20 古参の魔女
「また話が逸れていたね。私が何者かという話だったかな。さっきも言った通り魔女で、わりと魔女の中では長く生き残っている方かな。いやぁ歳はとりたくないものだね」
私の気持ちなどどこ吹く風。慮る気など微塵もないようで、夜子さんはマイペースに話を続けた。
夜子さんが一体いつ魔女になったのかなんて知らないし、それがどのくらい長く生きていられているのかなんてわからないから、何の慰めにもならなかった。
「加賀見市にひっそりと根を下ろして、一人静かに暮らしてるお姉さんだよ。ここに住むようなってそこそこ長いからね、魔女の顔見知りも多い。霰ちゃんもそのうちの一人さ」
つまりこの街には、他にも魔女がいるということなのかな。
私の知らないところで、私と同じく死に怯えている人がいるんだ。
「さっきも言った通り、霰ちゃんを向こうの世界に送り出したのがこの私。世界間移動は、そこらの魔法使いや魔女が簡単にできることじゃないからね。いやぁそれにしても、あの時霰ちゃんが血相変えて駆け込んできた時は驚いたねぇ。あの子、そんな顔できるんだって感じだったよ。まるで別人みたいだったね」
確かに私だって、氷室さんのそんな顔は想像できない。
氷室さんはいつだってクールで、大人しくて物静かな子。
そんな彼女が私のためにそんなに慌てくれたのかと思うと、少し嬉しかった。
「まぁ、とりあえずの自己紹介としてはそんなところかな。頼れるお姉さんだと思ってくれれば良いさ」
夜子さんは相変わらずこっちのことは御構いなしで、自分勝手に話をまとめる。
あまりにも気にしていないその態度に、くよくよしていることが少し馬鹿馬鹿しく思えてきた。
確かに魔女になってしまったことで死の恐怖を抱えることになる。
でも体調が悪くなるわけでもないし、今すぐ死んでしまうわけでもない。
いつ来るかわからない死の恐怖に苛まれて、何もできなくなってしまうのは良くないのかもしれない。
だって、透子ちゃんも氷室さんも強く生きていた。
恐怖がなくなったわけではないけれど、考え方を変えれば、今を生きる力にはなるのかもしれない。
「戻りました」
その時、氷室さんが両手に大きなビニール袋を持って部屋に入ってきた。
ビニール袋には沢山の食料が詰まっていた。
「お、待ってたよー。もうお腹ペコペコでね。とりあえず、おにぎりちょうだい。残りはそこら辺置いておいて」
氷室さんからおにぎりを受け取った夜子さんは、バリバリとビニールを剥いで食べ始めた。
そんな夜子さんの傍にビニール袋を置いた氷室さんは、そこから取り出したおにぎりを私に差し出した。
「食べて」
「あ、ありがとう」
相変わらずの、ほぼ無表情の氷室さん。
あの戦いの光景がまるで嘘かのように、いつも通りの大人しい氷室さんだった。
澄んだスカイブルーの瞳が、今日もとても綺麗だった。
「……花園さん」
「は、はい!」
うっかり見とれていたところに声を掛けられて、私は飛び上がった。
バレてないといいんだけど。
「目が覚めて、よかった。怪我はない?」
「うん、大丈夫。氷室さんこそ平気?」
「ええ。あの時、花園さんが治してくれたから」
そう言われてみれば、あの時私は氷室さんの傷を治していた。
当時は意識がとてもふわふわしていて、あまり自覚はなかったけれど。
その時点ですでに私は、魔女だったんだ。
「氷室さん……あの。助けてくれて、ありがとう」
「私が助けたかったから助けたの」
氷室さんはとても薄く微笑んだ。
うっかりしたら見逃してしまうくらいの、細かい表情の変化。
でもそれが嬉しかった。
「うんうん青春だねぇ。私には遠の昔に失われてしまったものだ」
二つ目のおにぎりのビニールを破きながら、夜子さんは言った。
ソファーの上で胡座をかいて乱雑にビニールを破くその姿は、とてもいい歳をした大人の女性とは思えなかった。
「そうだ、霰ちゃんで思い出した。霰ちゃんに聞いたんだけれど、アリスちゃんは白い剣を使ったそうだね」
「えーと、そういえば使いました。あれが何なのかは、わからないんですけど」
「アリスちゃんが使ったのなら、それは『真理の
「真理の……?」
「『真理の
「魔法を……」
言われてみれば確かに、私がD8と戦っていた時、私はあの剣で相手の魔法を切り捨てていた。
あの剣で斬れば、どんな魔法も打ち消すことができた。
「魔法使いを相手取るとしたら最高の武器だよ。相手の強みを全て無くしてしまうんだからね」
「でも、今はもう消えちゃって……」
「まぁ、あれは姫君の剣だからね。今のアリスちゃんじゃ、使いこなすのはまだ難しいだろうね。まぁ有り体なことを言えば、その時が来れば使えるようになるさ」
「でも、こうして逃げ切れた今、もう戦う必要はないですよね?」
私がそう尋ねると、夜子さんは目を丸くした。
「いやいやアリスちゃん。それは大きな勘違いだ。むしろ君にとっては、これからこそが本番だよ。君はこれから数多くの戦いに身を投じることになるだろうさ」
他人事のように────実際他人事ではあるんだけど────夜子さんはとても簡単に言った。
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