11 思慮と野心
「まぁ
ドリンクサーバーから黒くて甘い液体と透明で弾ける液体が注がれて、コップの中でシュワシュワと混ざる様を興味深そうに観察しながらネネさんはボソッと言った。
「結局は細かいことって、アリス様にとってはどうでもいいと思うよ?」
「どういうことですか?」
気の抜けた、どうでも良さそうな調子でポロリと言われて、私は思わず首を傾げた。
ネネさんは腰に手を当ててコップにコーラが注がれる様を覗きながら、うーんと唸った。
「アタシたち魔法使いの事情なんてさ、今のアリス様にはどうでもいいことだと思うんだよね。ライト様だってその束縛から解き放たれるのを望んでいたわけだし……でもまぁ、仕方ないのかもねぇ」
何とも煮え切らない言葉はいまいち要領を得ない。
ネネさんもどう言葉にしようかと迷っているみたいだった。
「ま、アリス様が知りたいと思って、そんで
そう言うとネネさんはさっと私に身を寄せて、後ろ手に腕を回して私の腰のあたりをきゅっと抱いて引き寄せた。
さらっとした深い黒色の髪が私を包むように撫でた。
私より少しだけ高い目線から、ニヤリと色のあるいじらしい笑みを向けてきた。
「最終的に選ぶのはアリス様だよ。何を知っても何を取り戻しても、そこからどうするかはアリス様次第。過去とか運命とか、そんなものに縛られててもつまらないっしょ」
キョトンと見上げることしかできない私にネネさんはくしゃっと笑うと、黒い液体が並々と注がれたコップを持って一足先に席へと行ってしまった。
ネネさんの言葉を反芻しながら、私は一足遅れて席に戻る。
そんな私の顔を見て氷室さんはほんの僅かに眉を動かして、私が腰を下ろしたのと同時に手を重ねてくれた。
「お手を煩わせてしまってすみません」
そんな私にシオンさんは申し訳なさそうに言った。
別に大したことをしたわけではないから、私はいいえと首を横に振る。
コーラに口をつけてその炭酸に目を白黒させているネネさんに目をやって、また小さく溜息をついてからシオンさんは話の続きと口を開いた。
「では。今の魔女狩りの中の流れとしては、最初に姫君の奪還の命を受けたロード・デュークスが主導となっていると言っても過言ではありません。姫君の奪還そのものは基本的に魔法使い全体の総意でもあるので、そこに含みを持つ者はあまりいません。しかし、主導するロード・デュークスがあなたの抹殺に方向転換したことが問題なのです」
改めて話が始まって私は居住まいを正した。
ネネさんは気ままに脚をパタパタとさせながらコーラを飲んでいるし、氷室さんは私の手を握って静かにポーカーフェイスを貫いている。
何だか全体的にちぐはぐとした光景だけれど、話だけは重い。
「そもそも私たち『まほうつかいの国』の住人は、始まりたる力を持つアリス様を姫君としてお迎えし、その力の恩恵に預かろうと考えていました。そしてその中で私たち魔女狩りは、姫君の力を持ってすれば魔女の掃討が叶うと知り、あなたが消えた後も独自に捜索をしていたのです」
そのことは何となく理解している。
私がこの力を持っているからこそ、『まほうつかいの国』でお姫様に祭り上げられたこと。
魔女狩りがこの力を利用した計画で魔女を掃討しようとしていること。
以前夜子さんもそんなことを言っていた。
「つまりいずれにしても、私たちにはあなたという存在は欠かせないものだったのです。王族特務という城仕えの魔法使いもまた、血眼になってあなたの捜索をしていました。ですので、いかなる理由を持ってしてもあなたの命を屠ろうとするなど、本来あってはならないことなのです」
「なのにロード・デュークスったら、あっさりアリス様を殺そうとするもんだから大騒ぎ。しかも勝手にね。ホント自分のことしか考えてないんだからさぁ」
ネネさんは頬杖をついてブスっと言った。
そんなネネさんを見てシオンさんはコクリと頷いた。
「姫君は魔女になってしまった。それ故に奪還から抹殺に切り替える。ロード・デュークスはそう一方的に告げてあなたに刺客を遣わしました。ロード・デュークスは魔女狩りの使命に厚いお方ですのでそう考えるのも理解できますが、姫君はひとまず例外だろうというのが他の
つまりD7が私を殺しに来たのはそのデュークスって人の個人的な思惑で、魔法使い全体の意思ではないってことなのかな?
確かにD4やD8が私のことを殺したいと思うようには見えないし、実際昨日D4に会った時、一応彼女は私の身を案じてくれていた。
「この間私を殺しに来たD7は、私がいなくても計画は果たせると言っていました。だから寧ろ、魔女になった私は邪魔だと」
「そうですね。ロード・デュークスは兼ねてより、姫君の力に頼らない魔女掃討の計画を提案していたようです。何度かそれは棄却されているようですが、彼はこの機に自身の計画を敢行しようとしているのかもしれません。使命とは別に、そういった思惑があることは否定できません。ロード・デュークスは思慮深い方ですが、同時に野心を巡らす方でもあります。己の研究と計画を誇示したいと考えているかもしれません」
シオンさんはやれやれと肩をすくめた。
派閥、という言い方をしていたし、他のロードのことについてはあまり肯定的ではないのかもしれない。
私としても、その人の自己満足や実力誇示のために振り回されているんだとしたら勘弁してほしいと思う。
「一度はあなたに差し向けられた刺客ですが、現状はロード・ケインの手によって抹殺の動きは抑えられています。ロード・デュークスとしては他の
「じゃあひとまず私は、魔法使いから命を狙われることはなくなるってことですか?」
「おそらくは。しかし、本来姫君を扱うのは城仕えの王族特務の仕事なんです。魔女狩りであるD4とD8が迎えに上がったのは、ひとえにあなたの旧知であるという理由に他ならない。今後あなたに関することが魔女狩りの手から離れる可能性も極めて高くなります」
「そうなると、どうなるんですか?」
特別魔女狩りの人たちに思い入れがあるわけではないけれど、全く違った人たちが関わってくるとなるとそれはそれで不安だった。
その王族特務とかいう仰々しい人たちは、一体どんな人たちなんだろう。
「わからない、というのが正直な答えです。しかしあなたの居場所が判明している今、王族特務が動くとなれば、あなたたちに抵抗の余地はないでしょう。王族特務にとって王族である姫君は最優先です。あなたの帰還に全力を投入し、迎えに上がることになるでしょう」
「そんな……!」
私は思わず氷室さんの手を強く握ってしまった。
それに気づいて慌てて放そうとしたけれど、氷室さんは手を握り返してくれた。
前回私を殺しにきたD7は、一人だからなんとか追い返すことができた。
最初のD4とD8もまだ二人だったから逃げおおせることができた。
けれどその王族特務とかいう人たちが、もし大挙を為して私を迎えにくるようなことになったら……。
想像もしたくなかった。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。王族特務に報告が上がるのはもう少し後になるだろうし」
青ざめているであろう私の顔見てネネさんがさらっと言った。
「魔女狩りは魔女狩りで、王族特務にアリス様が囲われていると不都合だからね。姫君の力を使って計画を果たしたい魔女狩りとしては、王族特務の手に渡る前にアリス様を手元に置きたいってわけ。だから王族特務には奪還失敗の報告すら、まだしてないんじゃないかな」
「ネネの言う通りです。今すぐに王族特務が動くことは無いと思います。しかし遠くない未来であることは確かですね」
「そう、ですか……」
すぐではないとは言われても、いつかはそうなるということ。
私はこの世界で、この街で家族や友達と変わらない日々を過ごしたい。
魔法使いに向こうの世界へなんて連れていかれたくない。
でも、ただそう喚いているだけ、といわけにももういかないのかもしれない。
私は、私の日常を守るためにもっと自分から動いていかないといけないのかもしれない。
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