48 孤独は歌を奏でない

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 魔女狩り、C9シーナインは平凡な魔法使いでした。

 魔法使いになるための才能は持ち合わせていたけれど、優秀な魔法使いになる才能は持ち合わせてはいませんした。

 だからC9は平凡な魔法使い。平凡な魔女狩り。いいえ、魔女狩りとしては中の下でした。


 平凡な魔法使いであるところのC9は、本来魔女狩りになる程の魔術的素養を持ち合わせてはいませんでした。

 魔女を狩ることを生業とする魔女狩りは、一様に戦闘を得意とする者が多く、そして同時に魔法に深い見識を持つ者がなることが多いのです。

 無秩序な魔法を扱う魔女を制するためには、魔法に対するより深い知識と、それを行使する実力が必要だからです。


 けれどC9の魔法使いとしての素質は平凡で、ただ魔法使いと過ごすのならまだしも、魔女狩りになるには実力が及びませんでした。

 ならば何故彼女が魔女狩りでいるのかと言えば、それは彼女のそのあまりの粗暴さと有り余る力故でした。


 魔法の素養は平凡ながらも、荒くれ者のC9は戦闘行為に特化した性格と能力を持っていました。

 無鉄砲で猪突猛進で、魔法使いでありながら武器による接近戦を好む直情型の戦闘員、というのが彼女が見出された在り方でした。


 C9は戦闘行為においては魔法の素養の低さを物ともせず、その圧倒的なパワーで幾多の戦いを押し切ってきました。

 魔法使いとしては品がないと思う人もいたでしょう。C9が使うのは手持ちの武器の強化と身体能力を補助する魔法くらいのものだったのです。

 自らが魔法を使うことを誇りに思い、魔法そのものを尊いものと考えることが多い魔法使いからしてみれば、C9という魔法使いは異質の人間でした。


 だから、C9は孤立していました。いつも一人でした。一人ぼっちでした。

 けれどC9はそれをなんとも思いませんでした。一人なのは慣れているのです。ずっと一人だったのですから。


 彼女が生まれたのは没落しかけた魔法使いの家でした。

 両親共に魔法使いでしたがその実力は乏しく、そして両親共に病弱でした。

 魔法使いとしても人間としても力のなかった彼女の両親は、幼い娘を残して早々に死んでしまいました。


 没落しかけた魔法使いの家族を助けてくれる人などいませんでした。

 親類縁者も、弱い魔法使いの家族に関わろうとはしませんでした。

 なので幼い少女は一人で生き抜くしかありませんでした。


 幼い時から一人ぼっちだったC9は、一人でいることには慣れっこだったのです。

 ずっと一人で過ごしてきたせいか、彼女はコミュニケーションを取るのが苦手でした。

 ただでさえ他人から遠巻きにされる上に、他人と関わることが苦手だったC9には友達はできませんでした。


 常に周りを威嚇しているようなその表情や、品のない粗暴な話し方。

 一人で生きてきたが故に社交性を身につけられずに育った彼女に、歩み寄ってくれる人はいなかったのです。


 ただ一人で魔女を狩る日々。与えられた仕事を粛々とこなす日々。

 魔女狩り、C9として彼女は淡々と日々を過ごしていました。

 それしかすることがなかったのです。家族も友達もいないC9には、ただ暴れることしかすることがなかったのです。


 とある日のこと。

 C9に与えられたのは、不穏な動きをしているワルプルギスの魔女の討伐任務でした。

 いつも通り与えらた任務をこなすため、対象の魔女が潜伏しているという場所に向かったのです。


 そこでは二人の魔女が密談をしていました。

 プラチナブロンドの髪を惜しげもなく晒している魔女と、マントをまとってとんがり帽子を被っている魔女でした。

 二人が何を話しているのかはC9にはわかりませんでしたが、けれど興味はありませんでした。

 C9に与えられたのは彼女たちの討伐任務。彼女たちが何を企んでいるのかなど気にする必要がなかったのです。


 なのでC9は何も考えずに飛び込みました。

 魔女の相手など慣れたもの。毎日のように魔女を狩っていたC9にとって、魔女二人の相手など造作もなかったのです。


 けれど、その二人の強さはC9の予想を遥かに上回っていました。

 本来魔女が扱う魔法は魔法としての基盤が緩く、魔法の研鑽を積んでいる魔法使いにとっては児戯に思えることもしばしばなのです。

 つまり魔法の競り合いおいて、魔女が魔法使いに勝ることなどほぼありえないのです。

 それは魔法使いとして平凡なC9だとしても同じこと。


 けれどその二人の魔女の魔法は、C9が到底敵うべくもないものでした。

 はじめは逃げる態度を見せた二人の魔女でしたが、C9が追い回しているうちに気でも変わったのか、それともしつこいと嫌気がさしたのか、正面から応戦してきたのです。

 そして結果は惨憺たるものでした。C9は手も足も出ずに魔女たちに一方的にやられてしまいました。


 命からがら逃げ出しました。命が惜しいとは思いませんでしたが、魔女に殺されるのは嫌だったのです。

 それはC9の魔法使いとしての、魔女狩りとしてのささやかなプライドでした。


 そんなC9を魔女たちは追いませんでした。

 彼女たちはそもそもC9になど興味はなかったのです。

 生きていようと死んでいようとどうでも良かったのです。


 完膚なきまでに叩きのめされたC9は、安息を求めて近くの森に逃げ込みました。

 逃げるだけで精一杯で、その傷を癒す魔法を使う余力ももう残ってはいませんでした。

 けれどそれでいいとC9は思っていました。一人ぼっちな彼女には、悲しんでくれる家族も友人もいないのですから。


 死ぬことは怖くありませんでした。

 ただ静かに眠るように終わることができればそれでいいと思っていました。

 なのでそんな彼女にとってその静かな森はうってつけだったのです。

 誰もいない静寂の森で、一人寂しくその生を終えようとしていました。


「あれ、どうしたの?」


 誰もいないと思っていた森には女の子がいました。

 C9よりもいくつか年下の女の子。その女の子はC9を見つけると、とぼとぼと駆け寄ってきました。

 うざったいと思いつつも、彼女には女の子を追い払う力すらもうありませんでした。


「大変、傷だらけ。せっかく来てくれたのにこのままじゃ死んじゃう」


 そう言って女の子は魔法でC9の傷を治し始めました。

 その女の子は魔女だったのです。

 朦朧とした意識の中、その女の子が魔女だとはわかっていながらも、けれど何をする気にもなれませんでした。


 寧ろ初めて人に手を差し伸べれたことに戸惑いを感じていました。

 幼き日々を一人で生きてきた時も、魔女狩りとして戦いの日々を過ごしてきた時も、誰もC9に手を差し伸べてくれなかったのですから。

 彼女はいつも一人だったのですから。


「元気になったら一緒にいっぱい遊んでね」


 女の子は無邪気な笑顔で言いました。

 その笑顔を見て、C9は初めて他人を愛おしいと思いました。

 一人で生きてきて、友達や仲間を作らずに過ごしてきた彼女が、その優しさと無邪気さに触れて、初めて他人に関心を持ったのです。


 女の子は魔法を使い過ぎて疲れてしまったのか、しばらくして眠ってしまいました。

 C9の傷は完治こそしませんでしたが、急場を凌いだことでなんとか永らえることができました。


 穏やかな眠りにつくその女の子を、C9はどうしようもなく愛おしく思ってしまいました。

 ずっと孤独と戦ってきたC9にとって、唯一手を差し伸べてくれたその少女はまるで天使のようでした。


 自分に笑顔向けてくれる唯一の存在。遊ぼうと、一緒にいたいと言ってくれた唯一の存在。

 そして、力の限り自分を助けてくれた掛け替えのない存在でした。


 見れば女の子も一人ぼっちでした。

 魔女になってしまったことで家族に捨てられる者は少なくありません。女の子もその一人のようでした。


 自分と同じ孤独の身です。

 一人ぼっちだったからそこ自分を必要としてくれたその女の子を、C9は守りたいと思いました。

 その女の子の無邪気さは、C9の傷よりも荒んだ心を癒したのです。


 自分を救ってくれたこの女の子の為になることをしたいと思いました。

 自分に優しさを教えてくれたこの女の子のために、自分にできることをしたいと思いました。


 この女の子が望むのならば、ずっと一緒にいてあげたいと思いました。

 この女の子がしてくれたように、自分も手を差し伸べてあげたいと思いました。


 自分の魔女狩りとしての立場も、その女の子が魔女であるということもどうでもよくなってしまいました。

 自分に優しさを与えてくれたこの女の子のためならば、他のことなんてどうでもいいと思うようになりました。


 一人ぼっちで生きてきた今までの孤独の日々よりも、全てを捨ててでもこの女の子と一緒にいた方が自分らしくいられると思ったのです。

 でも何よりやっぱり、自分と同じように孤独に過ごしているこの女の子にもう寂しい思いをさせたくないと思ったのです。


 なのでその時から彼女は、魔女狩りであることを捨てました。

 C9というコードネームを捨て、いつの日からか名乗ることのなくなっていたカノンという本当の名前を思い起こしました。


 魔法使いであることも、魔女狩りであることもどうでもいい。

 ただ一人の人として、この女の子に寄り添っていたいと思ったのです。

 この女の子と平和に楽しい日々を過ごすことができるのならば、きっとそれが自分にとって一番幸せなことなのだと思ったのです。


『元気かな? 元気だよね? 元気みたいだね! それじゃあ一緒に遊びましょうっ! カルマちゃんと一緒に遊びましょーーーーっ!!!』


 けれどそんな日々は訪れませんでした。

 カルマが現れたことで、カノンが思い描いていた日々は実現しませんでした。


 女の子が眠りについて少しした時、そんな意気揚々とした声が響き渡ったのです。

 邪悪で殺意に満ちた、悪意のある声でした。

 まだ傷が残るカノンに奇襲をかけたカルマは、一人楽しそうに笑いました。


 カノンは戦いました。女の子を守るために戦いました。

 姿を現さず、狂ったように笑いながら物陰から攻撃を飛ばすカルマ相手に戦いました。

 幸い魔法使いのカノンにとって、魔女の攻撃を凌ぐこと自体は苦ではありませんでした。


『ありゃりゃ〜? 簡単には死なないの? まぁでもいいや。戦うのは好きじゃないけどー、簡単に死なないなら色んな殺し方試せるもんね! カルマちゃんラッキー! これでしばらく退屈しないやー!』


 こうして、戦いの日々は始まりました。

 孤独に生きた魔女狩りが、優しさに触れて全てを捨てて魔女の女の子を守ることを決めた矢先、殺しを楽しむ魔女に命を狙われることになったのです。


 けれどカノンは自らその日々を選びました。

 戦い続ける苦しみよりも、自分を救ってくれた女の子と共にいることの方が重要だったのです。

 自分を救ってくれた女の子を守りたいと思ったのですから、自分が戦い続けることなど苦にもならなかったのです。


 女の子が眠る度に奇襲をかけてくるカルマと戦う日々。

 けれどカノンは女の子と一緒にいられるだけで幸せでした。

 森の中で傷を癒してもらったあの時に、カノンの心は救われたのですから。

 それ以上のものはもう必要ありませんでした。


 だからカノンは、女の子を守るために戦い続けました。

 自分を救ってくれた女の子を守ることだけが、彼女の生き甲斐になったのです。


 ずっと一人で生きてきた彼女は、女の子を守るために生きるようになりました。

 自分のために生きていた彼女は、女の子のために生きるようになっていました。


 女の子の笑顔を見るだけで、戦いの疲れは吹き飛ぶのです。

 話しているだけで心の波が穏やかになるのです。

 その無邪気な寝顔がたまらなく愛おしいのです。


 ただ意味もなく、力の有り余るままに戦ってきた魔女狩りの影はもうそこにはありませんでした。

 C9の名を捨て、魔女狩りの立場を捨て、魔法使いの誇りも捨て。ただの一人のカノンという人になった彼女には、もう他に何もいらなかったのです。


 孤独の中でも失われなかった純粋さが、同じように孤独の中で荒んでいた彼女の在り方を変えたのでした。


「何があったって、どんな時だってアタシが一緒にいてやる。今度はアタシがお前を救う番だ」




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