第88話 航海

 原宿駅に、降り立つと、まるで別世界に迷い混んだかのような錯覚に陥る――ことはなく、そこにはコンクリートで固められた地面と、エントロピー係数を調べると出てくるような動きをしている人間が無数に存在しているだけだった。


 原宿駅は思っていたよりも、こじんまりとしていた。


 俺は待ち合わせ場所から周囲を見回して、地名を示す看板を探した。


 原宿――間違いない。ここは原宿だ。

 なのに、普通だった。

 秋葉原に立っているのとなんら変わりはない感覚で、俺はいま原宿に立っていた。


 正直なところ拍子抜けしていた。

 もっとこう……、よくわからねーけど、藤堂に四方八方囲まれているような感覚の場所なのだと思っていた。


 もちろんすげえ格好をしてるやつとか、人生イージーモードっぽいやつなんかは多いけど。

 でも俺の方なんて見てこねーし、結局、相手からしたら俺の方がジロジロ見ながら失礼なことを考えている人間に映るのだろう。


 藤堂との原宿待ち合わせ。

 案外、楽勝のようだった。


「こんなことなら30分前なんかに、来るんじゃなかったな……」


 場慣れするためにも、早く現地入りを――という前夜に思い付いた、ちからわざの対応は、残念ながら無駄骨に終わったらしい。


「ま、なにかが起こるよりはマシだけどさ……」


 一人で立っているのだから、問答無用で独り言になる言葉は、誰に相手にされるでもなく雑踏にもみくちゃにされて消えた。


 だが、俺は馬鹿だった。

 一度、姫八駅で感じた思いを――記憶を改変したか、忘れたかしていたらしい。


 それは、おろしたての洋服(茜セレクトだ)が、体に馴染む前に起こった。


   ◇


 この世の中に、数千人が集まるイベントに参加したことがあるやつはどれくらいいるのだろうか?

 少なくとも数千人はいるはずで、そんなことは当たり前なのだが――経験者として、知っている事実がひとつある。


 数千人が一ヶ所に集まると、皆が静かに話そうとも、それなりのざわつきとなる。なってしまう。

 それは指向性のある音ではなくて、全ての方角から時折つつかれてはまた離れていってしまうような、そんな声の集まりになる。


 だが。

 たとえば。


 人の集まった空間の、どこかのスポットで何か事件が起きたとする。人が倒れたとか、ライブの主役が登場するとか。


 そうすると、いままでまとまりの無かった音が、急に整列を始めるのだ。

 具体的にはそのスポットを中心に。

 目には見えないはずの音が色づき、さーっと中心を囲んでいく。


 ようするに。

 俺が周囲の音の変化に気がついた瞬間と、その変化の経験則を思い出したことと、その原因に思い付いたことはほぼ同時だった。


 ――何かがやってきたぞ。


 いじっていたスマホから顔を上げた瞬間には、すでに俺の耳は変化を捉え、無理矢理にそちらを見させられていた。


 金髪の人間がいた。

 今日はさらに一味違う、ソレだった。


『やっ』とでもいうかのように、藤堂はクラッチバッグを持っていないほうの手を上げた。


 まだ声が聞こえるような距離ではないし、依然として雑多な空間だったが、すでに藤堂が目の前にいるように感じられる。


 原宿に降り立ったときは感じなかった別世界の入り口が、いまこちらに歩いてきているようだった。


 俺は色々な思いから言葉を失っていた。

 藤堂はまるでレッドカーペットを歩く役者みたいだった。誰にでも解放されているはずの空間を、唯一無二の場所だと錯覚させるようだった。


 服装は、やけに大人っぽく見えるくるみ色のニットワンピースと、くるぶしまでの黒のブーツを身につけている。


 藤堂は、止まることなくこちらに近づいてきた。

 胸元にかけた大きめのサングラスが右に左に揺れている。


 周囲の人間――立ち、歩き、スマホを手に持った他人が、あたかもそれが当たり前の行動であるかのように、藤堂の姿を目で追っている。


 それら全ては物語っていた


『誰に手をあげてるんだろう?』

『どんな人と待ち合わせしてるんだろう?』


 そうだ、これは姫八でも感じたことだった。

 俺は馬鹿だ。

 何にも気がついてなかったのだ。


 当たり前の事実だった。

 俺が恐れるべきは、原宿ではなかったのだ。

 俺の恐怖は常に目の前にいたじゃないか。


 一人で居れば、そこが秋葉原だろうが、原宿だろうが、北海道だろうが――基本的には一緒なのだ。

 だって、それは、藤堂の言うとおり、ただの地球の上なのだから。


 だから問題はそこじゃなかった。

 問題は場所じゃなくて、一緒に過ごす相手にあるのだ。


 俺は場所が原宿だから怖じけついたんじゃない。

 藤堂と二人で歩くからこそ、原宿に恐れおののいたのだ。


 視線を一身に浴びている藤堂は、土壇場で気がつき、絶句している俺の前にたどりついた。

 逃げ場は、ない。


「や、黒木くん。ずいぶんと早い到着だね」


 腕の内側につけた小さな高そうな時計をちらりと見て、藤堂は言った。

 なにか言おうとした瞬間に、俺は藤堂の背後や左右から投げ掛けられた視線に気圧された。

 

『え? あいつなの?』

『家族? 親戚?』

『下僕だろ』


 なんでもいい。

 とりあえず俺の喉から、きゅっ、と空気が漏れてきた。今はただ周囲のうるささに感謝。


「なんで、無言なの。無視しないでよ」

「お、おう……、いや、つまり、慣らし運転で早くつきすぎたんだが……」

「運転? え。まさかここまでバイクできたの?」

「い、いや、なんでもない――」


 俺は意味不明なことを、それから数語、口にしただろう。

 藤堂の背後から感じる視線――姫八駅のときとはまるで比べ物にならない質量をもった視線を、体全体から感じながらだ。


 自分の言葉が舌の上でスリップしまくっているのを感じる。

 なんだか、少し心が折れそうになった。


 藤堂は、たしかにこんな――俺みたいな、新品の服にすら中々馴染めない、人見知り野郎と待ち合わせをしていい人間ではないかもしれない。

 学校の隅っこなんていう、俺の属性が倍加するような特殊なフィールドだからこそ成り立つ関係なのかもしれない。


 そうか――俺がここに藤堂とくると、現実がわかってしまうから、怖かったのかもしれない……。


 藤堂は、心底、心配そうな顔をしてくれた。


「黒木、ほんと、平気? なんか様子がおかしいね……どっかで休む?」


 ああ、なんだこれ。

 一気に情けなくなる。

 俺はこんなアホみたいに整った顔をして、美少女コンテストなんかで賞をとり、頭だってめちゃくちゃ良い同級生に、そんなセリフしか口にさせられないのだろうか。


 なぜそこら中にあふれているラノベみたいに事がうまく運ばないのだろうか。

 でも、そりゃそうだ。

 交わりが皆無だったはずの相手と、数ページ先を開けば言いたいことを言い合って喧嘩。最後には雨降って地が固まる――なんてそんなこと、あるわけがない。


 取り繕うことだけが自衛手段となった。


「平気だ。ぜんぜん、へーき」

「言葉が硬いなー?」


 藤堂は小首をかしげて俺の顔を下から覗きこんだ。

 背は俺の方が高いはずなのに、そんなことは感じられず、それはきっと藤堂の圧がすごいからで――ああ、うん、ちょっと待ってくれ。とにかく、なんていうか、藤堂の綺麗な顔に二つだけ存在している、その瞳に、俺の意識は吸い込まれた。


「……いや、……平気だ」

「さらにおかしくなったんだけど?」

「ああ、うん」

 

 俺は結局、どうしても聞かずにはいられないことを、我慢しきれずに尋ねたのだ。


「その、藤堂の目――今日は青いんだな。良いよな、それ……」


 綺麗な色でシャボン玉みたいだ――と続けようとして、言葉が止まる。あぶない。馬鹿な発言をするところだった。


 理由はわからないが今日の藤堂はカラーコンタクトをしていないらしい。

 眼球内に青空が広がっているみたいに、藤堂の目は透き通ったブルーだった。


 藤堂は一瞬だけきょとんとした……ように見えた。


 それから、


「ああ、うん。今日は特別」


 と、恥ずかしいのかなんなのか、顔をくしゃっとさせて笑った。


「……っ」


 その瞬間。

 原宿駅にまるで藤堂と二人だけで立っているような感覚に襲われた。

 

 なんなんだよ、と思う。

 まるで宝石みたいな目をこちらに向けているお前はなんなんだ、と焦燥感を覚える。

 俺とお前は友達なんてもんじゃないだろ!、と叫びたくなる。


 時間が止まり、呼吸が止まったようだった。


「さ、黒木――」


 俺の思考なんて、これっぽちも知らないだろう藤堂が、くるりと踵をかえして、前を行く。


「――まずはクレープでも、たべよーよ」


 にっこり笑う藤堂を見て、俺の疑問がさらに強くなり。

 同時に、そんなこと今考えてもしかたねーだろ、とも思う。


 アンビバレンス――二律背反。


 それでも言葉が出たのは、運が良かった。


「……いきなり食い物かよ」

「いきなり食い物かよ、じゃないの。はやく、歩く」


 バッグを持った藤堂の手が、海賊船のアトラクションみたいな動きで俺の脇腹を軽く打つ。と、俺の一歩は自然と出た。


 これから何が待っているのかもわからない航海へ、予定通り、二人で進むことになったというわけだ。

 


○あとがき


今日でカクヨムコンの応援要請も終わります。

正直、評価くれー、というのは少し大変な思いもあります。

が、「天道の考え」としては、読んでもらわなきゃ始まらんよなぁー、ってなところなので、最後に言わせていただきます。


まだ評価やいいねをつけていない、あなた!!

チャンスですよ!!!!!



( ' v ' ){……なんの?)

>わ、わからない。

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