22 善子さんの正しさと私の気持ち
次の日の朝。
晴香も創も揃って日直だからと、いつもより早く出てしまっていて、私は久し振りに一人きりの登校だった。
今までも一人きりの登校がなかったわけじゃないけれど、でも実際一人でいつもの道を歩いていると寂しさを感じた。
それに今日は、余計に心細さもあった。正くんとの遭遇に対してのことだ。
昨日のことがあったから、できれば一人の時には会いたくない。
けれど不安は杞憂だったみたいで、校門に着くまで正くんとは合わなかった。
昨日は朝と夕方も校門の前で声をかけられたから、もしやと構えていたけれど。
でも代わりに、善子さんとばったり鉢合わせた。
「お、アリスちゃんおはよー! 今日はあのバカに絡まれてないみたいだね。よかったよかった」
「おはようございます」
昨日の正くんとのことがあって、勝手に気まずくなる。
善子さん自身には関係ないことではあるけれど、善子さんのことを口にした結果の喧嘩だったから。
それに仲が良くないといっても姉弟だし、弟と喧嘩した手前というのもあった。
そんな誤魔化しきれなかった浮かない顔をしてしまった私。
それを見た善子さんは、すぐさま慌てて駆け寄ってきて、私の手を取った。
「どうしたの? あのバカになんかされた?」
「えっと、実は喧嘩しちゃって……」
「よし、今からぶん殴りに行く」
今更誤魔化しても仕方がないかなと思って正直に言ってみたら、善子さんはまるで漫画のように拳を鳴らしながらそう言った。
今にも飛んでいきそうな善子さんを、私は慌てて抱き止めた。
「ちょっとちょっと、待ってください! 私まだ何にも言ってない!」
「皆まで言わなくても大丈夫だから。だってアイツが悪いに決まってる」
「あー! だから待って待って!」
完全に正くんを悪者だと決めつけた善子さんは、私が抱きついているのにもかかわらずズンズンと進んでいく。
確かに正くんが悪けど。でも私も悪いところあったし。
それに今回の件に善子さんが絡んだら、余計にややこしくなるから!
「お願い、止めないでアリスちゃん。私はあのバカの姉として、然るべき制裁を下す責任ってものがあるのよ!」
「暴力反対! 私は善子さんにそんなことして欲しくありません!」
「これは暴力なんかじゃないさ。これは体罰。罪に対する罰なの。与えられるべき制裁なの」
「それでもー!」
私が全身を使って必死に止めたお陰か、善子さんはなんとか進行を止めた。
「わかった。アリスちゃんがそこまで言うのなら、暴力はやめる。その代わり呪っておくね」
「魔女の善子さんが言うと洒落じゃ無くなるからやめてください」
爽やかな顔して何を言うのこの人は。
本当に人を呪う力があるんだからやめてよ。
「やだなぁ。洒落じゃなくてマジだよー」
「余計やめてください!」
私のせいで善子さんが実の弟を呪うことになるなんて、絶対に嫌だった。
善子さんの魔女としての力量は知らないけれど、でも本物の魔法で呪うからには、絶対に良くないことが起きそうだし。
「これは私の問題なので、善子さんは何もしなくていいんです!」
「そうは言ってもさぁ。アリスちゃん、正に泣かされたりしてない?」
「そこまでは流石に大丈夫です。だから安心してください」
元はと言えば、気持ちを思いっきり顔に出してしまった私がいけないんだけど。
まさか善子さんがここまで反応するなんて。私、よっぽど浮かない顔してたのかな。
確かにあそこまで拗れたのは初めてだったけど。
「アリスちゃんがそこまで言うなら、今回は飲み込む。でも何で喧嘩なんてしたの? 今までそんなことなかったでしょ」
「それは……」
その理由を善子さんに話すのは、流石に憚られた。
正くんが善子さんのことを、偽善者呼ばわりしていたなんて絶対に言えない。
善子さん自身が、正くんにそう思われていることを知っていたとしても。
「もしかして告白された!?」
「さ、されてませんよ!」
答えを濁していると、善子さんは慌てて聞いてきた。
晴香といい善子さんといい、すぐそっちの方向に考える……。
「なんだビックリしたぁ。アイツ絶対アリスちゃんのこと好きでしょ? 自分の好感度が底辺なことにも気付かずに、告白なんてしてたらどうしようかと思ったよぉ」
善子さんの中でも、正くんが私のこと好きなことは決定事項みたいだった。
気づいてなかったのって、もしかして私だけ……?
「アイツが告白なんてしてきたら、すぐに私に言いつけに来なさい。それこそボコボコにしてやるんだからね」
今日の善子さんはなんだか過激だった。
まぁその気持ちはありがたいんだけどね。
昨日あんな話を聞かせてくれて、善子さんの方こそ気落ちしていないか心配だったけれど、取り敢えず見た感じはいつも通りの元気な善子さんだった。
いつも通り優しくて思いやりのある善子さん。
その過激思想がどこまで本気なのかはちょっとよくわからないけれど、私を元気づけようと楽しくしてくれているのはわかった。
本当に善子さんといると元気になる。
私も善子さんのためにできることがあればいいんだけど。
そう思った時レイくんのことを思い出して、善子さんに対して少し後ろめたい気持ちになった。
折角私のためを思って話しにくい話をして、レイくんのことを教えてくれたのに。
それでも私は、私に対してのレイくんを信じてみたいと思ってしまった。
それが善子さんを裏切っているような気がして、申し訳なさが胸を締め付けた。
でも、本当のことは自分自身で見つけたいから。
善子さんの話はしっかりとわかっているし、頭に入っている。
それを踏まえた上で、私は私で、できる限りレイくんを信じてみようと思ったから。
だからごめんなさい、と心の中で謝って、私は善子さんと一緒に校舎までの道のりを歩いた。
もう善子さんは、喧嘩の理由を聞いてはこなかった。
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