19 異質な組み合わせ
お母さんが部屋に寝に行くのを見送ってから、私も自分の部屋に戻って制服から私服に着替えた。
廃ビルへと走った時にかいた大汗は夜子さんが綺麗にしてくれたけれど、結局その後冷や汗をたっぷりかいてしまったから着心地はとても悪かったし。
お母さんに会えたことで気分は大分良くなっていた。
何より、今まで堪えていた気持ちを涙として吐き出せたことが大きいと思う。
今は夜子さんやクロアさんと話していた時よりも大分気持ちが落ち着いていた。
ベッドに寝転んで少し思いに耽ってみる。
今日聞いて知ったことを頭の中で反芻して、自分なりに整理してみる。
正直受け入れがたいことや理解しきれないことが多いけれど、それで焦ったって何も変わらない。
今私がすべきことは、自分自身と自分を取り巻くこの状況を少しでも理解すること。
それは私自身のためでもあり、レイくんの思惑通り鍵による解放のための準備にもなる。
お母さんが帰ってきたことで、余計この場所にいたいという気持ちが強まった。
大切な家族が、大好きなお母さんがいるこの世界、この街、この家にずっといたいって。
だからやっぱり私は向こうの世界には行きたくない。どんなに求められて必要とされていても、今の私にとって一番大切なものは全てこちらにあるから。
そうやってしばらく、ベッドに転がりながら頭を巡らせていた時だった。
ピンポンと無機質なチャイムの音が響いた。
ふと時計を見てみれば、もう学校が終わっているだろう時間だった。
もしかしたら創かもしれないと、私はベッドを飛び降りた。
今朝は取り乱して乱雑な態度を取ってしまったし、いきなり学校に行かないと言い出したりしてきっと心配をかけてしまっただろうから。
足早に玄関に向かって少しつんのめり気味に玄関を開けてみれば、そこには案の定創が立っていた。
少しばつの悪そうな力ない表情で、大きな体を少し縮こめている。
「よ。とりあえず、元気そうだな」
「うん。今朝はごめんね、変なこと言っちゃって……」
控え目ながらも、それでも気丈に明るく振る舞う創に、私は素直に謝った。
心配していたよりも平気そうに見えたのか、そんな私を見て創は安心したように息を吐いた。
「いや、きっと俺が何か変なこと言ったんだろ。あんまり気にすんなって」
「ううん、そんなことないよ。私が悪いの。でも、もう大丈夫だから」
笑顔を向けてみると創は少しだけ難しい顔をした。
何か言いたげなようで、でもそれを我慢して飲み込んでいるようだった。
まぁ今朝あんなにあからさまに取り乱して見せたんだからそれも仕方ないかな。
いい加減創に心配かけすぎてるなぁ。
「まぁお前がそういうなら大丈夫か────えっとさ、実はアリスに用があるの、俺だけじゃないんだよ」
「…………?」
創は少しわざとらしく頷いた。それは自分に納得するよう言い聞かせているようだった。
それから少し困ったような顔をしてから、自分の背後を私に促した。
創の大きな体の背後を覗き込んでみれば、そこには氷室さんがポツンと佇んでいた。
いつもと変わらぬクールなポーカーフェイス。けれどその表情はどこか暗いような気がした。
でも何よりも、氷室さんが創と一緒にいることが意外すぎて、私は驚きの声を上げてしまった。
「え? 何事? 創、氷室さんと仲よかったの!?」
「あ、いや、そんなんじゃないっていうか……別に示し合わせて一緒に来たわけじゃないんだ。ここでばったり会っただけで……」
大したことではないと言えば大したことではない。
けれどこの二人の組み合わせがあまりにも異質すぎた。
そして創は、あまり親しくない氷室さんと鉢合わせたことが気まずくて堪らない様子だった。
「ま、そんなわけだから俺は帰る。明日はちゃんと学校行くぞ」
「あ、うん。ありがと……」
創は気まずさに耐えかねたのか、早口でそうまくし立てて、まるで逃げるように立ち去ってしまった。
氷室さんと親しくないからってそんなに緊張しなくたっていいのに。
まぁそれでも心配して顔を見にきてくれたことに感謝して、私は気持ちを切り替えて氷室さんの方を見た。
氷室さんは少しうつむき気味のままポツリと佇んでいて、私が目を向けるとほんの僅かに顔を上げた。
その仕草は何かを怖がっているように見えて、とても弱々しかった。
「氷室さん、来てくれてありがとう」
「……えぇ」
少し沈黙が流れた後、私が口を開くと氷室さんは小さく頷いた。
何を話すべきかと迷うように、そのスカイブルーの瞳を揺らしている。
「せっかくだし上がってよ。立ち話も何でしょ?」
玄関の扉を大きく広げて中へと促してみると、氷室さんは静かに首を横に振った。
「……じゃあ、ちょっと歩こうか」
代わりにそう提案してみると、今度はコクリと小さく頷く氷室さん。
外は寒いし家の中で温かい飲み物でも飲みながらと思ったけれど、氷室さんがそうしたいのならそっちの方がいい。
氷室さんに少し待っていてもらって、コートを取りに部屋に戻った。
家を出る前にお母さんに声をかけて行こうかと一瞬迷ったけれど、せっかく眠っているしメールを打っておくことにした。
「ごめん、お待たせ」
駆け足で家を出ると、氷室さんは微動だにしていなかったかと思うほどにじっと待っていた。
私が出てくるのを上目がちに見て、コクリと小さく頷いた。
普段から口数は少なくて大人しい氷室さんだけれど、今日は一段と物静かだった。
そんな氷室さんの手を取ってみれば、素直に手を握り返してきた。
ひんやりとするその手をしっかりと握って、私たちは白い息を溢しながら緩やかに歩みを進めた。
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