15 狂った魔女
千鳥ちゃんと連れ立ってショッピングモールを出ると、外はすっかり暗くなっていた。
下校してから駅前に繰り出してきて、ひとしきりウィンドーショッピングをして、おまけにさんざっぱらお喋りをしていたんだから無理もない。
人の数も先ほどに比べるとまばらになってきて、灯った街灯が帰宅を促しているようだった。
身震いするような寒さが肌を刺すのも相まって、足早に帰路につきたいと思ってしまいそうになる。
けれどそういうわけにもいかないし、そのつもりもない。
恐らくもう帰っているだろうお母さんに、友達と遊んでいて遅くなるとメールを入れて、千鳥ちゃんと賑わう駅前から外れた。
駅前の広場から離れれば、途端に夜道は暗く静かになった。
まばらに灯る街灯の光が辛うじて足元を照らしてくれている。
そしてその僅かな光源が千鳥ちゃんの金髪に反射して、それが心細さを少し紛らわせてくれた。
「ねぇ千鳥ちゃん。ちょっと聞いても良い?」
半歩前を歩く千鳥ちゃんの手をしっかり握って歩く中、しばらくの沈黙を破って口を開いた。
ちなみにこの歩き方は例の裏技のためらしい。
道がわかる千鳥ちゃんが、私の手を引いて先導することで辿り着けるだろうって。
「なによ、改まって」
「ううん、大したことじゃないの。ただの興味本位っていうか、知ってるかなぁって」
真面目な顔をしてこちらを見てくる千鳥ちゃんに、私は慌てて首を振った。
本当に、ふと聞いてみようと思っただけだから。
「千鳥ちゃんはさ、クリアって魔女のこと知ってる?」
「……!?」
昼間、善子さんから聞いた名前がどうも気になって尋ねてみると、千鳥ちゃんはあからさまにぎょっとして立ち止まってしまった。
不意に立ち止まるものだから私はブレーキが効かなくて、勢い余って頭同士をゴツンとぶつけてしまった。
「いったぁーい! なにすんのよバカ!」
「だって千鳥ちゃんが急に止まるからぁ!」
二人して頭を押さえて各々に喚く。
静まり返った夜道に二人の悲鳴が響いて、ほんの僅かに木霊した。
「アンタが妙なこと言うからでしょ! 大体、どうしてアンタの口からその名前が出てくるのよ!」
「そんなこと言われても。今日善子さんからその名前を聞いて、ちょっと気になって……」
ぶつけた頭をさすりながら千鳥ちゃんがキッと私を睨む。
まさかそんなリアクションをされるとは全く思っていなかった私は、ただただ困るばかりだ。
「五年前、私の鍵を巡る騒動の時にレイくんと一緒にいたんだって。詳しいことはわからないんだけど……」
「……なるほどね。まぁなんていうか、関わり合いにならないに越したことはないわよ」
少し不機嫌そうにプイと前を向いた千鳥ちゃんは、そう言うと乱暴に私の手を握り直して歩き出した。
わけがわからない私は、ただ吊られるようについていくしかない。
「千鳥ちゃんは、クリアって人のこと知ってるの?」
「まぁ、有名だからね。過激なレジスタンス活動をする狂った魔女よ」
「レジスタンスってことは、やっぱりワルプルギス?」
「いいえ、やつらの仲間ってわけじゃないみたい。ただ、ワルプルギスが起こす暴動や騒ぎに乗じて現れるから、全く繋がりがないってわけでもなさそうだけど」
狂った魔女、という言い方がとても引っかかった。
ワルプルギスの中にも積極的に騒ぎを起こす過激派がいるって言っていたし、その類の乱暴な人ってことなのかな。
そういえば私の命を狙ってきたワルプルギスの魔女、カルマちゃんも過激的で、おまけに狂っていた。
あんなわけのわからない人なら、確かに関わり合いにはなりたくない。
「五年前にこの街にやってきたとなると、もしかしたらまた現れたりするかな」
「……どうでしょうね。クリアはここ最近行方知らずって話を前に聞いたわよ。なんでも魔女狩りの
「え、そうなの!?」
つい昨日ロード・スクルドと対峙した私は、ロードというものの強さをよく理解している。
魔女にとって相手が魔法使いであるだけでも脅威なのに、ロードを相手に逃げ延びたなんて。
でもきっと、ただでは済んでいないんだろうな。
「私も詳しいことは知らないわよ。向こうを離れてしばらく経つしね。でも、絶対関わり合いになんてなりたくないし、正直名前も聞きたくないわ」
「ご、ごめんね……」
刺々しい物言いに私は慌てて謝罪する。
すると千鳥ちゃんは私の手をぎゅっと強く握りつつも、少し緩んだ顔を向けてきた。
「別にアンタが謝る必要なんてないわよ。だってアンタ、なーんにも知らないんだもんね」
「だ、だからこれから色々思い出しにいくんでしょ!」
優しい声色の中にちょっぴり意地悪が混ざっていて、私は思わずムッと返してしまった。
そんな私のことをクスリと笑って、千鳥ちゃんはまた前を向いてしまった。
絶対に関わり合いになりたくない、名前すら聞きたくない、狂った魔女。
同じ魔女からそんなことを言われる、そのクリアって人は一体どんな人なんだろう。
善子さんから話を聞いた時、氷室さんが反応を見せつつも何も口にしなかったのは、同じように思っているからなのかな。
ワルプルギスの魔女ではないとはいえ、五年前にこの街に来ていたのなら、きっと私は無関係ではいられない。
いや、もしかしたら過去、既に何らかの関わりを持っているのかもしれない。
その存在に不安はあるけれど、あまり気にしていても仕方ない。
今は、これから自分が向き合うべき運命に集中しよう。
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