第4章 死が二人を分断つとも

1 その笑顔は太陽のよう

 雨宮あめみや 晴香はるかは私の幼馴染。

 隣の家に住んでいて、産まれたばかりの頃からずっと一緒にいる私の親友です。


 おっとりとした柔らかい性格で、いつもどんな時だって優しい。

 けれど案外芯が通った頑固っぽい一面もあったりして、こちらがたじろいでしまうぐらい主張が強い時もある。


 晴香は基本的に世話焼きで面倒見が良くて、私とはじめにとっては第二のお母さんみたいで。

 だから私たちの心配だったり、人によってはお節介と思うような世話焼きの時にこそ、そんな晴香の頑固な一面は顔を出す。


 でもそれが晴香の優しさからくるものだということを私たちはよく知っているから、口では色々言ってしまいながらもそんな晴香に押されてしまったりする。


 けれどやっぱり基本おっとりとしている女の子で、その柔らかい雰囲気に私は度々癒される。

 ふわふわとカールした栗毛に、お人形さんのように整った可愛らしい顔。顔を合わせるといつも太陽のような暖かな笑顔を向けてくれる。


 そんな子がいつも引っ付いてきてくれるのだから、これはだいぶ役得だ。

 優しくて可愛い私の自慢の幼馴染。私のことを誰よりもわかってくれる親友。


 思えば、喧嘩なんてほとんどしたことはなかったな。

 優しい晴香がいつも私に合わせてくれていた、ということもあったけれど、でもそれだけじゃない。

 私たちは基本的に、喧嘩になるほどに意見が分かれることがほとんどなかったんだ。

 それ程までに気が合う友達、というのもやっぱり貴重だよなと思う。


 私たちの中で喧嘩、というかちょっとしたいざこざが起きるとしたら、それは大抵晴香と創の間でだった。

 まぁそのほとんどは創が何かいらないことを言って、晴香はそれに膨れて、みたいなことであまり大事にはならないけれど。


 場合によっては私が晴香に加勢して、女子の結託で仕返しをする時もある。

 まぁそこも含めて信頼関係があるからこそのやりとりで、私たちが本気で喧嘩したことなんて、もしかしたらなかったかもしれない。


 でも思い返してみれば、私は一度だけ晴香に本気で怒られたことがあった。

 あれは確か五年ほど前。まだ中学生にもなっていない、小学六年生の頃。


 私は生まれて初めて、そして今までで唯一晴香にビンタされた。

 思いっきり、ほっぺたを叩かれたことがあった。

 でもあの時の晴香は目に涙をいっぱい溜めて、でも堪え切れなくてボロボロこぼしていて。顔を真っ赤にくしゃくしゃにしていて。


 そんな顔で怒られたら、どんなにほっぺたがジンジンと痛くても何も言い返すことはできなかった。

 だから私は晴香の言葉を粛々と受け止めて、ひたすらに頷いて晴香に謝った。


 最終的に怒っていたはずの晴香がわんわんと声を上げて泣き出して、私はそれを慰めるために結構長い間抱きしめてあげることになった。

 怒られているのか慰めているのかわからなくなりながらも、でもそこまで自分に感情を寄せてくれていることがとても嬉しかった。


 あの時どうしてそんなに怒られたのかは、正直あんまり覚えていない。

 唯一晴香に怒られたことだっていうのに覚えていないのは、事実その怒られた理由というのがあまり大したことじゃなかったから。


 少なくとも私にとっては本当に些細なことで、きっと他人からみても些細なこと。

 いつだって人のぶつかり合いなんていうのは、そんな些細なことの衝突から始まるものだと言ってしまえばそれまでなんだけれど。


 でもその時のそのことは晴香にとっては全く些細なことではなくて、だからこそ私は大層怒られた。

 自分が何をしてしまったのか本当に覚えてはいないのだけれど、でも晴香に心配をかけてはいけないと思ったことはよく覚えている。


 自分のことを心の底から怒ってくれるこの幼馴染に、もう心配をかけることはしてはいけないと。

 けれど今、私はまた晴香に心配をかけてしまっていて、とても不安にさせてしまってる。

 それがとても心苦しくて、そしてそれでも私のために何も言わないでくれていることが申し訳なくもあった。


 晴香はとっても優しくて、思いやりがあって気遣いのできる女の子。

 ずっとずっと一緒にいた私は、ついついそんな晴香に甘えてしまっていた。


 私たちは産まれた時からずっと一緒。

 晴香は私より一ヶ月先に産まれたから、私は晴香がいない時を知らない。


 ずっと一緒にいることを疑いなんてしなかった。

 私たちは幼馴染で親友。誰よりもお互いのこと知っていて、誰よりもお互いのことを想ってる。


 私が守りたい日常。私が守りたい平穏。私が帰るべき場所。

 晴香は、それに創もだけれど、そこが私の居場所だから。


 どんな運命に翻弄されたとしても、私はその居場所だけは失いたくないんだ。

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