5 正しくない

「それにしてもレイの奴、ホント迷惑極まりないよね」


 ひとしきり氷室さんのことを抱きしめた善子さんが、私の隣に座り直しながら言った。

 普段は穏健な表情だけれど、レイくんの話をする時は眉がぐっと寄る。


「私に対してもそうだったし、アリスちゃんにもさ。アイツが好き勝手自分勝手にして、私たちがどれだけ被害を被ったことか」

「まぁそれは、そうですね……」


 善子さんの場合、魔女になってしまった直接的な原因がレイくんだと言っても過言ではない。

 それに、レイくんに出会ったことで戦いに巻き込まれてしまったわけだし。


 私としても、レイくんへの想いはとても難しい。

 気さくでキザったらしいレイくんは人当たりこそいいけれど、確かにその自由さには頭を悩まされる。

 特に鍵を持ち去ってしまったことに関しては、流石の私も否定的な感情を抱かずにはいられなかった。


「私思うんだけどさ。真奈実は、レイに操られているんじゃないのかなぁ」


 ポツリと、そうであって欲しいという風に善子さんは呟いた。

 視線を落として不安げに呟くその姿は、普段の気丈さと比べると幾分か弱々しく見えた。


 真奈実さん。善子さんの親友の魔女で、でも今はホワイトと名乗りを変えてワルプルギスのリーダーを務めている人。

 真奈実さんは正義の人だと善子さんは言っていたけれど、私が相対した彼女の正義を、私たちは決して正しいとは思えなかった。


「レイは魅惑と幻惑の魔法が得意だった。アイツが真奈実に魔法をかけてあんな風にしてしまっているって言われたら、納得できる気がするだ」

「それは、真奈実さんが掲げた正義が間違っていると思うからですか?」

「……うん」


 善子さんはもじもじと手を組み、指を絡めながら控えめに頷いた。

 いつだって正しかったはずの真奈実さんが掲げたのは、魔女のために魔法使いを滅ぼすという正義。

 もちろん私はそれには賛同できないし、善子さんだってそうだ。

 真奈実さんの考えはいつも正しいと信じているからこそ、今の彼女は本当の彼女ではないと思いたいのかもしれない。


「確かに、その可能性はあるかもしれませんね。あの人が言っていたことは、私にもとても正義だとは思えませんでしたし」

「だからさ、やっぱりレイの奴を捕まえてとっちめないとどうにもならないよね」

「まぁ、とっちめるかどうかはともかく、しっかり話をしないとですね」


 私自身あれからレイくんとは会えていないし、面と向かってちゃんと話がしたい。

 善子さんと真奈実さんのこともそうだし、鍵のことに関しても。

 事と次第によっては、私はレイくんのことをちゃんと嫌いにならないといけなくなる。


「レイくんは近いうちに必ずまた私の所に来るはずです。その時こそ、ちゃんと首根っこ捕まえて全部喋らせましょう!」

「うん、そうだね。いつまでもアイツのペースに飲まれてもいられないしね」


 手を取って少し鼓舞するように言葉をかけると、善子さんはほんのり笑顔を取り戻して頷いた。

 善子さんは元気な笑顔の方が絶対に似合う。

 だから早くこの問題を解決させて、不安や悩みを取り除いてあげたかった。


「あ、そうだアリスちゃん。一つ思い出したことがあるんだよ」


 顔色の落ち着いた善子さんがふと声を上げた。

 私が首を傾げると、善子さんは少し迷ったように視線を泳がせてから言葉を続けた。


「この間さ、五年前のこと話したでしょ? その時にレイと一緒にいた魔女のことをちょっと思い出したんだ」


 言われてみればそんな人がいたって言ってたなぁ。

 その話を聞いた直後、当事者のシオンさんとネネさんに会ったから印象が薄れてしまっていた。

 レイくんのサイドに、魔女が一人いたって言ってたっけ。


「まぁ私は直接あんまり関わらなかったからさ。レイと一緒にいたっていっても、行動は別々だったから。直接話はしなかったから、もちろん自己紹介とか聞いてないんだけど。ただ、レイがその魔女のことをなんて呼んでたのか思い出したんだよ」


 善子さんは少し自信なさげに頭を掻きながら言った。

 それでもワルプルギスの情報が少しでもわかればと思って、私はうんうんと頷いて先を促した。


「三角帽子を被って黒いローブを着てる、いかにも魔女って感じの女の子。その子のことをレイは、クリアって呼んでた。帽子のツバで顔を隠してたから、わかることはそれくらいだったなぁ」


 クリア。それは初めて聞く名前だった。

 やっぱり私が知らないワルプルギスの魔女だ。

 向こうの世界にはレジスタンスとして活動している魔女が結構いるみたいだし、その内の一人なんだろうな。


 初めて聞く名前で、その人について何か心当たりがあるわけでもない。

 けれど何故だか、その名前に心がざわついた。

 もしかしたら封じられた記憶の中に、その魔女についての思い出があるのかもしれない。


「…………」


 ふと視線を向けてみると、氷室さんの眉がほんの少しだけピクリと動いて、けれどすぐにいつものポーカーフェイスに戻ったのが見て取れた。

 元々向こうの世界の住人だった氷室さんは、その名前に聞き覚えがあるのかもしれない。

 けれど閉ざした口を開こうとはしなかったから、私も特に言及をしなかった。


 けれどそのクリアという魔女も、私に関係のある誰かなんだろうなと、漠然と思った。

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