45 戦う理由
それから私たちはもう一度三階に降りて、もう少し休んでおくことにした。
カルマちゃんが襲撃を宣言しているのは夜だから、その言葉を信じるのなら少なくとも日があるうちは落ち着いていられる。
その間にできるだけ休息をとって、万全の体制で望んだ方がいいということになった。
カノンさんは少し不満げだったけれど、カルマちゃんが今どこにいるのかわからない以上こちらから出向いていくこともできないので、渋々受け入れてくれた。
「アリス、ちょっといいか?」
未だぐっすりと眠っている千鳥ちゃんがいる三階に降りてきて少しした時、カノンさんは少しバツが悪そうに声をかけてきた。
機嫌が悪そう、といわけではなさそうだけれど、眉をぎゅっと寄せてムッとした顔をしていた。
いや、カノンさんが眉を寄せて怖い顔をしているのはいつものことと言えばそうなんだけれど。
私がいいよと頷くと、カノンさんは私を部屋の外に促した。
千鳥ちゃんはまだ寝ているし、私たちが出て行ってしまうと氷室さんとまくらちゃんが二人きりになる。
それに気がついたのか氷室さんが、私に助けを求めるような視線を向けてきた。けれどきっとここでするような話じゃないだろうし、カノンさんに付いて行かないわけにいかない。
まくらちゃんと仲良くなるチャンスということで、氷室さんには頑張ってもらおう。私は小さくガッツポーズを向けてからカノンさんに続いて部屋を出た。
そのまま階段を下って二階に降りる。
二階も他の階と変わらずボロボロで、人が生活できるようなものではなかった。
辛うじて残っているおんぼろな椅子に二人で腰掛けた。
「今更だけどよ、悪かったなアリス。お前らを巻き込んじまった」
重い溜息をついて、消え入るように言うカノンさん。
その姿には力がなかった。
「だから、巻き込まれたなんて思ってないよ。それにどちらかというと、私の方が巻き込んじゃってるかもしれないし」
アゲハさんに関しては完全にカノンさんには関係ないことだ。
カルマちゃんにしたって、今はお姫様である私を一番の標的にしている。
敵が同じワルプルギス所属の魔女だとしても、カノンさんが戦うのはまくらちゃんを守るためで、アゲハさんと敵対する必要はないし。
「アタシだって別に巻き込まれたなんて思ってねぇよ」
「じゃあ一緒だね」
「ああ。アタシはお前たちのこと、ダチだって思ってる。まくらも懐いてるみたいだしな。困った時はお互い様だ」
そう言ってカノンさんは気さくに笑った。
いつも怖い顔ばっかりしているけれど、こうして笑っていると普通の女の子と変わらず可愛らしい。
そんなカノンさんをにこやかに見つめていると、カノンさんが居心地悪そうに私を睨んだ。
「な、なんだよ。なにジロジロ見てんだよ」
「カノンさんも笑うと可愛いんだなぁって」
「か、かわ────」
途端にカノンさんは口をパクパクさせて顔を赤らめた。
可愛いなんて言葉は言われ慣れていないのかもしれない。
まぁ確かに、普段の威圧的なカノンさんを可愛いと言う人はいないだろうなぁ。思ったとしても怖くて言えない。
「な、なに言ってんだよお前。アタシが、可愛い、なんて……」
尻すぼみにボソボソと呟くカノンさん。
身なりに気を使っていないし、顔も怖いし口も悪い。けどやっぱり女の子だし、可愛いと言われて悪い気なんてするわけないよね。
嬉し恥ずかしなのか、カノンさんは私から視線を外した。
「可愛いってのは、まくらみたいなのを言うんだろう。アタシはそんなんじゃねぇよ」
「確かにまくらちゃんはまくらちゃんで可愛いけどさ。カノンさんはまた違う方向性の可愛さというか。なんだろう、ギャップかな? 普段は怖い顔してるのに笑うと可愛いのは、なんかこう、ぐっとくる」
「うっせぇ」
べしっと脳天をチョップされた。でも全然痛くない。照れ隠しが見え見えだった。
そんな姿もまた可愛らしいんだけど、あんまり言うと本気で怒りそうだから、私はごめんごめんと謝ってそれ以上の追撃はしなかった。
「なぁアリス。お前は何のために戦うんだ?」
少しして普段の調子に戻ったカノンさんがポツリと言った。
「お前は姫君だろう。記憶と力を忘れたとは言っても、その事実は揺るがない。本来ならお前は『まほうつかいの国』に帰るべきなんじゃないのか? もしそれが魔女になっちまったことでできないとしても、お前がワルプルギスと敵対する理由が見当たらねぇ」
「うーん。まぁ、色々あるんだけどね」
私自身まだまだわかっていないことが沢山。自分自身のことなのに。
けれど、私自身の意志ははっきりとわかる。
「私は、自分が知らない過去や事実よりも、今の方が大切だと思うの。今まで過ごしてきた日々や、一緒にいる友達の方が大切。だから、それを脅かす魔法使いやワルプルギスについていけない」
自分勝手かもしれないけどね、と付け加えるとカノンさんは首を横に振った。
間違っていないと言ってくれているような気がして、少しホッとした。
「私のお姫様の力を求めて色んな人がやってくる。私を連れ去ろうとしたり、見守ると言ったり、殺そうとしたり。私はそんな人たちに振り回されてばかりで、そして友達が私を守って戦ってくれる。魔法使いもワルプルギスもみんな身勝手で、私の味方なんていない。私の味方は友達だけ。だから私も、友達を傷つける人と戦うの」
「同じ魔女であろうと。かつての仲間であろうと、か」
カノンさんは静かに言った。
その口ぶりはどこか自分に照らし合わせているようで、噛みしめるような言い方だった。
「うん。自分の命を狙ってくるような人とはもちろん戦わなきゃ生き残れないし、友達を狙ってくる人だって許せない。けれど根本は全部『魔女ウィルス』のせい。『魔女ウィルス』さえなければ魔女狩りは魔女を殺す必要がなくなって、ワルプルギスだってレジスタンス活動をする必要がなくなる。そもそも魔女がいなくなる。誰も争う必要がなくなる。だから私は『魔女ウィルス』をなくしたい。そのためにも、私は死ぬわけにはいかないの」
私の言葉にカノンさんは目を丸くした。
突拍子もないことを言っているのはわかっている。
D7にもホワイトにも笑われたこと。普通に考えれば不可能なことなんだ。
でも、それを目指さないと私も友達も救われない。
「だからね、私は自分がどんなに無力でも逃げないよ。今は力を貸してもらわないと何もできないけれど、でも戦うことからは逃げない。だって、私も友達を守りたいから。できることをしたいの。みんなが求めるお姫様の力なら、そんな途方も無いことだってできるって信じてる。私って馬鹿かな?」
「ああ、馬鹿だな」
カノンさんはバッサリと言い切った。
何の遠慮もせず、思ったままをストレートに。
「大馬鹿野郎だ。でも、いい馬鹿だ」
カノンさんはニシシと楽しそうに笑った。
つられて私も笑う。
「そういう馬鹿は好きだ。自分の心に正直に、ひたすらに真っ直ぐで、信じたものを疑わない。そんなお前なら背中を預けられる」
「私もカノンさんのこと信頼してるよ。顔は怖いけど、カノンさんが優しい人だって知ってるもん」
「顔が怖いは余計だ」
ポカリと肩を小突かれた。
「こうして出会ったのも何かの縁だ。アタシがまとめて守ってやる。ま、とりあえず今日のところはな」
「頼りにしてるよ。でも、私だって守られてばっかりじゃないんだからね」
「でも確かお前って、魔法も姫君の力も使えないへっぽこじゃなかったか?」
「もー! へっぽこって言わないでよー! まぁ事実だけど……」
事実を言われてむくれる私を見て、カノンさんは楽しそうに笑った。
「拗ねんな拗ねんな。大丈夫だ。お前ならきっと力を見出せる。アタシが保証する」
「ホント?」
「ああ。だからさ、もしもの時は、まくらを頼む」
カノンさんは爽やかな笑みを浮かべていたけれど、その奥には何か秘めているものがあるように感じた。
私には言えない何かがあるのかな。
けれどそれを聞く勇気は私にはなくて、私は何も答えられずにただ頷くことしかできなかった。
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