13 裏技

「私、記憶と力を取り戻したいの。でも、どうしたらいいのかわからなくて」


 千鳥ちゃんにしな垂れかかりながら、私はおずおずと切り出した。

 あまり暗くならないように、なるべく普段の調子で。


「私にかかっている封印を解くためには鍵が必要。でもその鍵はレイくんに持っていかれてしまって。私はただ降りかかってくるトラブルを何とか振り払うのに精一杯で、自分から何もできてないの」


 本当なら私は、何が何でもレイくんから鍵を取り返して、一刻も早く記憶と力を取り戻さないといけない。

 過去の私を知る人たちのためにも。私の力を求めて襲いかかってくる人に立ち向かうためにも。


 でも私は目の前の出来事に翻弄されて、結局あれからレイくんに会えていない。

 クロアさんはその時が来るまで心積もりをしておけばいいと言っていたけれど、ただ待っているだけでいいわけがないんだ。


「どうやったらレイくんを見つけることができるのか、どうやったら鍵を取り戻せるのか。私にはさっぱり浮かばなくて」

「なるほどね。アンタにしてはうじうじした悩みね」

「ひどい! 私真剣なのに!」


 話せと言うから話したのに、千鳥ちゃんの言葉はとても素っ気なかった。

 けれどそれは投げやりでぶっきらぼうというわけではないのは伝わってきたから、私も言葉ほどの非難の気持ちはなかった。


「私はアンタの封印についてはあんまり詳しくないけどさ。でもその鍵がないと始まんないんでしょ? だったらそんなうじうじしてないで、取り返しに行くしかないでしょ」

「それはそうなんだけど。でもどうやって?」

「そんなの知らないわよ。自分で考えなさい」

「えー! それって相談受ける側としてどうなの!?」

「だって知らないんだからしょーがないでしょ!」


 頭を上げて非難をそのまま口にすると、千鳥ちゃんはバツが悪そうにしながらもヤンヤンと言い返してきた。

 逆ギレ甚だしいにもほどがある。私だってパーフェクトな答えが返ってくるとは思っていないけれど、もう少し考えてくれたっていいのに。


「千鳥ちゃんが話せって言うから話したのに!」

「そんな問題丸投げされたってわかんないわよ! 私は基本、余計なトラブルお断りなんだから!」

「それは……わかってるけど……! もう少しこうさ、考えるそぶりくらい見せてからでもいいじゃん」

「あーもーわかったわよ……!」


 抗議の声を上げると、千鳥ちゃんは額に手を当てて溜息をついた。

 溜息をつきたいのはこっちの方だ。もう少し頼り甲斐を期待したのに。

 まぁ、これも千鳥ちゃんらしいといえば千鳥ちゃんらしいから、ある意味予想通りではあるけれども。


「んーと。例えばさ、アイツらのアジトの場所とか、知らないの?」

「一応、拠点にしてる場所は知ってるけど……」

「知ってんの!? じゃあさっさと乗り込んじゃいなさいよ」

「そうもいかないんだよ。前にレイくんに暗示をかけられちゃって、行きたくても行き方がわからなくなっちゃったんだよ」

「はぁ〜?」


 シュンとして私が答えると、千鳥ちゃんは呆れたような声を上げて眉を寄せた。

 けれどすぐに何かに気が付いたように目を見開いた。


「行き方がわからなくなる暗示? じゃあ、場所はわかるわけ?」

「うん、一応ね。ただそこに行こうと思っても、道順を思い出そうとすると靄がかかってどうしても行き方がわからなくなるの」

「ちなみにそこ、どこ?」

「どこって、えーっと……」


 私が駅前から少し外れた所にあるラブホテルのことを説明すると、千鳥ちゃんはあぁと頷いた。


「私、そこ知ってる。てかアイツらそんなとこに居座ってんの。趣味わるっ」

「知ってるとどうなるの?」

「多分そこ、行けるわよ」

「え!?」


 とてもあっさりと言ってのける千鳥ちゃんに、私は思わず大きな声を上げてしまった。

 うるさいと千鳥ちゃんに睨まれて、慌てて小さくなって周囲を見渡す。幸いなことに誰も気に留めてはいなかった。

 夕方のフードコートの喧騒は、私一人の叫びくらいどうってことないようだった。


「行けるかもってどういうこと? どうやって行けばいいのかわからないのに」

「行き方がわからないのはアンタでしょ? 私はわかるもの」

「え、そんな単純なことで行けるの?」

「今回の場合は多分ね」


 レイくんは用心のために私に暗示をかけたのに、本当にそんな理屈で通用するのかな。

 千鳥ちゃんを疑っているわけではないけれど、そんな疑問が顔に出てしまったようで、千鳥ちゃんが補足してくれた。


「ヤツらも拠点に結界を張ってるでしょう。普通魔法使いや魔女が住処に張る結界っていうのは、その場所が住処であることを知っている人間にしか辿り着けないようにするものなのよ」


 そういえばそんなことをレイくんが言っていた気がする。

 私の家に氷室さんが結界を張ってくれたのにレイくんがやって来られたのは、既にあそこが私の家だって知っていたからだとか。


「つまり、そのホテルがヤツらのアジトだって知ってるアンタは、基本的にはそこに辿り着く権利を持ってるのよ。ただ暗示のせいで、自分から行こうとしても行き方がわからない」

「うん」

「対して私はそんな暗示かかってない。そのホテルへの道順はしっかりわかるのよ。それでも私一人だと結界の効力で見つけ出せないでしょうけど、アンタと一緒に行けばそれも問題ないでしょう」

「つまり、結界と暗示の隙間を縫った裏技みたいな感じ?」

「ま、そんなとこね」


 そんな単純なロジックで解決できることだったのかと、少し疑問は残る。

 でも、変に頭をひねって無理だと決めつけても仕方がないし、試してみてもいいかもしれない。

 それでダメな時なら、それはそれだ。


「あれ? 今の口ぶりだと、千鳥ちゃん私と一緒にレイくんの所に行ってくれるの?」

「中までは入っていかないわよ。その場所に連れてくくらいのことは、してあげてもいいわ」

「ホントに!? 千鳥ちゃん、私に付き合ってくれるの!?」

「連れてくだけだからね! 余計なゴタゴタはごめんなんだから……! でもまぁ、それくらいのことはね。だって一応……友達、なんだし」


 嬉しさに飛び上がる私に、千鳥ちゃんは恥ずかしそうに目をそらしながら頰をポリポリと掻いた。

 渋々と仕方なく、という体を装ってはいるけれど、それは明らかに千鳥ちゃんの好意だった。

 もっと堂々と言ってくれればいいのに。千鳥ちゃんは本当に素直じゃないんだから。


「ありがとう千鳥ちゃん。私、すごく嬉しいよ!」

「お、大袈裟よ! ただ連れてくだけなんだから。その後のことは一人でなんとかしなさいよね!」


 私が手を取ってお礼を言うと、千鳥ちゃんは優しさと恥ずかしさを誤魔化すようにギャンギャンと喚いた。

 そうやってつっけんどんな態度を取っていても、千鳥ちゃんが私のことを想ってくれているのは伝わってる。

 だから私は構わずニコニコと笑顔を向けた。


 素直じゃない千鳥ちゃんはバツが悪そうに顔を背けてしまう。

 その顔は不機嫌そうにブスッとしているけれど、きっとそれもただの照れ隠しなんだ。

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