20 歪んだ愛

 暗い夜道の中でも、アゲハさんの出で立ちはよく目立だった。

 電飾の明かりに照らされてより輝きを増している、プラチナブランドのショートヘア。

 派手な明かりにも決して負けない、バッチリと決まったメイク。

 くっきりと露出した深い胸の谷間に、短いショートパンツから覗く白く眩しい太もも。

 何より、目が醒めるような赤いレザージャケット。


 大人の女性の色香を暴力のように振りまいたその姿は、紛れもなくワルプルギスの魔女・アゲハさんだった。

 他の誰かと見間違いようなんてない。こんな派手でセクシーで危なっかしい人を、私は他に知らない。


 ましてや、千鳥ちゃんと見間違えることなんて……。


「どういうことか説明が欲しいなぁ。どうやったかは知らないけど、せっかくアリスがここまで来たんでしょ? それをむざむざ、どこにやろうっての?」

「…………」


 アゲハさんの詰問に、クロアさんは苦い顔をして押し黙る。

 口調こそ軽く陽気だけれど、そこに込められた意味は重く鋭かった。


 アゲハさんは腰に手を当てて、くいっと色っぽくくねらせる。

 ただでさえすらり長い脚が、より強調されて思わず目を引いてしまう。

 作り物のように流麗な脚線美。よく引き締まったその脚は、それだけで凶器のように見えた。


 私たちを、クロアさんを見つめるアゲハさんの表情は、とても冷たく突き刺すようだった。

 薄く笑みは浮かべているものの、クロアさんを詰問するその目はどうしようもなく鋭い。


「姫様はレイさんにご用があったのです。レイさんがご不在の今、未成年である姫様を夜に長居させることはできません。ご自宅までお送りするところですよ」

「ふーん。予め考えておいた言い訳って感じ?」


 クロアさんはいつもの落ち着いた表情で、にこやかに返した。

 しかしアゲハさんはやれやれと肩をすくめて、その言葉を全く信じていないようだった。


「クロアさぁ。また勝手なことしようとしてたんじゃないの?」

「何が仰りたいのです?」

「レイも私もいない隙に、アリスをどこかへ連れ去っちゃおうって魂胆だったんじゃないのって聞いてんの」


 ピキッと空気が凍りついた。

 クロアさんの顔からは微笑みが消え、アゲハさんの視線は鋭さを増す。

 ほんの僅かでも動けば、すぐにでも殺し合いが始まりそうな殺伐とした空気が流れた。


 一体、何が起こってるの?

 二人はワルプルギスの魔女で、仲間でしょ?

 これって仲間割れ……?


 予期せぬ事態に私は動揺を隠せず、同時にアゲハさんの言葉にとてつもない不安を覚えた。

 クロアさんは、私をどこかに連れ去ろうとしていた……?

 確かに、部屋を出る時やたらと周囲を気にして、警戒していたけれど。

 それは、レイくんやアゲハさんにバレることを恐れていたからってこと……?


 そう考えるとぶわっと全身に鳥肌がたった。

 不安と恐怖が身体を震わせ、それに気付いたクロアさんが慌てて私の腕を強く抱き直した。


「ご、誤解でございます姫様……! わたくしは断じて、あなた様に害をなすつもりはございません!」

「どーだか。クロア、アンタってアリスのこと大好きじゃん? 大好きすぎるあまり、誰にも取られたくなーいって独占したくなっちゃったんじゃないのぉー?」

「アゲハさん! お黙りなさい!」


 泣きそうな顔で私に弁明するクロアさんに、アゲハさんは鋭い指摘を突き刺した。

 すぐさまキッときつい顔をしたクロアさんは、珍しく棘のある言葉で叱責する。

 しかしアゲハさんはどこ吹く風、いやらしくニタニタとした笑みを浮かべた。


「そういうの、良くないと思うなぁ私。それってさぁ、みんなの為にならないでしょ?」


 ゆっくりとこちらに歩み寄ってきながら、アゲハさんは言う。

 一歩脚を前に出すたびに、眩しいほどの白い肌が電飾の光に照らされてキラキラと光る。

 その光景は、今の状況に似合わずとても艶かしかった。


「ゾッコンなのはいいけどさぁ、独占は良くないんじゃない? そういうことしてると、信用なくすよ?」

「っ…………!」


 私たちの目の前まで近付いてきたアゲハさんは、舐めるようにクロアさんを見て、ねっとりと絡みつくような言葉を言い放った。

 クロアさんは苦々しい顔をしながら、唇を噛んでアゲハさんを静かに見返している。

 私の腕に絡まる腕は、恐怖に耐えるように震えていた。


 この二人が何故こんな言い争いをしているのか、私にはイマイチ状況が掴めなかった。

 けれど、アゲハさんが指摘する言葉は、私には的外れに聞こえなかった。


 クロアさんは私のことを強く想ってくれている。

 でも想ってくれているあまり、私には受け入れがたい行動をすることがある。

 普段は優しく包み込むような豊かさを持つ人だけれど、その絡みつくような深い愛が私の意思に反する時がある。


 それにさっきクロアさんは、私が封印を解放するのを嫌がっていた。

 私の意思ならばと受け入れてくれていたけれど、でも心の底から肯定しているわけではなさそうだった。

 もしかして、私に封印の解放をさせないために、レイくんやアゲハさんから私を離そうとしていた、とか……?


 考えれば考えるほど、クロアさんへの疑心が増してしまう。

 クロアさんは悪い人ではない。私のことを想ってくれる優しい人。

 けれど、その想いを拗らせて私の気持ちから逸れてしまう行動をすることを、私は知ってしまっているから。


「……アゲハさんは、そんなにわたくしを裏切り者にしたいのですか?」

「べっつに? 私そこまで言ってないよ? でもまぁ、状況は全てを物語っちゃってるかもね」

「…………」


 裏切り者。その言葉になんだか背筋が凍った。

 ワルプルギスの中での裏切りなんて、正直私には関係ない。

 けれど、ワルプルギスすら裏切る人が私に利のある行動をするとは思えなかった。


 私は無意識に、一歩クロアさんから離れてしまった。

 腕を抱かれているから完全に離れることはできないけれど、それでも一歩、距離をとってしまった。

 そんな私に、クロアさんは目を見開いて絶望的な表情を向けた。


 けれどすぐに柔和な表情になり、甘くとろけるような声を出した。


「姫様、わたくしのことをどうかご信用くださいませ。わたくしは決してあなた様に反することは致しませんとも。あなた様へのこの敬愛に誓って、断じてあなた様を傷付けるようなことは致しません」


 腕を抱く力が強まり、まるで蛸に締め上げられているようだった。

 切実に切迫した訴えは、鬼気迫るものを感じる。


「わたくしは、いかなる時もあなた様のお側におります。あなた様をお守りします。何者よりもあなた様を慈しんでおります。わたくしは姫様を愛しております。狂おしいほどに愛しております。この愛を果たす為ならばわたくしは、仇なすもの全てをくびり殺すことも厭いません!」

「っ────!!!」


 恐怖から、思わず身を強く引いて腕を振り払ってしまった。

 重くねっとりとした愛が絡みついてきて、それがおぞましくて堪らないと感じてしまった。

 クロアさんが私にその想いを語れば語るほど、その重すぎる愛が狂気の色を帯びていく。


 そうだ。クロアさんはこういう人だ。

 普段は確かに、落ち着いていて優しくて温かい。

 けれどその内に抱えた愛は、闇のように黒くねっとりと底がない。

 私を想うその気持ちは、私の理解できない法則によって私を縛り上げる縄になる。


 私はつい昨日、それを実感したばっかりだったじゃないか。

 クロアさんは優しくて良い人。だからそれに絆されていた。

 けれど良い人だからといって、私にとって必ずしも良いことをしてくれる人では、この人はない。

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