3 家族みたいなもの

『もしもし。アリスおはよう』


 流石に心配になって電話をかけてみると、これが案外あっさりと出た。

 声色も特別変わりなく、いつもと同じ優しく明るい声が聞こえてきた。


「おはよ。晴香どうしたの? もう学校行かなくちゃ」

『あーごめんね。ちょっと具合悪いみたいで、今さっき起きたの。今日は学校は休もうかなぁ』

「大丈夫? 風邪?」

『かな? 多分大したことないよ。ちょっとだるいだけだしね。ま、サボる口実ってことで』

「えーなにそれ」


 ニシシと悪戯っぽく笑う声が聞こえてきた。

 しっかり者の晴香から、サボるなんて言葉が出てくるのは珍しい。

 心配させないように大したことないと言ってるだけで、実際は結構しんどいのかもしれない。


『とりあえず今日は休むよ。ごめんね、待たせちゃったよね』

「もぅ、そんなことはいいから。今日はゆっくり休んでてね。後でお見舞い行くから」

『じゃあプリンが食べたいなー』

「はいはい。じゃあ私たち学校行くね」


 さりげなくお見舞いの品を要求してきたことを適当にいなし、私は通話を切った。

 晴香の状態を話すと、創は困ったという風に肩をすくめた。

 とりあえず私たちは学校へ向かわないと。


「まぁとりあえず、大したことじゃなくてよかったな」


 二人で肩を並べて学校に向かって歩きながら創は言った。

 確かに返信がこなかったのが寝込んでいたから、というだけなら一安心ではある。

 けれど私としては一昨日の電話の方が引っかかっていて、いまいちスッキリとはしていなかった。

 どっちにしても、晴香に何か悩み事がありそうなことには変わらなさそうだし。


「でもそういえばさ、晴香が具合悪くて学校休むなんて珍しくない?」

「珍しい、というよりは初めてかもな。そもそもあいつが具合悪そうにしてるとこ、見たことないかも」

「確かに」


 晴香はとっても健康で、毎年皆勤賞を取ってしまうようなタイプだ。

 病欠なんてなかったし、ちょっと具合が悪そうということもなかった。

 晴香が調子を崩したところなんて、そういえば見たことなかった。


「もしかして今日、雪でも降るんじゃないか?」

「ちょっと変なこと言わないでよ。それに十二月なんだから降ってもおかしくないでしょ」


 私が肘で脇腹を強めに小突くと、創は間抜けな声を漏らした。

 別に晴香が調子を崩すのが珍しいからといって、そこまで珍しがるものでもない。

 それに季節柄もあるし、その比喩表現はとても適切とは言えなかった。


 いつもは三人で歩いている道のりを二人で歩く。

 どちらかといえばそっちの方が珍しいというか、違和感みたいなものがある。

 私たちはいつも三人でいすぎて、誰か一人が欠けると何だか変な感じがする。


 いつもと同じ道のりが、ちょっぴり違う風に見えた。

 二人で交わすとりとめのない会話も、どこか色が足りない気がする。


 ……なんだかこれだと晴香が死んじゃったみたいだなぁ。

 何で私はこんな感傷に浸っているような気になっているんだろう。

 たった一日、ほんの少し晴香がいない。それだけなのに。

 でもそれだけ私たちにとって、晴香がなくてはならない存在ってことなのかな。


 明るくて優しくて世話焼きで。

 晴香は私たちにとっての太陽みたいなものだから。


「やー! 少年少女おっはよー! 元気してるかい?」


 学校の校門の前までやってきた時、向かいから大手を振って元気いっぱいに声をかけてくる人がいた。

 金盛かなもり 善子よしこさん。正くんのお姉さんで、そして魔女。

 朝から元気よくにこやかに、いつも通りの緩いおさげを揺らしながら駆けて来た善子さんだったけれど、私たちが二人だけなのに気付いて首を傾げた。


「あれ? 晴香ちゃんどうしたの?」

「おはようございます、善子さん。晴香、何だか今日は具合が良くないみたいで」

「え、晴香ちゃん休みなの!? 珍しいねぇ」


 中学時代から私たちのことを知っている善子さんも、晴香の健康っぷりは知っている。

 たまげたというようにあからさまなびっくり顔をした。


「バカは風邪ひかないって言いますし、俺はだからアイツは風邪知らずなのかと思ってたんですけどね」

「創くんよ。それはお勉強で晴香ちゃんに勝ってから言った方がいいね。聞くところによると、創くんの前回の定期テストの成績は……」

「ちょっとちょっと! 何で善子さんが知ってるんですか!?」


 またいらんことを言った創を、善子さんが話題を変えることで逸らしていた。

 善子さんはそこら辺丁寧だよなぁ。私だったら容赦なく肘を食らわすところだよ。


 まぁ創が成績良くないのは事実だし、晴香はそこのところ真面目だからどちらかというと良い方だし。

 私はまぁ並みだけど、今それは関係ないよね。


「まぁ冗談はさておき、心配だなぁ。ただの風邪なの?」

「多分? 電話で話した限りですけど、そんなに大したことないみたいですよ。ダルいだけって言ってましたし」


 少しばかり創をからかってから、善子さんはパッと切り替えて心配そうに眉を寄せた。

 私の言葉を聞くとそっかと頷く。


「私からも後でメールしとこっかな。でも晴香ちゃんにお大事にって言っておいて。どうせ放課後お見舞い行くでしょ?」

「そのつもりです。プリンのおねだりされちゃいましたし」

「おーそれは大事なミッションだ。風邪の時はプリンとかアイスとか食べたくなるもんね」


 サッパリとした笑顔で頷いてから、善子さんはあっと思い出したような声を上げた。


「そうだアリスちゃん。今日お昼一緒に食べようよ────いつも創くんと食べてるんだっけ?」

「まぁいつもは三人で食べてますけど、別にいいですよ?」


 頷きつつも確認するように創に目を向けると、とくに気にしていなさそうに頷いた。

 普段決まり切ったように一緒に食べているけれど、だからといって必ずそうしようと約束してあるわけでもないし。

 創は創で男友達もいるし、たまにはこういうのもいいかな。


「それは良かった。ごめんねぇ創くん。創くんも混ぜてあげてもいいんだけど、女子同士のあられもない会話を聞かせるわけにもいかないじゃない?」

「ちょ、ちょっと善子さん! 変な言い方しないでくださいよ!」


 私の肩を抱いて目を細め、意味深な口調で言う善子さん。

 私が慌てて口を挟むとからかうように笑った。


「ごめんごめん。まぁでもガールズトークは男の子のには退屈でしょ?」

「もうそういうのに混ぜられるのは慣れましたけどね。コイツらの会話がガールズトークと呼べるのなら、ですけど」


 私を見て溜息混じりにそう言う創に、私は眉を寄せて睨んだ。


「でもまぁ気にせず持ってってください」

「なんだ、あっさりでつまんないなぁ。もうちょっと嫉妬を示しくれれば面白いのにー」

「今更嫉妬なんかしないですよ。四六時中一緒なんですから。もう家族みたいなもんですよ」

「あれ? 創にしてはいいこと言うね」


 普段口が悪くていらないことばっかり言うくせに、私たちのことを家族も同然だと言ってくれるなんて。

 思わぬ良い言葉に笑顔になって言うと、創はしまったという顔をしてから目を逸らした。


「うるさいなぁ。ほら、早く行かないとチャイム鳴るぞ」


 照れ隠しなのか歩調早めて先に行ってしまう創。

 私と善子さんはそんな背中をニヤニヤと顔を見合わせながら追った。

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