3 守るためには
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「あ、もしもーし。いきなり電話してごめんね。元気してた?」
極寒の屋外とは違い、暖房が完備されたその部屋は暖かかった。
とあるビジネスホテルの一室。ベッドに腰を下ろしている女が一人、携帯電話で通話をしていた。
女は四十歳手前頃。長い髪をふわりと遊ばせ、その表情は若々しい。
女の実年齢を知らなければ、その見た目は十程若く感じられるだろう。
ベッドの上で足をパタつかせながら、女はまるで子供のようににこやかに笑いながら電話の相手に語りかけていた。
『……お久し、ぶりです……珍しいですね、電話なんて』
「あれ? もしかして寝てた? ごめんね。一応まだ起きているだろう時間にしたつもりだったんだけれど」
『……いいえ、違うんです。ちょっと、調子が……』
相手の芳しくない反応に女は慌てて言った。
しかし相手はそれを否定する。
「具合が悪い……なんて簡単なことじゃなさそうね。そっか。きちゃった、か……」
女は悲しげに目を伏せた。
それは相手に同情する気持ちというよりは、自分のせいで苦しめてしまっているという罪悪感による表情だった。
「ごめんなさいね。あなたには、とても負担をかけてしまってる。あなたが重荷を背負う必要はなかったのに。私のわがままで……」
『謝らないで、ください。私も、覚悟の上ですから』
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど……」
けれどやはり罪悪感はある。
どんなに本人がそれを望んで引き受けてくれたとはいえ、話を持ちかけたのは自分なのだから。
自分がその話を振らなければ、彼女はこんな目には合わなかったのだから。
『私はもう、あまりもちません。最後まで守り通すことは……できないと思います』
「ええ。それは仕方のないことよ。あなたが責任を感じる必要はないわ。それに、どちらにしたっていつまでも守り通すことはできないもの。いつかは、還るべきものだから」
むしろよく耐えてくれた方だ。
もっと早く限界がきてしまう可能性も十分視野に入れていた。
弱々しい声を聞いて、女は努めて気丈に返した。
自分がすることは同情ではなく、彼女が命を賭して引き受けてくれたことに確かな意味を与えること。
それこそが、無関係な人間を巻き込んだ自身の責任だと女は理解していた。
「あなたには本当に感謝しているの。感謝してもしきれないわ。あなたがいてくれたから、あの子は今日まで普通の女の子として過ごすことができたんだから」
『私は当然のことをしただけです。私は……絶対にあの子のことを守りたかったから……』
「いい友達を持って、あの子は幸せ者ね」
女は緩やかに微笑む。
自分は非情なことをしている。その自覚はある。
一人を守るために一人を犠牲にしようとしているのだから。
『まほうつかいの国』の姫君。始祖の力を受け継ぎし者。花園 アリス。
彼女を守ることはひいては世界を、二つの世界を守ることに繋がる。
しかし、だからといって一つの命を軽んじて良いわけではない。
けれどそれしか手段がなかった。
アリスの力を封じ込め、あらゆる超常から隔離して、普通の少女としての生活を送らせるためには、その方法しかなかった。
一人の罪のない少女に非業の運命を背負わせることになったとしても、そうするしかなかった。
その少女の優しさに漬け込んだと言われればそれまでだ。
実際のところそれで間違いはない。
アリスを守るために、アリスを想う少女の心に漬け込んだ。
それしか手段がなかっとはいえ、しかしそれは許されることではない。
「心配しないで。全てはいずれ還りゆく。いつかはあの子も、自らの運命に目を向ける必要があるのだから。いつまでも目を背けるわけにはいかないんだから。ただ、まだあの子は幼かった。今までの年月が、あの子の心を強くしてくれていると良いのだけれど」
『大丈夫、ですよ』
不安げにこぼした女を慰めるような、言い聞かせるような声がスピーカーから聞こえてきた。
その声は弱々しくも、けれど決然としていた。
『あの子は強い。誰よりも豊かで優しい心を持っています。それに、寄り添ってくれる友達だって、いるから……』
「……そうね、ありがとう」
その友達の中に自分を含めていないことは明白だった。
女は暗くなりそうな声を必死に押し留めた。
「力を貸してくれたのがあなたでよかったわ。あなたのような友達がいてくれたからこそ、あの子は今日まで無事に生きてこられたんだから」
『そんな、私は……。むしろ私の方があの子に支えられてきたみたいなものです』
謙遜するその声に、女はまた微笑んだ。
けれど、だからこそやはり罪悪感が込み上げてしまう。
良き友だからこそ、その運命を背負わせたくはなかった。
「ごめんなさいね。あなたには、もっと……」
『謝らないでください。私は……むしろ感謝してます。あの子を守る役目を私にくれて。あの子の側に、私を置いてくれて』
その言葉に迷いは感じられなかった。
その選択を少女は後悔していない。
「……あなたはよくやってくれたわ。最後は、もう何も気にしなくていいから、あなたの好きなようにして。きっと、あの子も受け入れる準備はできているでしょうから」
『……はい。でもきっと私、泣き言言っちゃうかもしれませんけど……』
「ええ。あなたにはその資格があるわ。だからもう、我慢しないでね」
『はい────それじゃあ、そろそろ切りますね』
「ええ、ありがとう。おやすみ、
プツリと通話が切れて、女はだらりと携帯電話をベッドに投げ出した。
のしかかってくる気怠さにその身をベッドに預けたくなったが、しかしそれではダメだと反対に立ち上がってみた。
自分には自分のすることがある。
そのために色んなものを踏みにじってきたのだから、今更気落ちしてなんていられない。
全ては友のため。そして最愛たるアリスのために。
女は意味もなく窓辺に寄り、凍てつくような寒さに白ばむ外の景色を見渡した。
部屋の中は暖房で暖かいが、外は些か寒すぎる。
白く染まった外の景色を眺めながら、女は重い溜息をついた。
女の名は、ホーリー・ライト・フラワーガーデン。
『まほうつかいの国』において、魔女狩りを統べる四人の
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