51 戦いは終わり、されど問題は過ぎ去らず

 消えたD7の背中を見送ってから、私は慌てて氷室さんと善子さんの元に駆け寄った。

 拘束を解かれた二人は、けれどそのダメージの大きさに動けずにいた。


 倒れる二人を運び寄せて、私は魔法で二人の治療をした。

 お姫様の力を引き出せている今ならば、そういうこともできる。

 普段の私は魔法なんか使えないんだけど。


「ごめんなさい」


 私の魔法で起き上がるまで回復できた氷室は、目を伏せて言った。


「本当なら、私があなたを守らないと、いけなかったのに……」

「氷室さんが謝る必要なんてないよ。守られてばかりはいられないし、それに私だって氷室さんのこと守りたいしさ」


 今の私は結局、借り物の力しかないけれど。でもそれを友達のために使いたい。


「……花園さんが、私を?」

「うん。友達だもん、当たり前だよ。氷室さんが私のこと守りたいって言ってくれるのと同じように、私だって氷室さんのこと守りたいんだから」


 キョトンと私を見上げる氷室さんは、なんだか無性に可愛らしかった。

 クールでポーカーフェイスな氷室さんが見せる、その気の抜けた表情は中々貴重だったし。


「自分ばっかりそう思ってると思ってたら、大間違いだからねー」


 そんな氷室さんのおでこをつんと叩くと、氷室さんは少し不思議そうにおでこを抑えて。

 それからほんの少しだけ口元を緩ませた。


 なんだこれ、かわいいぞ。

 氷室さんは元から美人さんだったけれど、こんなふとした仕草がこんなに愛らしいなんて。

 なんだか、新しい発見をしてしまったかもしれない。

 これからはもう少し笑ってもらえるように工夫してみようかな。


 善子さんもまた少し凹んでいた。

 どうやら後輩にいい格好を見せたかったみたいだった。

 まぁ私たちの中では一人先輩だけれど、そこまで気にしなくてもいいのに。


「頼りない先輩でごめんね、アリスちゃん。私がもっとしっかりしてれば……」

「そんなに気にしないでください。そもそもこれは私の問題だったんですから。こっちこそ、巻き込んでしまってすいません」


 謝る善子さんに被せるように謝り返すと、善子さんはブンブンと首を横に振った。


「巻き込まれたなんて思ってないよ。アリスちゃんの問題は私の問題。アリスちゃんの敵は私の敵だもん! 友達を守ってなんぼってもんよ。まぁ、今回守られたのは私だけどさ」

「でも最初は私、何もできませんでしたから。善子さんたちが守ってくれていなかったら、戦うところまでいきませんでした」


 最初私は、戦いに全くついていけていなかった。私を巡る戦いだったのにもかかわらずに。

 いつまでも守られているだけは嫌だった。少しでもみんなの力になりたかったんだ。


「ま、あの魔女狩りが正を焚きつけたらしいし、そういう意味では、そもそも私は無関係じゃなかったんだよ。まさかそんなちょっかいがあったなんてね。同じ家に住んでるのに、全然気づかなかった」

「それこそ善子さんのせいじゃないですよ。ただ、気持ちが噛み合わなかっただけです」

「そう言ってもらえるといくらか気が安らぐよ。それにしても、一発くらいは入れてやりたかったなー」

「すいません。結局決着をつけずに帰してしまいました……」


 私の気持ちで、私の一存で彼を見逃した。

 けれどみんながそれでいいとは限らなかったんだ。


「ううん。アリスちゃんの判断は正しいと思う。今あいつを殺したって、得るものは何もなかったと思うよ。残るのはただの虚しさだけ。アリスちゃんは何も間違ってないよ」

「だと、いいんですけど」


 私を安心させようと、善子さんはニッコリと微笑んだ。

 その笑顔に心がほぐれる。やっぱり善子さんは温かくてとっても優しい。一緒にいてとってもホッとする。


 こちらの世界の魔女で、あちらの世界の事情や私のお姫様のことなんて何にも知らないはずなのに、それでも善子さんは私の味方をして寄り添ってくれる。

 そんな抱擁力を持つ善子さんは、本当に尊敬できる先輩だ。とっても大きくて頼りになる。

 私もいつか、そんな人になりたいと思った。


 これからも同じようなことが起こるかもしれない。いや、起こるんだろう。

 私が生き続けて足掻き続ける限り、魔法使いたちは魔女狩りを寄越してくる。

 私が友達を守りたいと思い続ける限り、魔女狩りたちとの衝突は避けられない。


 それでもめげている暇はない。迷っている暇はない。

 私の掛け替えのない日々、大切な友達。その全てを守るためには、私は戦い続けないといけない。

 そしていつかこの力を本当の意味で自分のものにできた時、『魔女ウィルス』に苦しむ魔女を救うために。


 ひとまずの困難の乗り越えて、私たちは落ち着きを取り戻した。

 この先に何が起こるかはわからないけれど、今は束の間の安心に浸りたい。

 誰も欠けずにいたことを喜びたい。そう、ホッと一息をついていた時だった。


 誰かがこちらにやってくる足音が聞こえて、私たちは一斉にそちらを見た。


 校門の方から落ち着いた足取りでやってくる人影が一つ。

 さっきまでD7と相対していたせいか、その姿はどこか小柄に感じた。


「素晴らしかったよアリスちゃん。さすがはお姫様だね」


 黒いブルゾンに黒いジーンズ、そして黒いニット帽を被った人影。

 その耳心地のいい中性的な声。それだけで、その人影が誰かなんてすぐにわかった。


「こんばんは、アリスちゃん。約束通り、またすぐに会いに来たよ」


 レイくんが、優しい笑顔を浮かべて私たちの元に現れた。

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