21 魔法使いと魔女

「で、でも……」

「やつらが一度逃したからといって、自国の姫君を放置しておくと思うかい? 確かに世界間移動は、そうやすやすとできるものではないけれど、向こうは国家と組織だからね。人員をこちらに派遣するのはわけないだろう。必ず奴らは、君を確保しにくる」


 また、D4やD8が私を迎えにくるのかな。

 正直、あの二人に会うのは息苦しい。

 あの二人の言葉が、表情が私には苦しかった。


「どうしてそこまで……いくら私がその、お姫様……だからって」

「さっきも言ったけど、理由はそれだけでも十分さ。この国では想像しにくいかもしれないけれど、王政国家において、王族の身柄は最重要だからね。まぁ今回に関しては。別の意図の方が大きいだろうけどね」

「別の……」

「彼の国の姫は、その身に絶大な力を宿している。というのは有名な話だった。その力が何なのかは明かされていなかったけれど、それは魔法の起源に近いものだと言われていた。魔女狩りはその力を持って、魔女を根絶やしにする計画を立てているのさ」

「…………!」


 魔女を根絶やし。それはつまり、氷室さんや夜子さんもみんな殺されてしまうということ。

 そんな計画に、私は利用されようとしていた……。


「姫の特異かつ絶大な力が、その計画には不可欠だったそうだ。だから奴らは今回、君を躍起になって確保しようとした。まぁ、こちらの魔女の存在は誤算だったろうけどね」

「どういうことですか?」

「魔女は、というか『魔女ウィルス』は、そもそもこちらの世界には存在しないものだったんだよ。元はあちらの世界で発生したものだ。故に本来、この世界に魔女なんて存在するはずがなかった。けれど十七年前、とある魔法使いが世界の壁に穴を空けてしまって、あちらとこちらは繋がった。しかし彼らにとって魔法も神秘も存在しないこの世界に価値はなく、深い干渉はしなかった。けれど繋がっていれば流れ着く者もいる。あちらの魔女がこちらの世界に迷い込んで、こちらにも『魔女ウィルス』がやってきた」


 夜子さんは淡々と話す。

 その言葉に感情はなく、ただ事実を語るだけだった。


「そして魔法使いが知らぬ間に、こちらにも魔女が現れた。魔法使いの、魔女狩りの与り知らぬところでね。こちらの世界に関心を払っていなかった奴らには、知るよしもないことさ。魔女狩りが存在しないこちらの世界では、魔女の身を脅かすのはウィルスだけだから、比較的穏やかに日常生活に溶け込めているわけさ」


 確かに、氷室さんは魔女だけれど私たちと同じように学校に通っていて、特に不自然な点はなかった。

 知らない人から見れば魔女も普通の人で、魔女狩りが襲って来なければ、戦うことも逃げることも必要もない普通の日常が送れる。


「だから奴らは、この世界に自分たちを邪魔する者がいるなんて思ってもみなかったのさ。そこへこちらの魔女が現れて、相当面食らったろうね」


 けらけらと笑う夜子さん。

 しかしすぐにその笑いを収めると、真剣な顔つきに変わった。


「けれど、今回の一件でこちらにも魔女がいることが知れた。アリスちゃんを奪還するのと並行して、こちらにも魔女狩りが派遣される可能性がある。そうなればあちらもこちらも関係ない。魔女は等しく、魔女狩りと渡り合わなければならなくなるね」

「それってつまり、私のせい、ですよね。私を助けようとしていなければ、魔法使いに存在がバレることもなかったんですから」

「いや、魔女狩りがこちら側に来ていた時点で、こちら側にも魔女が存在することは遅かれ早かれバレていたよ。魔法使いと魔女の気配は全く別物だからね。本来魔法も神秘も存在しなかった世界に魔女がいれば、奴らははっきりと気付くさ。一人ひとりを特定できずとも、魔女が存在することにはね」


 そう言われて私はほっと胸を撫で下ろした。

 ただでさえたくさんの迷惑をかけているのに、この世界の魔女全員を巻き込む原因を作ってしまったとなっては、もう申し訳が立たない。


「例え世界が異なろうとも、そこに魔女がいるのなら奴らは必ずそれを抹殺しようとするだろうね」

「でも、どうして魔法使いはそこまで魔女を根絶やしにしようとするんですか?」

「奴ら魔法使いにとって、魔女の在り方というのは受け入れ難いものなんだよ。魔法使いと魔女は同じ魔法を扱うものではあるけれど、そのルーツも積み重ねも生み出す結果もまるで違うからね」


 夜子さんはどうでもよさそうに溜息をついた。

 魔女の立場からしてみたら、魔法使いの在り方もまた受け入れ難いものなのかもしれない。


「知っての通り、魔女は『魔女ウィルス』感染による後天性。対する魔法使いは、代を重ねた先天性────魔法使いは代を重ね、研究と研鑽を積むことで魔法を極めていく。そして魔女はと言えば、重要なのは時間。要は経験だよ。経験を積んだ魔女はそれだけ多彩で力強くなれる────そして肝心なのは魔法の使い方だ。魔法使いは学び得た魔法を、術式に則り行使する。修練を積まなければ使えないが、使いこなせば強力だ。対する魔女、は想像すればいい。思い描いた魔法が、実力に伴って行使される。単純だが場合によっては拙さが出る」


 つまり、勉学として理解したものを論理立てて使うのが魔法使いで、フィーリングでこなしてしまうのが魔女ってことかな。

 魔法使いは狭くて深く、魔女は広くて浅い。そんな感じなのかもしれない。


「もちろん、個々に専門や得意分野がある。魔法使いも手広くなんでも熟すやつもいれば、魔女でも限定的な分野しか上手くできないというやつもいる。けれど基本的な区分けはこんな感じだよ」


 少し難しい話だったけれど、多分私の理解で間違っていないと思う。

 それを聞けば、お互いが相容れない理由も何となく理解できた。


「魔法使いにとって、自分たちが扱う魔法とは崇高なものなんだよ。本来人間は、魔法に触れることができなかった。それを大昔の大馬鹿者が、研究の果てにその領域に至ったことが今の奴らに繋がっている。つまり魔法使いという連中は、己が魔法使いであることに誇りを持っていて、自分たちが必死の思いで築き上げてきたものが汚されると思ってる。そしてその神聖なる神秘を、何も学ばず積み重ねもない魔女が扱うことに、激しい嫌悪感を抱いているのさ。故に奴らは、魔女を疎み蔑んでいるといわけだ」

「それが、魔法使いが魔女を根絶やしにしようとする理由、ですか?」

「そうさ。彼らにとって『魔女ウィルス』が死のウィルスであるとか、それが伝染するからとかそういったことは二の次さ。自分たちが研鑽する神秘を、乱雑に扱う不埒ものを滅ぼす。それが奴らの考え方さ」


 それは、あまりにも横暴というか、酷すぎる気がした。

 他の世界の話で、具体的にどういう経緯でそうなってしまったのかは、もうわからないけれど。

 でも、魔法使いと魔女はもっと違う形になることができたんじゃないかって、私はそう思った。

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