43 後悔

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「あぁーどうしよう。絶対アリスに嫌われちゃったよぉ……」

「いや、お前馬鹿だろう」


 とある人気のない路地裏で、膝を抱えてうずくまるD4ことアリアを、D8ディーエイトことレオは溜息交じりに見下ろした。

 昼間でも薄暗いその路地裏で黒いコートを身にまとっている二人は、まるで闇に溶け込んでいるようだった。

 レオが咥えるタバコの火だけが妙に目立つ。


「だって、だってさ。なんかあの子を前にしたら、つい……」

「まぁ、気持ちがわからないでもないけどよぉ」


 まるで子供のようにうずくまって、今にも泣きそうに顔を歪めるアリア。そんな彼女を見てレオは頭を掻いた。

 アリアは普段は温厚で思慮深く、魔法使いとしての実力も高い優秀な人間だ。けれど一旦スイッチが入ってしまうと、やり過ぎたり歯止めが効かなくなってしまう時がある。

 アリスの言葉のどこに彼女が心を揺さぶられたのかまではレオにはわからなかったが、けれどこうなるであろうと予測はついていた。


「絶対に嫌われたよね。だって怒らせちゃったし、傷付けちゃった……」

「そんなに落ち込むならもっと考えて行動しろよ」

「うっさい。レオには言われたくない」

「へいへい」


 明らかな八つ当たりを適当に流す。アリアは落ち込むと長い。まともに付き合っていても仕方がないことを、レオは今までの経験から知っている。

 アリアの機嫌が落ち着くまでの間は適当にあしらっておこう。

 タバコの煙を無造作に吐き出しながら、レオはいつも通りの対応をすることに決めた。


「……アリスは、ワルプルギスと接触を持っているみたいなの」


 しばらくして吐き出したいことを吐き出し切ったアリアは、思い出したように呟いた。

 ワルプルギス。姫君を信奉し、魔法使いに叛旗を翻すレジスタンス。

 彼女たちもまた姫君の身柄を求めているということが判明したのはつい先日。D4とD8による姫君奪還任務を妨害した魔女がレジスタンス関係者である、という予見から調査が行われた結果得た情報だった。


 それまで魔法使いは、ワルプルギスを単なるレジスタンスとしか扱っていなかった。

 自らの境遇を嘆き、その扱いを不当なものと糾弾し、魔法使いに牙を剥く荒くれ者の無法者。

 姫君を崇め奉っており、一種の神聖視をしていることは明らかになっていたが、彼女たちに姫君の力の真髄の情報が漏れ、それ故にその身柄を求めていることは予想外のことだった。


「アリスをアイツらの手に渡すわけにはいかねぇな。そんなことになればアリスは……」


 レオは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 アリスがワルプルギスの手に渡るという事態は、場合によっては彼女の命を失うことよりもあってはならないことだ。

 アリアとレオの目的を達成する中で、一番起きてはならないことが起きてしまう。


「けれど場合によっては、魔女狩りの刺客からアリスを守ってくれる可能性もあるけれど」

「バカ言え。所詮魔女ごときが束になったところで魔女狩りに敵うかよ。それに奴らがアリスに指一本触れないとは限らねぇだろう」

「それは、そうね。ごめんなさい。私、どうかしてる」


 アリアは重い溜息をつく。先程のアリスとのやり取りを引きずっているのは一目瞭然だった。

 親友である自分よりも、魔女でありレジスタンスであるアゲハに信頼を寄せていたことがよっぽどこたえているようだった。


「だが、どっちにしたって今の俺らじゃ大きくは動けねぇ。ロード・デュークスはまだ次の魔女狩りを手配していないようだけどよ」

「えぇ。それにこの件にロード・ケインが絡んできている。そのおかげでロード・デュークスが一旦手を止めてはいるけれど、これで一気にどうなるかわからなくなった」

「アリスを殺すべきか、連れ帰るべきか。二つに割れてると」

「そうだね。でも当たり前のことだよ。例え魔女になったとしても、アリスは『まほうつかいの国』唯一の姫君。その力をみすみす失うのは国の損失だから。だって、あの力はあまりにも特別すぎる」

「『始まりの力』、か……」


 レオは天を仰いで力なく煙を吐いた。

 かつてアリスが『まほうつかいの国』を訪れ、そして冒険をしたあの日々を思い出す。悪政を敷いていた女王を打ち滅ぼしたあの力は、紛れもなく全ての起源とも言える『始まりの力』に他ならなかった。

 あの力を持っていたからこそ、アリスは姫君として『まほうつかいの国』に迎えられた。女王を打ち滅ぼした功績は、はっきり言ってしまえば二の次だった。

 魔法使いたちにとっては、その『始まりの力』を管理下に置きたかっただけのこと。あの力は魔法使いの今後を左右するといっても過言ではない。そこには全てが詰まっているのだから。


「ロード・デュークスは使命に忠実な方。確かに魔女狩りは、本来相手が何者であろうと魔女であれば討ち亡ぼす。けれど相手が姫君となれば話は別なはずなのに」

「あの人は頭固いからな。それに、自分の研究で頭がいっぱいだ」


 本来姫君の力を持って初めて完遂されると言われていた魔女の掃討計画だが、兼ねてよりロード・デュークスは自身の研究成果による、姫君を必要としない計画を提唱していた。

 しかし不確定要素は多く前例もない。失われた姫君を捜索した方が建設的であるというのが魔女狩りの総意となってしまい、その計画は頓挫していた。

 しかしロード・デュークスが研究を取りやめたわけではない。彼は姫君が魔女に堕ちたことを口実に、自身の計画を押し進めようとしている。魔女狩りの使命を大義名分に。


「私たちがアリスを守らないと」

「だけどよ、今連れ帰るわけにもいかねぇだろ」

「うん。うまく連れ帰っても、ロード・デュークスに見つかればそこまで。だから今私たちにできることは見守ることだけ」

「……結局それしかできねぇのかよ。表立ってアリスを助けることもできなければ、連れ帰ることもできない。俺たちは何のために……」


 立場を捨てることができれば簡単だった。親友のために全てを捨てることができれば、二人は今すぐにでもそうするだろう。

 けれど魔女狩りという立場を捨てることは今の二人にはできない。それは決して保身ではなく、二人の目的を達成するためには魔女狩りでなければならないからだ。

 本来なら全てを敵に回してでもアリスを守り抜きたい。けれどそれをすれば魔女狩りの立場を失い、結局は目的を果たすことができなくなってしまう。それでは何の意味もない。


「今は様子を見よう。私たち以外の魔女狩りの動向も気になるし。今できることをするの。最悪の場合は……」

「その時は俺が出る。お前は絶対に残れ」


 レオのその言葉はとてつもなくい重く、アリアは何も返すことができなかった。




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