4 ハグ

 お昼休みのこと。

 突然やって来た善子よしこさんにお昼に誘われて、私と氷室さんはお弁当片手に屋上までついていった。

 ちなみに氷室さんが持っているお弁当は、当然私のお母さんが作ってくれた物。


 最近はなんだか当たり前のように訪れる校舎の屋上。

 本来は立ち入り禁止なんだけれど、魔法で鍵を開けられることをいいことに、もう普通に侵入してしまっている。

 真冬の空っ風が吹く屋上はとっても寒い。そうでなくてもそもそも気温が低い。

 物陰に腰掛けると氷室さんが周囲に風除けとかの魔法をかけてくれて、だいぶ居心地が良くなった。


「アリスちゃん、元気そうでよかったよ」


 三人で肩を並べてお喋りをしながらお弁当を食べ始めてしばらくした頃、善子さんはホッとしたようにくしゃっとした笑みを浮かべた。

 私は唐揚げを頬張りながらその笑顔に一瞬キョトンとして、それからすぐにハッと気が付いた。

 善子さんはこの間の晴香の件のことで、まだ私のことを気にしてくれているんだ。


「はい、なんとか。心配かけてすみませんでした」

「いいんだよ、心配は好きでしてるんだからね。それに、アリスちゃんは妹みたいなものだし、好きなだけ甘えてくれちゃっていいんだよ」


 慌てて口の中のものを飲み込んで、ぺこりと頭を下げた。

 そんな私に善子さんは優しい笑顔を浮かべながら頭を撫でてくれた。

 柔らかくて温かな手で撫でられると、とろんと心が蕩けてしまうかと思うほどに心地よかった。


 善子さんは元からこちらの世界の人だから、私というお姫様を巡る騒動には何にも関わりはない人。

 レイくんや真奈実さんのことがあるから、もちろん全くではないけれど。

 それでも魔女狩りやワルプルギスには、やっぱり関わりのない人で。


 それでもこうやって親身に心配してくれて、気に掛けてくれることは素直に嬉しかった。

 自分の不安や悩みだったあるはずなのに、それでも私のことを思いやってくれる。

 その気持ちに、私も誠意を持って応えないといけないと、そう思った。


「あの、善子さん。もし善子さんが嫌じゃなければ、話していいですか? 私に今、起きていることを」

「うん。話してくれるんなら、聞かせて」


 善子さんは真剣な声色で、けれど穏やかな笑みで頷いてくれた。

 私は氷室さんと顔を見合わせてから、ポツリポツリとこれまでのことを話し始めた。


 今の私にわかって、話せることを話した。

 私のお姫様という立場とその力。私の力を巡って好き勝手思惑を巡らせる魔法使いとワルプルギスたち。

『魔女ウィルス』の根源であるドルミーレの存在と、彼女こそが私の力だということ。

 そして全てに決着をつけるためには、レイくんが持って行ってしまった鍵を使って封印を解かなければいけないということ。


「……なるほどね」


 あらかた話し終えると、善子さんは腕を組んで難しい顔をした。

 私でも理解しきっていないことがあるし、うまく伝えられなかったかもしれない。

 顔をしかめた善子さんはしばらく考えるように目を瞑って、それからふわりと柔らかい労わるような笑みを浮かべた。


「大変なんだね。アリスちゃんはよく頑張ってる。偉いよ」


 そう言って私のことをぎゅっと温かく抱きしめてくれた。

 何を責めることも咎めることもなく、ただ優しく抱きしめてくれた。

 その胸に抱かれて、陽だまりのような心地よい匂いに包まれて、私の心はぽかぽかとした温もりに満たされた。


「善子さんは怒らないんですか? 『魔女ウィルス』の原因は私の中のドルミーレだし、私がお姫様だからこそ、善子さんを危険な事に巻き込んでしまったりしたのに……」

「怒るわけないでしょー。私を見くびってもらっちゃ困るなぁ。だってアリスちゃんはなんにも悪くないでしょ? なんにも間違ったことをしてないアリスちゃんを、私は怒ったりなんかしないよ」


 抱きしめられる柔らかさが心地よくて、私はついつい甘えてしまった。

 包まれる腕の力強さ、囁かれる言葉の優しさが私の心をほぐしてくれる。


「ありがとうございます。善子さんはやっぱり、正義の味方ですね」

「そんなカッコいいもんじゃないってば。今だって、自分が貫く正しさが本当に間違ってないかって不安だよ。でもこれは自信を持って言える。アリスちゃんは何も悪くない。だから責任を感じる必要なんて何もないんだよ」

「……はい」


 私の中に眠る全ての元凶、ドルミーレ。

 そしてそれを巡る騒動が、私の周りの人に色々な影響を及ぼしている。

 その責任を感じないことは難しい。

 けれど、こうして許してくれる人がいると、悪くないと言ってくれる人がいると、心はとても落ち着けた。


「…………」


 私たちが抱き合っていると、ちょっぴり氷室さんの視線を感じた。

 相変わらずのポーカーフェイスで、真っ直ぐ私たちのことを眺めている。

 その視線に気がついた善子さんはハッとした顔をして私から腕を解いた。


「ごめんごめん、氷室ちゃん。二人でハグしちゃってて」

「…………わ、私は、別に……」

「いやぁ、私たちがハグしてたから拗ねてたでしょ〜?」

「……そんな、ことは……」


 突拍子も無いことを言われて、氷室さんは俯いて前髪で顔を隠した。

 けれど善子さんはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて身を乗り出しす。

 氷室さんは完全に照れてしまっているようで顔をあげようとはしないし、もしかして本当に妬いてたのかな……?

 それはそれで、何だか私も照れる。


「素直になればいいのに〜。よし、じゃあこれで解決しよう。氷室ちゃんともハグする!」

「…………!?」


 戸惑う氷室さんをよそに、善子さんは素早く立ち上がって前に回り込むと、有無を言わさず抱きついた。

 その行動は氷室さんにとって完全に予想外だったようで、避けることも防ぐこともできず、ただされるがままに抱きしめられていた。


 慌てふためくも、どうすることもできないでいる氷室さん。

 ペットでも愛でるようにぎゅうぎゅうと抱きしめる善子さん。

 氷室さんがもし私たちのハグに妬いていたとしても、その解決法は少し違うんじゃないかなぁと、ちょっぴり思ってしまった。


「氷室ちゃんもよく頑張ったね。アリスちゃんのこと沢山支えてくれて。ありがとうね」

「……あの、その…………はい」


 氷室さんは大人しく善子さんに抱きしめられながらポツリと頷いた。

 善子さんの優しさやその気持ちが、氷室さんにもちゃんと伝わったのかもしれない。


「氷室ちゃんがそばにいてくれれば安心だよ。でも私もできる限りのことは力になるし、二人共頼ってね」

「はい、ありがとうございます」


 氷室さんを放さないまま、私と氷室さんを交互に見て微笑んでくれる善子さん。

 その笑顔がとても頼もしくて、私は力強く頷いた。


 昔から優しくて頼りになる善子さん。

 自分の正しさを真っ直ぐ信じて、周りの人のために手を差し伸べる善子さん。

 でも善子さんだって抱える問題があって、それは私とは決して無関係なことじゃない。

 こうやって支えてもらっている分、私も善子さんの力になりたいって思った。

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