第77話 残りの25点

 闇夜の中、漆原は何かを思い出しているような沈黙を挟んだ。

 俺は言葉を待っていたが、すぐに我慢ができなくなった。


「つまるところ俺は、お前の気持ちを考えることもなく、自分勝手な行動を繰り返していたというわけだ……」


 我ながら頭が痛くなる勘違い野郎だったということになる。

 漆原が今、何を思い出し、何を答えとしているのかを理解することはできないが、きっと中学時代のことを思い出しているのだろうと思う。

 そこにはきっと、俺が想像できないほどの苦労がつまっており、そしてそこには間違いなく、黒木陽というアホな人間が滑稽な感じで映っているのだろう。


「そんなことないよ、それは違う」


 漆原はしっかりと首を振った。

 それは数ヶ月前に母親を無くした人間とは思えないほどに、力強い否定だった


 そう。


 漆原のことを調べる過程で、あっけなく判明したことがある。

 俺が何の心配もなくゲームばかりをしていた頃。

 まだ藤堂と出会っていない時期に――漆原の母親は自宅で息を引き取ったらしい。


 それは一部の人間の知るところ、なんていう隠された情報ではなかった。

 というか、妹の茜に俺がさりげなく頼ったとき、『ママさん情報で何かわかるんじゃないのー?』などとのたまい、俺は鼻で笑い、しかしその数分後に言葉を失った。

 母親はまるで他人事のように――実際他人事なのだけども、ともかくニュースを見たあとの感想のように『あの子のお母さん病気だったらしいんだけど、この前亡くなっちゃったらしいね』と教えてくれた。

 それがどれだけ息子に衝撃を与えるかなんて想像もせずに、さらりと口にした。


 答えはすぐそばにあったのだ。

 毎日食事のときに顔を合わせている母に聞けば、話なんてすぐに終わったかもしれない。

 灯台元暗し――よって、友達もツテもない黒木陽による探偵ごっこは、すぐに決着した。


 そしてたったそれだけの事実から、俺は漆原の気持ちと状況に思い至ったのだ。

 

 漆原が転校してきた理由――それは母親のためなのだろう。

 漆原が達観して見えた理由――それは母親の死を受けてなのだろう。

 漆原が学校で浮いて見えた理由――それこそ母親が原因だったのではないだろうか。


 俺はそれをただの『ただの人付き合いが下手なやつ』と決めつけて、訳知り顔のヒーローきどりに暗躍していた。

 バカみたいだ。それどころか大きな迷惑をかけていたじゃないか――考えれば考えるほど、俺の気持ちは落ち着いていき、藤堂と話しているときもその事実だけは頭から離れず、だからこそこうして漆原に会いに来たのだった。


 漆原もきっとそうなのだろう。

 だから俺に会いにきてくれたのだろう。


「本当に、悪かったな……色々と」

「だから、違うの。わたしは感謝してるんだよ? 黒木くんが一体、どうしてわたしを助けてくれたのかはわからないけど――多分、お互い、色々とあって、何かが合致したってことなんだろうけど……とにかく感謝してるんだから」


 まるで脱出ゲームを行うように、俺は思考の袋小路からヒントを見つけて、先に進んだ――つもりだった。

 けれどそれは違っていた。

 漆原は決して空気が読めない人間というわけではなかったと思われる。

 むしろ人の目を気にして生きていたがゆえに、ああいった状況になっていたのではないか――という結論に至った。

 俺もじいちゃんが死んだとき、世界が変わってみえたから。

 だから、漆原の気持ちはわかる気がした。


 もちろん気がしただけで。

 俺は漆原の人生を知ることも、知る権利もないのだけど。


「ねえ、黒木くん。人はなんで死ぬんだろうね」


 漆原の声は乾いていたが、それは冷たくはなかった。


「じいちゃんが死んだ時、俺も少し考えたけどな……」


 慎重に言葉を選ぶ。


「そこに答えはないというか……それを考え始めると、何もできなくなる気がする」

「うん。そう思う……だからわたしは何もできなくなりそうだった――けど」


 けど、と漆原は続けた。


「わたしは黒木くんが助けてくれたから、きっとやってこれた。そして黒木くんと別れて、色々と思い知って……」


 色々と思い知って――と言われて想像力が働く。

 きっと漆原には何かしらの事件が起きたのだろうし、それは母の死でもあるだろうし、もしかすると俺のおせっかいから何かが発生したのかもしれない。


 頭を抱えたくなる衝動を必死に抑えながら、俺は漆原の言葉を待つ。

 完璧な答え合わせなんてない。

 漆原が俺の気持ちをわからないまま、この話が進んでいくように。

 俺は漆原の全てを理解しないまま、この話を終えていくのだろう。


 でも、できる限り、俺は漆原の話をききたいと思った。


 漆原は、ひゅっと息を吸った。

 それから、ふっと息を吐いた


 どうしたことだろうか。

 周辺の空気がどこか……緩んだ気がした。


「それで、ね。わ、わたし、この前、やっとわかったんだ……」

「……わかった?」

「う、うん」

「何がわかったんだ」

「そ、それは、簡単には言えないけど……でも、簡単に言いたい気もする……って思ってるよ?」

「待ってくれ……なんの話だ?」

「な、なんの話って、それは、もう、黒木くんの話……」

「は?」


 意味もなく空へ向いていた視線は、重力に負けたかのように漆原へと戻った。

 漆原は――暗闇の中でもわかるくらいに顔を赤くしており、そしてなぜか、死に対する話をしていた静謐さが消えて、口元が若干、緩んでいるように見えた。


「俺の話……?」


 いや、母親の話だろ。

 命の話じゃないのか?

 だが、漆原から、緊張感のようなものが完璧に消えていた。

 というか、さっきまでのナイフみたいに鋭い漆原はどこへ言ったんだ?


「え、えっと、うん」

「ちょっと待て、なんでいきなり性格変わってるんだ?」

「へ、へんじゃないよ? 変わってないよ?」

「ちょ、ちょっと待て」


 俺は漆原から溢れ出ようとしている何かを言葉で必死に抑えた。


「漆原、お前、コンビニで会った時、つまり――なんていうか、俺に何かを伝えようとしてたんじゃないのか?」


 これから話そうとしていたのだが、結局のところ漆原は「昔、余計なことをした黒木へ、事実を伝えよう」という意思のもと俺の前に現れたのだと思っていた。

 だから再会したときには、『中学時代の漆原』であり、その後に『今の漆原』との対比を見せ、俺に何かを伝えようとしていたのだと――。


 だが、目の前の漆原からは……そんなことを企てるような知性が感じられなかった。

 どちらかというと、ただただ腹をすかせた愛玩犬みたいな雰囲気だった。


「伝える……って、なにを?」


 漆原はぽかんとしている。


「だから、その、つまるところ、人が死ぬこととか、生きることとか、そういうことに対して、俺が安易におせっかいをしてしまったから、それを責めたかったというか――」

「――く、黒木くんを責めるなんて……! そんなことするわけないよっ」

「うお!?」


 いきなり大きな声を出して、漆原がこちらに身を乗り出してきた。

 思わず驚いて、身を引いてしまう。


「ご、ごめんなさい……」

「い、いや」

「とにかく、ね。あの、黒木くん、わたしは、黒木くんに三つ目の質問をしたいと思うんです」

「三つ目って……だって、それはさっき俺が当てただろ?」


 だからキャラが変わってるんだが。


「でも、75点って言ったよ……?」

「ああ、そうだけど……」


 それってほぼ満点ではないだろうか。

 いや、まて、全く満点ではないか。


 あれ?

 そうなると、残りの25点にはどんな意味があるんだ……?


「う、うん……わたしの三つ目の質問は、ね」


 漆原は、なんどか深呼吸をした。

 それから言った。


「人はなんで、生きるか、わたしは考えてみたの……」

「お、おう?」

「それで、一つの答えに達したんだ……」

「答え」

「わたしの三つ目の質問はね、黒木くん――」


 おどおどしているのに、どこか自信のみられる表情の漆原は、そうして俺に対して質問を口にした。

 猛烈に嫌な予感がした。


「わたしの生きる意味は、なんでしょーか?、だよ?」


 あ、だめだ、こいつ。

 なんていうか、ダメだ。


「すまん、わからない」 

「正解は黒木くんを調べることでした」

「……わからない」

「……? 答え、言ったよ」

「……わからない……」

「あ、ストーカーっていえば、わかる?」


 わ、わからない……。


 話も、展開も、漆原の言いたいことも――なにもわからない。


『ちょっと、黒木ぃ!?』


 頭の中の金髪美少女が、焦りながらもめちゃくちゃ怒っている気がした。

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