして眉を落としたまま、小さく頷いた。

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