第82話 そうなんだろ?

 俺は通学路をトボトボと歩きながら、昨夜、茜と交わした会話を思い出していた。

 それは相談――というには実に抽象的な会話であり、しかし茜は何かを確信していたように思う。


『たとえば……めちゃくちゃ人気のゲームがあるとして……あったとして……』と俺が会話を始めると、茜は『なるほど、そういうイフ系のやつでくるのか……』と眉をしかめた。


 俺は気にしないふりをして、『そのゲームは製作者としては、大ヒットしてほしいわけだよな……』と俺が続けると、『製作者ときたか……、ある意味そうだけど……』と返してくる。


『でも、たとえば……そのゲームを、あれだ、つまり――あ、そう、つまり、デバッグのバイトで、先にプレイできるやつがいたとするだろ? そいつが発売前に、めちゃくちゃ楽しいそのゲームを独り占めしたくなったとして……』と俺が言ってみると、茜はしばらく絶句したあと、『たとえが雑すぎるし、にいにのほうがバグありそうなのに……』と失礼なことを呟く。


 最後に、『その独り占めしたいという感情は、そりゃ、世間からしたら悪だよな。それこそ製作者からしてもそうだし、ゲームソフトだって、みんなにやってもらいたいよな? 世の中はそういうものだよな』と何を求めているのかいまいち分からない答えを確かめようとすると――言葉を遮るように茜が手を差し出した。


『え? 独り占め? 独り占めって言って?――あ、すみません、そこまで話が進んでるんなら、中学生の妹ではもう対処不可です。未成年だもん』

『はあ!?』

『はい、おわりー。占いは具体的な話はできませーん』

『お、おい!?』


 ってな感じのやりとりの後、俺は背中をぐっと押されながら部屋を追い出された。


 そして朝になり、俺は変わらずに登校している。

 夢を見た気がしたが、思い出そうとするのはやめておいた。


「何も分からなかったが……何も分からないということは分かったぞ……」


 いや、それは見ないふりをしているのか。

 俺は、確かに嘘をついているつもりはないけど――心のどこかが、硬く固まってしまっていて、なかなかその中身を見せてくれないことを、自覚しているのだ。


   ◇


 黒板の上をチョークが走る音。

 俺の世代には、教科書もタブレットになり、黒板も教師のPCをつなぐディスプレイになるとか色々と言われていたが、結局、何も変わっていない。

 

 車は空を飛んでいないし、国民的アニメのロボットは何一つとして実現していない。

 ゲームの中に入って、本物と見紛う世界を自由に冒険するなんてことは何一つ実感として湧かず、そもそもVR技術の発展だって、どう発展していくのかをどちらかというと夢物語的に想像しているだけだ。


 スマートフォンの持ち込みは当たり前のように許可されるようになったけれど、娯楽用のアプリケーションを起動することは表面上、禁止となっている。もちろんそんな規則は、ザルに入れた水のようにすり抜けられてしまっているのだけど。


『だから、ここはこの数値が入ると――で、xの……』


 数学の授業中。

 前を見ている限り、目の端に、金色の髪が必ず映り込む。


 さすがに『学校をたまにやすむ』という宣言の翌日から、それが履行されることはないようだった。藤堂マシロはまだ、教室の中の、いや学校の中の、いや……地域の中のトップクラスとして存在している。君臨している。


 だが、まだ国内でのトップ層ではないのだ。

 関東圏だって、もしかしたら出ていないかもしれない。

 世間には、藤堂みたいな化け物が、まだまだたくさん存在していて、そいつらは――藤堂の真意は一旦脇に置いておくにしても――自らの意思で「有名になりたい!」と思っているやつらなのだろう。

 モデルだとか芸能の仕事のやる気がでない、といっている藤堂が安易に勝ちあがれるわけではない。

 今の状態はおそらく、藤堂が生まれながらに受け継いだものだけで、戦っているのだろうから。


 信じられないけれど、それは事実なのだ。


 たしかに俺も、ゲームは下手ではない。むしろ上手いほうだという自負心もある。だがプロゲーマーになれるかといえば、今の力では無理だ。

 藤堂からすると、何が違うのかが分からないようだ。今でもすぐにプロシーンで活躍できると信じている節がある――きっと俺もそういう感覚なのだろう。


 藤堂から見える景色と。

 俺から見える景色と。

 似ているようで、似ていないのだ。


『代入すればいいだけだから、簡単だ。方程式を覚えるだけ――じゃあ次のページ』


 心は数学ではない。

 式が同じでも、出てくる答えは別なのだ。


   ◇


 その日の授業中、俺は藤堂の姿をあえて見ないようにしていたが、なにぶん彼女の席が俺よりも前に位置するため、どうしたって目に映ってしまう。


 その度に色々と考えさせられた。

 そして、そのおかげで、自分の気持ちに気が付けた気がする。


 放課後、藤堂が何かを言いたそうにこちらを見ていたが、俺は、軽く頷くようにして、帰宅を急いだ。

 なぜか追いかけてきそうな雰囲気があったが、そこは藤堂である。周りが放っておかないということで、すぐにカラオケだとか、カフェだとかに誘われていて、俺は脱出に成功した。


 勘違いはしないでほしいが、俺は逃げたわけではない。

 整理する時間が欲しかっただけだ。

 藤堂が俺に何かを話す権利があるとするならば、俺にだって考える権利があるはずだ。


 もちろんそのきっかけが、自分のフライングから始まった会話による弊害だとしても――俺は残念ながら、その程度のレベルなわけで。


 勇者パーティに入って、それでも仲間外れにされずに冒険したいのなら、そういう風に考えていくしかないのだろう。

 いや、何言ってるのか、俺にもわからねーけど。


 そして、夜。

 その日の、夜。


 うだうだと考えていたはずの俺の脳に天啓は舞い降りた――なんていうと、少しは勇者パーティなんて言葉にも説得力が出てくるだろうか。小説家ににゃろう作品みてーに、転生すべき人間にでも見えるだろうか。


 答えは知らないけども、天啓と表現した答えは、裸でいるときに降ってきた。

 厳密に言えば風呂に潜ったときに、口から漏れ出る空気の泡と一緒に、世界へと飛び出してきた。

 大抵、俺は風呂に助けられている。もしくは枕か、暗い押入れの隅。


「ああ……」


 呟く声が、風呂場内に反響した。

 我ながら、哀愁漂う、情けない声だった。


 風呂から顔を出したまま、今まさに気がつけた――気がついてしまった答えに翻弄される。

 一分、二分、と時間は経過し、認めたくないが認めざるを得ない感情が、次第に体に馴染んでくると……言葉は自然と形成された。


「まず……俺は、藤堂を世間に認めてもらいたいんだろうな……、藤堂は世間に認められるだけの価値があるやつだって、世間に言いたいんだ」


 決して打算的な感情ではないことを、願う。

 たとえば、俺はこんなやつに『認められている』んだぞ、なんて考えてはいないし、だから俺だって『すごいんだ』ぞ、とも考えていない……はずだ。

 

 そうなるとなんで藤堂が世間に認められてほしいのかは分からないけれど。

 でも、そういうことのような気がした。


 発売前のゲームソフトを、いの一番に我が物顔でブログで紹介するように。

 ヨウツベで動画で紹介するかのように。

 俺は藤堂を紹介することに、飢えている……みたいだ。 


「問題は、俺がまるで第一人者のような思いでいることだ……、バカだろ。俺は最近知り合っただけで、藤堂のことを知っている人間なんて、たくさんいるんだぞ……俺は特別なんかじゃない」


 そう。俺は特別なんかじゃない。

 仮に藤堂が有名人になったって、俺は俺だし、藤堂は藤堂だ。俺たちはただ、今、この期間だけ話しているだけの、そういう存在だろ?


「そうだ。だから俺が、あいつに対して、否定的になる権利なんてないし……でも、応援んはしてーと思うんだ……だって、あいつはすごい奴だから……」


 教室で見せた、パンのつまみ食い。

 その間の空気の作り方。

 まるで舞台上で一人だけスポットライトを浴びているような――いや、それどころか端役のくせに、裏方が思わずスポットライトを当ててしまうような凄みが、奴にはある。

 それはこんなところで収まってていいものではない。

 

 野良で組んだプレイヤーがめちゃくちゃ強かったときに感じることと一緒だ。「あ、こいつすげえわ。俺と野良で組んでる場合じゃねーだろ」という、悔しさよりも、驚きが先に来るタイプ。

 小さくまとまってたら、勿体無いタイプ。


 藤堂真白は――絶対に才能がある。

 応援したくなる、才能の塊なんだ。


 心の片隅で固まっていた硬い――氷のような思いが、一分一秒ごとに少しずつ溶けていくのを感じる。


 ただ、残念ながら――何度でもそういうが、残念ながら、俺は黒木陽だった。そう感じながらも、最後に一つ、どうしても俺が黒木陽であるような要因があった。

 

 俺は、気がついた。氷ではない、まるで鉄のような、簡単な熱量では溶けないような、ややこしい気持ちが残っていることに気がついたのだ。


「ああ……」と何度目かのため息。 


 なんとくだらない人間だろう、と思っても、俺はどうしてもそれを認めなきゃいけないらしい。


 でも、それは、誰が見たって気がつくことなのかもしれない。


 俺はゲームが好きで、大好きで、ゲームを五時間で辞めようと思っても辞められなくて、深夜までゲームをして、親に許されている以上にゲームに時間を注ぎ込み、他のことでは無口なくせにゲームになると口が止まらなくなって――そんな人間が、今、ゲームをしていないんだぞ?


 初心者プレイしかできない、ただの一人の同級生のためだけに――俺は、人生を注いできたゲームを、簡単に手放しているんだぞ?

 その先にゲームがあるとはいえ――そんな簡単に手放せるなら、オールでFPSなんてしねえだろ?


 答えなんて、分かってたじゃないか。

 藤堂だって、答えまではいかないまでも、その事実に気がついていたから『大丈夫?』と聞いてきたんだ。何度も『わたしのせいじゃない?』って尋ねてきたんだ。


 そのくせ、俺は『そういった事実全てを心のどこかで理解して』いながら、気がつかないふりをして、〈心配してくれる藤堂〉の存在に、優越感を覚えていたクソ野郎なんだ。


 そうだ。俺はクソ野郎だ。

 自分を下げると、なんと心地良いんだろう。

 俺は結局そういう奴だ。

 ヒエラルキーがどうとか、陽キャがどうとか言っておいて、結局のところ、そういう状態が『気持ちよくて、心が落ち着くから』、望んで立っているだけなんだ。


 最下層のボッチだって?

 選択制ボッチだって?

 ふざけんな。

 それはボッチを言い訳にした、ただの放棄だ――行動は自由だが、それを理由に人への態度を強めていいわけがねーんだよ。

 そういうのが嫌いで、俺はボッチになったのに……、結局のところ、同じレベルの人間でしかねーじゃねえか。


 だからそんなクソ野郎な黒木陽は、もういい加減、気がつかないふりをやめなきゃいけないんだ。

 嘘をつきたくないのなら――俺は、俺自身に正直にならなきゃいけねーんだ。


 じゃなきゃ。

 早く、俺は、俺のクソ加減に気がつかなきゃ。

 世界に羽ばたく藤堂真白が、もっともっと、手の届かない大空へ飛んで行ってしまうんだぞ……!


「だからさ、あれだろ……?」


 うん。そうだよな。

 間違いないさ。


「俺は、藤堂がすげえってことを、世の中に知ってもらいたいくせに――」


 それ以上に。


「……藤堂が、遠くにいってしまうのが、嫌なんだろ」


 そういうことなんだろ、黒木陽くん。

 ゲームだってなんだって――話題についていけなくなるのは、いつだって辛いもんな。

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