第85話 あみだくじ

 依然として、俺と藤堂の間には不思議な空気が流れていた。


 外からはいつもと同じような生活音が聞こえてくるのに、ここに満ちているのはよくわからない無味無色の非日常だった。


「ねえ、なんで……?」


 藤堂の表情は、ただただ真剣さに満ちていた。

 顔が赤くなったり、目が潤んでいたり、むしろ怒りに自分を抑えていられなければすぐに反応できたのだろう。

 だが、今の藤堂に確たる色は見えなかった。

 さきほどまで見え隠れしていた焦ったような顔色は、どんどん消えていき、俺が答えられない時間が重なっていくたびに、藤堂の表情は凄みを増した。


「俺は……」


 俺は、と何度か繰り返す。

 不思議なもので、あんなに考えた答え――つまるところ、俺は、藤堂に頑張って欲しいし、そして同時に、藤堂が先に進んでしまうのが少しだけ残念……いや、正確にいえば、なんだか焦燥感を感じてしまうということを、伝えようとは思っていた。

 正確に全てをあけすけに伝えるのは無理だけど。

 伝えたいとは思っていた。


 多分だけれども、思っていたはずだ。


 だが、ここにきて、走るペースを乱された俺の頭には、あんなに丁寧に繰り返し描いていた未来図が映らなくなっていた。

 何をどの順序で伝えるんだっけ?、と。

 今まで難なくできていた動作が、とたんに崩壊した。

 予想していた未来が消えていく。


『そうなんだ』と意外そうな顔をする藤堂も。

『え? なんで?』ときょとんとする藤堂も。

『うわ、きもちわる』と……そんなことは言わないだろうけども、保険で考えてしまわずにはいられない藤堂も。


 あんなにいくつものパターンを考えてきたというのに、俺はそれらすべてを失っていた。


 思考の海で漂うばかり……。

 灯台の光を失ったものはどうなるか――まっすぐ進んでいたはずの船首を向ける基準を失った俺は、ただただ地道に、その光を探るように闇に目をこらす以外、方法を知らなかった。


「俺がなんで、藤堂に伝えようかと思ったか、ってことだよな。動機ってやつ……」

「うん」


 俺は目を瞑った。

 まるで推理ドラマのワンシーンみたいだが、俺にはそんなに気取っていられる余裕はなかった。


 なぜ俺は藤堂に言いたいのだろうか。

 なぜ俺は藤堂に伝えたいのだろうか。

 なぜ俺は藤堂に報告しなければならないと頑なに信じていたのだろうか――。


 いつもの勢いからは想像できないほど、静かに、律儀に待ち続けてくれている藤堂へ、俺は言った。


「俺は、だな。藤堂」

「うん」

「……藤堂はすげーやつだって、この数ヶ月で実感したんだ。俺はいままで陽キャとか隠キャとかそういう枠組みだけで世界を見てたけど、そんなグループ分けは、あまり意味がないと、思ったんだ」

「そうなんだ」

「でも、藤堂と話していて、少しだけど……いや、他のやつらかみたら、ほぼ0に近いかもだけど、何か、価値観がずれた……変わった気がするんだ」

「そう、なんだ」

「それは藤堂のおかげだと思ってる」

「え、そ、そう?」

「ああ――」


 俺は頷き、自分の足跡が間違った場所についていないかを確かめながら、話を続けた。


「――俺、藤堂には頑張って欲しいと思ってるみたいだ」

「……え? なんで!? どうして!?」


 ぐわあと圧力を感じたのは、藤堂が向かい合った机の向こうから思い切り乗り出してきたから。顔が目の前にまでくる。

 おもわず仰け反る。

 ボタンが空いた胸元に視線がいきそうになって、俺は自分が少し嫌になった。


 ……なんで?


「そ、そんな驚かなくてもいいだろ……あと、近いんだよ……」

「あ、う、うん、ごめん。思わず……」


 何が思わずなんだか……。

 それにしてもどうしたことだろう。

 藤堂は途端に挙動不審になった。

 髪に手ぐしを通し、スマホを見ては置いて、しきりに『ふ、ふーん?』などと口にしている。

 

 こういう反応は、藤堂という存在を知らなければ不自然にも思えるが、俺からすると、最近の藤堂らしいといえば藤堂らしい。

 だが、原因も分からなければ、意図するところも分からない。

 俺は近頃感じていた疑問点を口にする機会を得たようだった。


「藤堂」

「え? な、なに?」

「ひとつ聞きたいんだが……」

「質問してるのこっちなのに」

「いや、それは申し訳ないんだが、今、ちょうどいいから――」

「はい?」

「つまり、最近、態度がおかしくないか? 今みたいに、なんかそわそわする感じで……」

「ぜ、ぜんぜん? どの態度? おかしいっていってるひとが、おかしいんだよ」

「それだよ、その態度だよ」

「それってどれ? わたしわかんなーい」

「知能指数を意図的に下げるんじゃない!」」


 あさっての方を向いて話をそらそうとしていた藤堂は、じわじわと追い詰められたことを悟ると、態度を一転――こちらにびしっと人差し指を突きつけてきた。

 まるで犯人を追い詰める探偵のようだった。

 

「ていうかね! 黒木さあ!」

「お、おう」


 藤堂は、何かを吹き飛ばすような勢いで少し大きな声を出した。


「なんで教えたいのか、答えてないから! 質問を質問で返してごまかさないでください!」

「いや、ごまか――」


 してるわけねーけど――そう言おうとして、考える。

 確かにその通り、なのか……?

 俺の心が冷静に自分を分析していく。


 俺はなぜ藤堂に伝えなきゃいけないんだろうか。

 漆原と会っているときだって、藤堂の姿が浮かんできた。

 それは金髪美少女という抽象的なイメージから、藤堂という明確な像へと変わっていった。

 俺はいつだって藤堂を中心に物事を考えていたようだ――いや、まさに今だってそうだ。

 俺は、どうやら藤堂を中心に物事を考えているらしい。


 これまでリハーサルしてきたものとは似て非なる別のルートで、答えを出していく。

 まるで、あみだくじだ。

 通っている道を選んだのも自分だし、通っていく道だって理解できそうなものなのに、たどり着いた先の答えがわからない。


 でも、それでも。

 辿っていけば、終点はあるもので。


 なんとなくで恐縮だけども、俺の脳はひとつの結論を出していた。














●あとがき


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( ' v ' ){だれもほめません)

>俺、すごい(自画自賛)

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