27 醜悪美
ジャケットを脱ぎ捨てたことで、アゲハさんの肌の多くが露出した。
元から大きく開けっぴろげられていた蝶柄のタトゥーの入った胸元は当然のこと、丈の短いタンクトップはお臍の縦筋と引き締まったくびれを惜しげもなく見せびらかしている。
つるんとした綺麗な肩と、そこから伸びる細い腕。
ショートパンツからは胸元とお揃いのタトゥーが入った
大人の女性の肢体の美しさを凝集したようなその体躯に、思わず見惚れそうになる。
洗練されたその肉体は、美を極めていた。
透き通るような白い肌は張りがあって
ファッション雑誌の表紙を飾るモデルさんのような、文句のつけようのないスタイル。
いや、こぼれそうな豊満な胸を惜しげもなく晒し、肉付きのいい引き締まった脚を伸ばすその姿はグラビアアイドル向けかもしれない。
今まさにアゲハさんは私たちに敵意を向けてきている。
私に明確な殺意を向けてきている。
それなのに、状況にそぐわずアゲハさんの姿をまじまじと観察してしまったのは、彼女が発する魔力があまりにも
大きく開いている背中から、サファイアブルーに煌めく大きな蝶の羽が生えた。
人一人を優に包み込めるであろうその大きな羽は、少ない街灯に照らされてぼんやりと葵い輝きを見せる。
前にも見たことのある、アゲハさんが転臨の力を解放した姿。
それは人とは掛け離れた出で立ち。
あまりにも禍々しく、奇妙で
でも吐き気を催すような醜悪さの中に、超越した美を感じる。
醜悪美、とでもいえばいいのかな。
人間の範疇、理解の外へ出てしまったが故に至った頭ではわからない美しさ。
醜いからこそ美しく、
その本質は、きっと人間では理解のできないものだ。
そんな人外の羽を広げるアゲハさん自身が、女性としての美を極めていることで、そこには妙な色香が漂う。
妖しく美しい。悍ましく艶かしい。
目の前に立ちはだかる脅威に、けれどどうしても羨望の眼差しを向けてしまうんだ。
恐ろしいのに、見惚れてしまうんだ。
「ひっ…………!!!」
千鳥ちゃんは唇を噛み締めながら小さく悲鳴を上げた。
目の前で振り撒かれる凶悪な魔力に尻込みしている。
それでも私の腕をしっかりと握って、なんとか逃げまいと堪えている。
私はそんな千鳥ちゃんを見て、心を決めた。
千鳥ちゃんは私が守ってあげないと。
私のために、苦手なアゲハさんの前に飛び込んできてくれたこの子を。
今度は、私が守ってあげる番だ。
二人の間に一体何があって、千鳥ちゃんが何を抱えているのかはわからないけれど。
でも、それを堪えて私のところに来てくれた友達を、これ以上怯えさせてなんていられない。
「大丈夫だよ、千鳥ちゃん。私がいるから」
「ア、アリス……私……」
「千鳥ちゃんはもう一人じゃない。一人で堪える必要も、頑張る必要も、何にもないんだよ。私が一緒に立ち向かってあげるから」
顔を引きつらせ、この世の終わりのような顔をする千鳥ちゃん。
それは単純に、アゲハさんへの恐怖によるものだけではないようだけれど。
でも、今それを追求する時じゃない。
にっこりと笑いかけてみれば、千鳥ちゃんは私の腕をぎゅっと握ってきた。
不安そうに上目遣いで私を見上げて、口をきゅっと結んでいる。
「……私が、何者でも?」
「もちろん。私にとっては、千鳥ちゃんは千鳥ちゃんでしかないからね」
「私は、アンタの為に何もできないのに?」
「助けてくれたでしょ。もうしてくれたよ」
「私は、アンタが思うような奴じゃ、ないかもしれないのに……?」
「どんな千鳥ちゃんでも、私は好きだよ。臆病でも弱虫でも自分勝手でも。私はそんな千鳥ちゃんの為に、一緒に戦いたい」
縋るような問い掛け。弱々しく紡がれる言葉に、私は素直な気持ちで答えた。
アゲハさんとのさっきまでの言い争い。そしてアゲハさんへの恐怖が、色んな不安を駆り立てているようだった。
千鳥ちゃんが今まで抱えていた問題や恐怖、自己嫌悪を。
恐怖とコンプレックス。
そういったものが千鳥ちゃんを苛んでいることは、見ればわかった。
アゲハさんに対する苦手意識は、過去の因縁と、そういったものが織り混ざってできているんだ。
それを克服して乗り越えていくのは、きっと容易いなことじゃない。
立ち向かうことだって簡単なことじゃないんだ。
でも、今千鳥ちゃんは必死に逃げないでここにいる。
私のために、アゲハさんに向き合おうとしている。
そんな千鳥ちゃんを支えるのは、私の役目だ。
「誰の為とか、私の為とか、そんなこと考えなくていいよ。千鳥ちゃんは自分の為に自由に生きていいんだよ。私も自由に、心のままに生きようって思ってる。だから私は自分の心の思うままに、千鳥ちゃんを守るよ」
一歩前に出て、胸の前で拳を握った。
千鳥ちゃんの手から伝わる震えを感じながら、その気持ちを受け止めようと体に力を入れる。
誰の為にもなれない。その言葉は、誰かの為になりたいから出てくる言葉だ。
自分に価値がないことを責め、何かを成したいと思っているからこそ、その気持ちが湧くんだ。
臆病で弱虫で、卑屈で保守的で自分勝手で。それでも、友達の為に何かをできる自分になりたいと、その心は叫んでいるんだ。
うまくそれができない自分が嫌で、すぐ悲観的になってしまうけれど。
強がって意地を張って自分の弱さを押し隠して。でもそれは、自分がどうして弱いかを知っているからこそ。
怯えるその心は、いつでも温もりを求めてる。誰かに必要とされたいと喘いでる。
「大丈夫だよ、千鳥ちゃん。どんな時だって私が味方だから」
「アリスっ……」
そもそもは私を殺す為にやってきたアゲハさん。
だから、この戦いは私がケジメをつけなきゃいけないんだ。
私のせいで、怯え傷付く千鳥ちゃんをもうこれ以上見たくない。
泣きそうな顔のくせに、強がって眉を寄せる千鳥ちゃん。
でも、目尻は下がっていて弱々しさを隠しきれてない。
そんなごちゃ混ぜの顔で、必死に私を見る。
本当は今すぐ逃げ出したいはずなのに。
全てをほっぽり出してこの場を離れたいはずなのに。
私を置いていけないからと、それをせずに踏ん張ってくれている。
恐怖に震えながら、背けたい因縁に目を向けて。
私に縋りながらも、私を支えようとしてくれて。
そんな千鳥ちゃんの為にも、一緒にここを乗り越えよう。
「アゲハさん」
強く、願う。守る力が欲しいと。
封印の隙間を縫って、閉じ込められた心が私に力を貸してくれる。
心の奥底で眠る力が、呼びかけに応えて湧き上がってくる。
胸の内から湧き上がる力の奔流が、私を中心にして渦巻く。
可視化されるほどの魔力が私から荒れ狂うように吹き出して、波動のように広がっていく。
力の波に撫でられて、三つ編みが舞い踊り解けてしまった。
内側から風が舞い上がっているかのように、私の髪やコートがはためく。
傍に佇む千鳥ちゃんの金髪ツインテールもまた、勢いに流されて宙を泳いでいた。
「私はあなたに殺されません。千鳥ちゃんも、傷つけさせたりしません。あなたに私たちの、自由を奪わせたりなんか、しません!」
手の中に現れた『真理の
大きな蝶の羽を優雅に広げたアゲハさんは、そんな私を見て、困ったように溜息をついた。
「なんか、めんどーなことになっちゃたなぁ」
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